第百五十一話 兄ィズ、再始動!? 学園に戻って三日で事件発生!
アルヴェリア王宮への正式謝罪から、三日が経過した。
その三日間――王立士官学園は奇跡のように静かだった。
ノアとレオン、二人の留学生兄弟は、早朝から規律正しい生活を送り、授業も真面目に出席。誰かを巻き込む騒動も、派手な演出も、まるで鳴りを潜めていた。
――それが、逆に不気味だった。
「……おかしいですわね。お二人が、三日も静かだなんて」
朝の点検を終えたカティアが、帳簿を閉じながら低くつぶやいた。メイド隊五名は、留学生寮一階の応接間に集まっている。窓の外では、学園の庭園に朝露が光り、どこまでも穏やかな空気が流れていた。
アシュリーが椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
「同意します。嵐の前の静けさ……というやつですわ。あの二人が“真面目”で終わるわけがありませんもの」
その声には、どこか準備された警戒の響きがあった。
彼女の手元には銀のトレイ。だがその裏側には、短い防御針が数本――決して見せびらかすことはないが、いざというとき即座に取り出せるように仕込まれている。
「ま、まあ、でも……今回ばかりは本当に反省したのかも……」
リリアが小さな声で呟く。両手にはモップと雑巾。どうやら現実逃避気味に掃除へ逃げ込んでいるらしい。
「甘いわね」
アネットが報告書をぱたんと閉じる。
「お二人の動向、ここ二日間だけで十件以上の“何かの下調べ”が確認されているわ。購買部で大量の紙を購入。図書館では古代式防御魔法の文献を借りている。おまけに、理論演習棟では“機材貸出届”まで提出済み」
「それって……また何か、やらかすつもりでは?」
リリアが目を丸くする。
「十中八九、そうですわね」
カティアが短く答えた。
整然とまとめた金髪が小さく揺れ、眼鏡の奥で光が反射する。
「……全員、準備を。午前の講義が終わる頃、何かが起きる可能性が高いわ」
「了解」
「はいっ!」
メイド部隊五名が、無言のうちに散開していった。
学園の秩序と兄ィズの暴走、その二つの境界線は、今日もぎりぎりのところで保たれている――はずだった。
***
その日の午前十一時五分。
訓練広場の一角で、異音がした。
ゴォォォン――!!
空気を振るわせる低い音。続いて、爆発にも似た衝撃波が校舎を揺らす。
「……今の、聞こえましたわよね?」
「ノア様とレオン様の、実験許可を取っていた区画の方角です!」
リリアの悲鳴混じりの声と同時に、カティアが立ち上がった。
「全員、出動!」
メイド部隊は、疾風のように駆け出した。
靴音だけが廊下を打ち、扉をすり抜け、階段を跳ぶ。
カティアのスカートの裾が翻るたびに、指揮官としての冷徹さがその姿に宿る。
校庭の隅にある訓練棟の屋外区画――そこには、煙と閃光が立ちこめていた。
「……何をしているの、あの人たちは……」
アシュリーの言葉は、半ば呆れに変わっていた。
そこではノアが金属製の筒を抱え、レオンが地面に魔法陣を描いている。
周囲には見物に来た生徒たちがずらりと並び、ざわめきが止まらない。
「よし、レオン! 今回こそ制御できるはずだ!」
「まかせろ、ノア! 魔力圧を三割減だ!」
――そして次の瞬間。
ボンッ!!
白煙が一気に上がり、観客席の方へと広がった。
生徒たちが「ぎゃーっ!」と逃げ惑う中、カティアはぴたりと足を止めた。
「……あれは、“失敗”のほうね」
アネットが鼻を押さえながら近づく。
「記録します。“新型転移補助装置”試作三号、三分で暴発。被害:白煙、焦げ臭、学園鳥一羽」
リリアが涙目で悲鳴を上げた。
「鳥さんまでぇぇぇっ!? ああもう、また騒ぎに……!」
しかし、ノアとレオンの顔には、なぜか達成感があった。
「だがレオン、反応速度は改善したぞ!」
「おお、これは大きな進歩だ! 次は火薬量を減らして再調整だな!」
「再調整なんてしなくてよろしいッ!」
カティアが怒声を放つ。
その声に、生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
ノアとレオンは、はっと振り返る。
「……おお、カティア嬢。見ていたのか」
「うむ、まさかの登場だな」
「“まさか”ではなく、“常に監視している”のよ!」
カティアはこめかみを押さえ、深くため息をつく。
「王宮への謝罪から、まだ三日。あなた方、何か学ぶということを知らないの?」
「もちろん学んだとも!」
ノアが胸を張る。
「“反省はするが、次はもっと上手くやる”――これが我らの信条だ!」
「全く成長してませんわねっ!!」
リリアが半泣きで叫び、アシュリーが即座に手を伸ばした。
彼女の指先が一瞬きらりと光る。袖口に仕込まれた魔力封じの短針が、ノアの筒に触れた瞬間、パチンと火花を散らして動作を停止させる。
「はい、終了です」
レオンが目を丸くした。
「おお……見事な手際だ。護衛とは思えぬ繊細な仕事ぶり」
「護衛ですもの」
アシュリーはさらりと答え、焦げた煙を払った。
「お二人とも、学園内での大規模実験は許可が必要です。しかも、今朝の許可証には“規模・安全確認済み”と虚偽の記載がありましたね?」
カティアの冷たい声に、ノアとレオンの背筋が伸びる。
その後ろでアネットが書き留める。
「記録します。“虚偽報告、三件目”」
ノアは軽く咳払いした。
「いや、それは……計算上、問題ないと判断していたのだ。少々誤差が――」
「誤差で白煙まみれにするな!」
リリアが珍しく叫んだ。涙と怒りの混ざった声に、周囲の生徒まで苦笑を漏らす。
レオンが小声でつぶやく。
「……まあ、騒ぎが起きても怪我人はいない。つまり、成功では?」
「お前たち兄ィズの基準を一度見直す必要があるわね」
カティアは深く息を吐き、最後に短く告げた。
「午後からの講義は、実験棟の掃除と設備点検に充てなさい。これは命令です」
ノアとレオンが同時に顔をしかめる。
「……掃除か」
「地味だな……」
「地味で結構! その“地味さ”を学ぶのよ!」
アネットがメモを閉じ、まとめるように言った。
「“兄ィズ、三日で再始動”。――報告書の題はこれで決まりね」
「やめてくれアネット……!」
ノアが頭を抱え、レオンも苦笑する。
けれど、その表情にはどこか晴れやかな色があった。
叱られ、反省し、また次に向かう――それが二人の生き方だ。
そしてメイド部隊もまた、その暴風を受け止めることこそが自分たちの仕事であると、どこかで誇りに思っているのだった。
――アルヴェリアの朝は、今日も騒がしい。




