第百五十話 アリア、静かな学園のはずが……兄ィズの余波で大騒ぎ!?
王都に、秋の風が吹き抜けていた。
木々が黄金色に染まり、通りを歩く人々も、どこか穏やかな笑みを浮かべている。
――少なくとも、レイフォード家を除けば。
「……またやったのね、あの子たち」
リビングに響くため息は、母レイナのものだった。
長い金髪をかきあげ、新聞をテーブルに置く。王都の新聞は、朝から一面で「学園内、女王陛下に関する一時騒動」などと報じていた。
もっとも、内容は陛下が笑顔で受け流されたこと、王宮側からお咎めなしとの発表があったことなど、穏やかな結末で締めくくられている。
……ただし、問題は見出しの下の一文だった。
「女王陛下を抱えて全力疾走した“兄ィズ”の名は、王都中に知れ渡った。」
「……うそ、だろうぅぅぅ」
新聞を手にした父アレクシスが、真っ青になって呟いた。
「わ、我が家の名前は――」
「出てないわ。ただ、“兄ィズ”で統一されてるの」
「……よかった、のか? いや、よくないな」
彼は椅子に崩れ落ち、頭を抱えた。
その隣で紅茶を口にしたのは、末娘アリア。
彼女は、静かに微笑んでいた。
「お兄さまたち、今日も元気だったみたいですね」
「アリア、あなたねぇ……」レイナが額を押さえる。
「これを“元気”で済ませるのはあなたくらいよ?」
「だって、陛下をお助けしたんでしょう? 結果的にはご無事でしたし」
「助けたというより、抱えて走ったのよ。しかも学園の庭を横断して」
「まぁ……」
アリアはくすりと笑った。
「きっと陛下も楽しまれたと思います」
「実際そうらしいのよねぇ……。お叱りどころか、“次はもっと高く抱えられてみたい”なんて仰ったとか」
「……お母さま、それはそれで大問題だと思います」
リビングの空気が、静かに凍った。
***
翌日。
アリアは、学園の門をくぐった。
いつもより静かな朝――のはずだった。
兄たちが留学へ行っているため、学園は最近、平穏そのもの……
――そう“思っていた”。
「アリア様っ、聞きました!?」
駆け寄ってきたのは、友人のリリアナだ。
銀色の髪を弾ませながら、興奮ぎみに声を上げる。
「学園中がその話題で持ちきりなんです! “女王陛下を抱き上げて走った双璧兄弟”ですよ! かっこいいって言ってる子までいます!」
「え、ええと……どなたの…ことなのかしら……?」
アリアは苦笑する。
その後ろから、さらに数人の女子生徒が集まってきた。
「アリア様!、新聞のあれって、あの“兄ィズ”ですよね?」
「やっぱりあちらへ行っても!? 変わらずあの感じなんですか!?」
「護衛力、すごいって評判ですよ!」
「違うのよ、それは誤解で――」
弁解する間もなく、質問の嵐。
廊下の端では、男子生徒たちが集まって「兄ィズ、やるじゃねぇか!」と盛り上がっている。
まるで英雄譚のように語られる“兄ィズ伝説”。
……アリアは頭を抱えた。
(もう、どうしてこうなるのかしら……)
その時、遠くから軽い悲鳴が上がった。
「わぁっ、ちょっと! そっちは危ないってば!」
聞き慣れた声。
学園寮付のメイド、メイベルが荷物を抱えた一年生たちを必死に制止していた。
クラリスとナディアがすぐに加わり、見事な連携で荷物の山を立て直す。
……その様子に、周囲の生徒たちは一斉に拍手した。
「おお、さすがレイフォード伯爵家学園専属メイド部隊!」
「動きが完璧だ!」
「王都警備隊より頼りになるかもな!」
アリアは頬を引きつらせた。
「ちょ、ちょっと皆さん、それは違いますから! うちのメイドたちは王都警備隊より頼りになるわけじゃあ、ありません!」
「え? そうなんですか?」
「ちょっと違うだけで……似たようなもんでは?」
「似てませんっ!」
結局その日、アリアは半日以上を“兄ィズとメイド隊の英雄譚”の誤解訂正に費やす羽目になった。
***
昼下がり。
学園の庭園でひと息ついていると、メイベルがティーセットを運んできた。
「お疲れさま、アリア様。朝からずっと質問攻めでしたね」
「……まるで兄さまたちの広報担当です」
「まあ、結果的にレイフォード家の名は王都中に広まりましたけど(今まで以上に異常に)」
「それ、嬉しくない方向です」
アリアがため息をつくと、メイベルが紅茶を注ぎながら口を開いた。
「陛下からの公式文も届きました。あの件、“微笑ましい騒動”として記録されるそうです」
「……微笑ましい、ですか」
「“次は是非、もう少し速度を落として”とも書かれていました」
「速度……!? そんな細かいご指摘が!?」
クラリスが呆れ顔で肩をすくめる。
「陛下も退屈されてるのかもしれませんね。刺激が欲しいタイプだ」
「刺激って……まさか次も期待してるとか?」
「十分ありえます」
メイベルが悪戯っぽく笑う。
「また“○○訓練”の見学にいらっしゃったら、どうなりますかねぇ?」
「……考えたくありません」
アリアは頭を抱えた。
それでも、心のどこかで思う。
――兄たちがまた何かしでかす未来は、きっとそう遠くない。
そして、その度に周囲は笑顔になる。
それがレイフォード家という家族の“日常”なのだろう、と。
風が、庭園の花々を優しく揺らした。
静かで、賑やかで、騒がしい。
そんな一日が、今日もゆっくりと過ぎていった。




