第百五十三話 アリア、再び魔法科対抗戦へ! ――そして運命の国対抗戦へ!!
春の王都学園は、例年にも増してざわついていた。
貴族子弟たちが誇りを懸けて競い合う一大行事――《特別交流戦》。
王都を中心に五つの上級学園が集い、魔法の研鑽と名誉を競う祭典。
その中でも、もっとも注目を集める部門こそ《魔法科対抗戦》である。
昨年の覇者は、王立魔法学園代表――アリア・レイフォード。
繊細な術式制御と、緻密な思考演算を併せ持つ彼女の戦術は、今なお多くの学生たちの語り草となっていた。
――そして今年。
王立魔法学園代表の名簿に、再びその名が記された瞬間、講堂はどよめいた。
「……今年も、彼女が出るのか」
「前回は圧倒的だったからな。まさか、また“あの式”を?」
ざわつく中、アリアは涼やかに立ち上がる。
肩までの白金の髪が揺れ、氷のように澄んだ瞳が前を見据えた。
「昨年より、少しだけ改良を重ねてみました。……ほんの、少しだけね」
そう言って見せる笑みは、控えめに見えて――実は誰よりも危険だった。
***
王都郊外に設けられた特設演習場。
学園旗が風になびき、結界塔が青い光を放つ。
アリアの隣には、王立魔法学園の監督教師が緊張した面持ちで立っていた。
「アリア嬢、今年は……あまり“実験的な試み”は避けてくださいね?」
「はい。爆発は、最小限に抑える予定です」
「最小限って…爆発はシチャウンデスネ……。」
教師の悲鳴を背に、アリアは結界の中心へと歩み出た。
対戦相手は、第二学園代表のリュシアン・ヴァーレス。
前回決勝で彼女に敗れた青年であり、雪辱に燃える表情をしている。
「……また君か、レイフォード嬢。まさか、もう一度この舞台で会うとは」
「私も嬉しいです、リュシアンさん。あなたの勝負、心から楽しみにしていました」
「……皮肉にしか聞こえないな」
そして開始の鐘が鳴る。
***
空間に展開された魔法陣群が、虹色の光を放った。
リュシアンの魔力が奔流となって空を裂く。
だが――その瞬間、アリアの演算領域が完全に重なった。
「――《同期演算:式統合開始》」
彼女の指先から、百を超える式が走る。
攻防、解析、反射、再構築――四系統同時制御。
昨年の決勝で使われた“多重式陣”をさらに進化させた、前人未到の術式だった。
観客席から悲鳴のような歓声が上がる。
「な、なんだあの数……!?」
「まるで陣そのものが生きてるみたいだ……!」
アリアの魔力制御はまさに芸術(ありがとうセリーヌ師匠)。
流れる光の糸が、音楽のような律動で組み合わさり、相手の魔法を包み込んでいく。
「くっ、去年と同じ手は――食わん!!」
リュシアンの放った雷撃が、アリアの結界を貫く――かに見えた。
しかし次の瞬間、雷光は反転し、彼自身の背後へと跳ね返る。
「な……!?」
「《エコー・リバース》です!。敵の演算式を“鏡写し”に変換する、私の新式です!」
アリアの声は静かだが、その瞳には燃えるような決意が宿っていた。
兄たち――ノアとレオン。
あの二人に守られてばかりでは、いられない。
彼らが隣国アルヴエリアでどんな騒ぎを起こしていようと、
自分はここで、王国の誇りを背負って立つのだ。
「――これで、終わりですわ!」
指が鳴る。
天空を覆う光が、幾何学模様の巨大な円環を描く。
リュシアンの魔法が消滅し、演習場全体に淡い光の花が咲いた。
***
結果――アリア、連覇達成。
王立学園、堂々の優勝。
表彰式では、各校の代表たちが惜しみない拍手を送った。
「……今年も、君には敵わなかったよ」
リュシアンが苦笑を浮かべる。
アリアは柔らかく会釈し、少しだけいたずらっぽく笑った。
「でも、楽しかったよ。それに、少しは驚いてもらわないと、私も、修業したのですから」
***
翌朝――王立魔法学園講堂。
校長が厳かに告げた。
「今年の王都代表は、アリア・レイフォード嬢。
次なる舞台は、隣国アルヴエリアで開催される《国対抗魔法競技大会》である!」
その名を聞いた瞬間、アリアの笑顔がぴたりと止まった。
「……アルヴエリア……って、あの……。?」
「そうだ。王立魔法学園を代表して、王国の威信を示してもらう」
その場にいた教師も、友人も、彼女の表情の微妙な変化に気づいた。
アリアは小さくため息をつく。
――兄たちがいる国。
よりにもよって、彼らが“問題児扱い”されている土地。
「兄さまたちがいる国、ですね……」
遠くを見つめる瞳が、ほんのりと憂鬱に揺れた。
「……ええ、行ってまいります。たとえあの人たちが“整備班”に左遷されていても」
誰にともなく、そう呟く。
そして心の中で思う――
(お願い、兄さまたち。どうか、これ以上、現地でやらかしていませんように……!)
しかしその願いが届くより先に、
アルヴエリアから届いた一通の書簡が、彼女の運命を新たにかき乱すことになる。
――“至急。学園設備爆破の件について、レイフォード伯爵家の兄君たちが……”。
アリアの手が震えた。
「……はぁぁぁ……やっぱり……!」
王都の春の空に、ひとりの少女の深い溜息が響いた。
次の舞台――隣国アルヴエリア《国対抗戦》へ。
アリア・レイフォードの挑戦は、まだまだ続くのであった。




