第百四十八話 兄ィズ、異国の女王と遭遇!? 国際問題まで秒読みカウントダウン!!
朝からアルヴェリア王立士官学園は、妙な緊張感に包まれていた。
外務官と貴族の使節たちが行き交い、厳かな雰囲気――のはずが。
「今日も我らは、妹アリアの名に恥じぬ行動をせねばならぬ、レオン!」
「当然だ、ノア! 妹を守る心得を、学園全体に示してやるのだ!」
朝靄の中、寮から飛び出した兄ィズのテンションは最高潮。
護衛演習だろうが外交儀礼だろうが、彼らの中では**「妹アリアを守る特訓」**に変換されている。
すでに目的がねじ曲がっているのは、全員の共通認識だ。
――そして、メイド部隊の苦労もまた、今日も始まる。
「はぁぁぁぁ……今日も始まっちゃいましたね」
と、馬車の脇でメモを取るのは、事務兼記録係のミーナ。
冷静な筆致で、まるで実況中継のように状況を記していく。
『第148話・朝の暴走、兄ィズ、元気。状況:既にやばい』
「ミーナ、記録より先に彼らを止めて!」
カティアがぴしゃりと命令する。
今日の責任者、メイド長代理。常に冷静沈着。だが今朝の眉間のしわは深い。
「ノア様とレオン様が“落ち着いて行動”する確率、統計上では0.02%です」
「……奇跡を期待するしかないな」
アネットが皮肉混じりに馬車の手綱を整え、アシュリーが腕を鳴らす。
「やる気満々のときのあの二人ほど、危険な存在はない。今日は何も壊すなよ」
「そ、そんな言い方ひどいです~!」
リリアが半泣きで声を上げた。いつもの悲鳴担当。まだ何も起きていないのに既に怯えている。
「だって前回、鐘楼を落としたの誰ですか!」
「ノア様です~!」
「で、止めようとして一緒に倒壊させたのは?」
「レオン様です~!」
「はい解散。全員、警戒配置」
かくして、今日もメイド隊の一日が始まった。
***
学園中央広場――。
今日の主役は、なんと異国の女王陛下。
アルヴェリア王国の女王陛下が、視察を兼ねて士官学園に足を運ぶというのだ。
学生たちは騒然。教師たちは慌ただしい。
そんな中、ただ一組――空気を読まない双子の兄ィズが、勝手に胸を張っていた。
「レオン、見よ。あの整然とした行列……まるで儀仗兵のようだな」
「ふむ、訓練にしては随分と本格的だな。まるで本物の――」
その時、前方の騒がしい一角を見て、二人の目が同時に光った。
そこでは搬入の荷車が、急に制御を失い転がり始めていたのだ。
人々が慌てて道を開ける――ちょうどその進路上に、静かに歩む女性の姿が。
そう、女王陛下本人。
だが、兄ィズは知らない。
その日、女王陛下が学園を訪問することを。
ノアが、いつものように目を細めた。
「……レオン、あれは危険だ」
「む、確かに。あの女性、退避が遅い!」
「ならば我らの出番だ!」
「うおおおおおおっ!!」
二人は同時に走り出した。
もはや誰も止められない。いや、止める時間すらない。
ちょうどその時、荷馬車が大きく揺れ、積み荷の木箱が傾く――。
金具が外れ、箱が転がり出る。
その進路の先にいたのは――女王陛下。
次の瞬間――ノアは陛下の目前に滑り込み、その身を軽々と抱き上げた!
箱は地面に激突し、木片が砕けて舞う。
陛下の足元、ほんの一歩違えば直撃していた。
「ご無事ですか!? 危険を察知し、避難を優先しました!」
完璧な発声、完璧なフォーム。完全に護衛のそれ。
問題はただひとつ。相手が女王陛下本人だということだ。
「え……ええ?」
抱えられた陛下は、一瞬、何が起きたのかわからなかった。
周囲が凍りつく。
レオンはレオンで、後方から叫ぶ。
「ノア! 避難経路を確保するぞ!」
「了解だ、レオン!」
そして、抱えたまま――走った。
その背後では、崩れ落ちた荷馬車の荷が散乱し、現場責任者が真っ青になっている。
結果的に、確かに陛下の危険は回避された。
だが、それが“結果的に”であることを、まだ誰も理解していなかった。
爆走。
学園広場を横断。
女王陛下を抱えたまま。
教師「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
生徒「だ、抱えて走ってる!? あれ女王陛下じゃ……っ!」
貴族「やめろ! 国際問題だ!!」
しかし兄ィズの耳には届かない。
「安全な場所まで退避させる! 全速力だ、レオン!」
「了解だ、ノア!」
息ぴったりで全力疾走。
女王陛下は抱えられながら、ただ呆然と風を浴びていた。
***
「きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴とともにリリアが駆け出した。
カティアは即座に命令を飛ばす。
「アシュリー、進路を塞いで! アネット、王宮側へ報告! ミーナ、状況を記録して!」
「りょ、了解です!」
アシュリーが全速で兄ィズを追うが、二人の脚力は常軌を逸している。
「おいノアぁぁぁ! その方はっ、ただの一般人じゃ――」
「危険区域は突破した! 確保完了!」
「聞けぇぇぇぇぇぇっ!!!」
ミーナはそんな光景を眺めながら、淡々とノートに書き込んだ。
『記録:兄ィズ、陛下を抱えて疾走中。世界情勢、秒で動く。』
後ろでリリアが泣きそうに叫ぶ。
「ミーナさぁぁん、どうしたらいいんですかぁぁぁ!!」
「冷静に! 落ち着いて観察を……って無理ですねこれ」
ミーナの筆が震える。
アネットが馬車で追いつき、アシュリーが前方で仁王立ちした。
「止まれぇぇぇぇぇぇ!!」
「アシュリー!? 危険だ、下がれ! この方を安全に!」
「安全なのはお前らの頭かぁぁぁぁぁ!!」
ガシャンッ。
止まった。
いや、止められた。アシュリーの体当たりで。
ノアは転がり、女王陛下をかばうように受け身。
その見事な護衛技術に、陛下は唖然。
周囲の貴族たちも凍り付いた。
レオンも続いて滑り込み、完璧な護衛姿勢で着地。
「――ふむ、確保完了だな」
「うむ、被害なし!」
誰もが固まった。
「……その方は」
静かに歩み寄るカティア。
「アルヴェリア王国、現女王陛下です」
ノアとレオン、同時に硬直。
音もなく首がギギギギと動く。
「へ、陛下……?」
「……我々は……その、えーと……」
沈黙。
吹き抜ける風。
誰かのくしゃみが響く。
女王陛下は――ふっと笑った。
「まあ、見事な抱き上げ方でしたこと。護衛官の模範としては満点ですわね」
兄ィズ、放心。
メイド隊、頭を抱える。
アネット、呟く。「外交、終わったな……」
リリア、「ひゃあぁぁぁぁぁ!!!」
ミーナ、ノートにさらさら。
『結果:国際問題にはならず。奇跡発生。』
***
後日――
アルヴェリア王立士官学園では、兄ィズによる“女王陛下強制避難事件”が記録に残った。
正式名称:「誤認防衛行動第27号」
通称:“国際問題まで秒読みカウントダウン事件”
そしてミーナの記録には、こう締めくくられていた。
『次回予告:兄ィズ、今度は女王陛下から“護衛としてのお誘い”を受ける――!?
……あ、絶対断ってくださいね。カティアさんの心が壊れます。』




