第百五十七話 第一競技――頭脳戦、緊迫の計算!
アルヴエリア王立士官学園の中央講堂は、すでに魔導式の光で満ちていた。
天井に刻まれた浮遊紋章が淡く輝き、参加者の魔力を一括して測定している。
今日は、いよいよ「各国対抗・魔法競技大会」の開幕だ。
初日の種目は――《魔法演算・戦略思考部門》。
魔力を直接ぶつけ合う“破壊戦”とは異なり、
魔法理論を即座に組み立て、最適な解を導き出す“頭脳戦”である。
対戦者同士が同条件の演算式を与えられ、
魔力・知識・発想の三要素をもって速さと正確さを競うのだ。
「第一区画、レイフォード代表、アリア・リュミエール・レイフォード!」
呼び上げられた名に、客席のあちこちからざわめきが起こる。
上品な金髪寄りの髪をまとめ、淡いブルーの魔導服に身を包んだ少女が、
凛とした足取りで舞台へと進み出た。
視線は静かに前を向き、まるで一点の乱れもない。
(落ち着いて…… 理屈の整理、基礎式の確認、そして――感覚。)
魔導陣が展開され、光の数式が彼女の周囲に浮かぶ。
審判の合図とともに、各国代表の第一回戦が同時に始まった。
アリアは深呼吸一つ。
手をかざすと、魔力の流れが線のように走る。
緻密な式を組み、余計な変数をそぎ落とし、演算の連鎖を最短距離で収束させた。
ほんの数十秒。
対戦相手の手が止まる。
審判の魔導計が鳴り、アリアの陣が完全展開を示す。
「勝者、ルヴァリア王国代表――アリア・レイフォード!」
会場が一瞬静まり、すぐに拍手とどよめきが起こった。
あまりにも速く、あまりにも美しかったからだ。
***
そして――二回戦。
アリアの表情は変わらない。
相手は東方の魔法学院代表、理論特化の青年。
だがアリアは淡々と、式の癖を見抜いてわずか数式の組み替えで制した。
「第二回戦も……勝者、ルヴァリア王国!」
観客席が揺れるほどの歓声。
そして、その一角では――
「アリアが勝ったぁぁぁ!!」
「さすがだ、我らが妹ぉぉぉぉ!!!」
ノアとレオンであった。
本来なら整備補佐席におとなしく座っているはずの兄ィズが、
なぜか応援旗を手に、椅子の上で全身を使って歓喜している。
整備班の作業服のまま、学園貴族たちの前で踊り狂うその姿は、
誰がどう見ても目立ちすぎだ。
「お二人とも! 落ち着いてくださいませっ!」
「アリアお嬢様の名誉をお考えに!」
慌てて駆け寄るのは――監視兼サポートのメイド隊。
メイベルが両手を広げて阻止し、
クラリスは冷静に周囲へ頭を下げ、
カティアとアシュリーは背後から兄ィズを羽交い締めにし、
アネットは通路を塞ぐ。
最後尾ではミーナが半泣きで叫んでいた。
「にぃに! もうっ、やめてくださいっ! アリアお嬢様に見られたら困るのです!」
「ミーナ、あなた出るお話間違えているわよ!!」
しかし、すでにノアとレオンは彼女たちの動きなど完全に読んでいる。
「ふっ……この程度の包囲、想定済みだ!」
「メイド隊の動線、三秒前から読んでおりました!」
同時に左右へ飛び退き、通路の柵をすり抜け――
再び大きな布を掲げる。そこには、見事な筆文字でこう書かれていた。
《祝・我らが妹、二連勝!》
……観客の何人かが感動し、何人かが顔を覆った。
メイド隊はその場で全員、肩を落とすしかなかった。
「……レイフォード伯爵家の威信が……」
「ま、まだ一応、秩序は保たれておりますわ……多分……」
だが、アリアの耳にも兄ィズの歓声は届いていた。
遠くの席で、目立つ二人組。
彼女はわずかに目を閉じ、微笑する。
(ああ……お兄様たち、どこであろうと相変わらずですね)
***
休憩時間。
アリアは控え室の隅で水を飲みながら、
大画面に映し出される他国の代表戦を見つめていた。
淡々と進む演算勝負。
だが、その中に――目を奪うひとりがいた。
銀灰色の髪を後ろで束ね、無駄のない動きで魔導式を組み替えていく少女。
その集中力と精密さは、どこかアリアと似ている。
(……あの人、講堂で私の手直しを見ていた……)
思い出す。
「さすがだわ」と小声でつぶやいた人物。
それが、いま画面の中で圧倒的な速度で演算を制している。
「……あの人、すごい……」
思わず、声が漏れる。
その瞬間、隣に控えていたクラリスがちらりと視線を向けた。
「お嬢様、気になりますか?」
「ええ。 あの方――魔法式の組み方が、とても綺麗です」
アリアは素直に答えた。
その眼差しには、ライバルを見る静かな光が宿っている。
外ではまだ兄ィズが「三回戦も見逃せないぞ!」と張り切っていたが、
アリアはもう、別の集中の中にいた。
次の対戦相手。
そして、あの“銀灰の演算士”との対峙――。
各国対抗の魔法協議会は、いよいよ本番を迎える。




