第百五十八話 祝賀会の夜――アリア嬢、優勝の代償?
アルヴエリア王立士官学園に三日間の熱気をもたらした《各国対抗・魔法競技大会》。
最終日、観客席は立錐の余地もないほどの人で埋め尽くされていた。
そして――
「優勝者、ルヴァリア王国代表――アリア=レイフォード嬢!」
高らかに響いた声とともに、アリアの名が呼ばれる。
会場がどよめき、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
アリアは金髪寄りの髪をふわりと揺らし、深く一礼する。
魔法演算・戦略思考部門――その知略と冷静さを競う、いわば「頭脳の決闘」。
各国の代表が緻密な魔法理論と応用力をぶつけ合う中、
彼女はすべてを読み切り、冷静に制した。
優勝トロフィーを受け取るその姿に、観客の中には小さく涙ぐむ生徒もいた。
だが――別の会場の隅で、何やら別の盛り上がりを見せている区域があった。
--少し時間をさかのぼり--
「おい、今度は火球の直撃だ!」
「ちょ、あれ人に当たってない!? いや当たってるぅぅ!!」
外のグラウンドでは、同時開催の《魔法打撃競技部門》が最高潮に達していた。
火炎、雷撃、氷柱、風刃――派手な魔法が空を乱れ飛び、地面を焦がす。
そのたびに観客の悲鳴と歓声が入り混じり、まるで戦場さながらだ。
アリアも競技の合間にその光景を少し離れた観覧席から見つめて、苦笑した。
「……なんというか、これはもう“競技”というより“災害訓練”ですね……」
横にいた大会運営係員が小声でうなずく。
「毎年こうなんです。派手さがないと“勝負にならない”と皆が思ってまして……」
「ふふっ……あの魔法、兄さまたちにはぴったりかもしれませんね」
アリアは頬に手を当て、くすっと笑った。
――実際、ノアとレオンが参加していたら確実に上位に食い込んでいた。
いや、派手すぎて競技そのものが成立しなかった可能性もある。
彼らは今、過去の騒動の“反省任務”として学園整備班に配属中であり、
競技会の最中も、遠く講堂裏の噴水掃除を命じられているのだった。
「うおぉぉぉいっ!! アリアが優勝したってよぉぉ!!!」
「おおおっ!? やったなアリアぁぁ!! って、泡が飛ぶぅ! 兄さん、ホース止めて!!」
「止められるかぁ! 妹が優勝したんだぞ!? 水くらい噴き上げて祝わなきゃどうするぅ!!」
――そのころ、裏庭の整備班エリアでは水浸しの兄ィズが絶賛大騒ぎ中だったという。
* * *
そして、夕刻。
学園大ホールでは《各国対抗・魔法競技大会》閉幕式と祝賀会が始まっていた。
シャンデリアの光が輝く中、各国の代表たちが正装で集う。
アリアはルヴァリア王国の式服を身にまとい、淡い青のリボンを胸に結んでいた。
彼女の隣には、昨日の対戦相手――銀灰色の髪の少女、リリス=ファルクが立っている。
「本当に、あなたはすごかったわ、アリア=レイフォード」
「こちらこそ。リリスさんの演算速度、目が回りそうでした……!」
二人は微笑み合う。
戦いを経て、互いの力量を認め合った者同士――言葉は少なくても、そこには確かな絆があった。
少し離れた場所では、メイド隊がひそひそと話していた。
「お嬢様が優勝とは……!」
「レイフォード家の名をさらに高めましたわ!」
「問題は……兄君たちが夜の祝賀会に来ないこと、ですね」
「ええ、来たらまたひと騒ぎ……」
「……まさか、また途中で抜け出して――」
「――――泡まみれのまま乱入しようとしてる、とか?」
一同が青ざめたその瞬間、
会場の扉がバァン! と開く。
「我らが妹にぃぃぃ――乾杯だぁぁぁぁ!!!」
「ルヴァリア王国ばんざぁぁい!!!」
びしょ濡れのノアとレオンが、堂々と現れた。
水しぶきを滴らせながら豪快に笑う兄ィズを見て、
アリアは額に手を当て、小さくため息をついた。
「……やっぱり、こうなりますのね……」
けれどその表情は、どこかうれしそうだった。
――家族の温かさが、今日の勝利を何よりも輝かせてくれたのだから。
その夜、アルヴエリアの学園に遅くまで笑い声が響いていたという。
――こうして、《各国対抗・魔法競技大会》は幕を閉じた。
次なる波乱を、誰もまだ知らないまま――。




