第百四十七話 兄ィズ、外交晩餐会へ出陣!? 笑顔の次はテーブルマナー地獄!
――ぶっ飛んだ兄ィズ、隣国でも炸裂!!
夕陽がアルヴェリア王都の屋根瓦を黄金に染める頃、
兄ィズ――ノアとレオンは、鏡の前で硬直していた。
「兄上……なぜ、フォークとナイフがこんなに多いのでしょう……?」
「ふむ、敵の数が多いということだな」
――違う。
食器を見ただけで戦闘モードに入る兄ィズに、メイドたちはすでに頭を抱えていた。
今日の任務は外交晩餐会。
アルヴェリア王立士官学園の特別代表として、留学生としての“礼法”を実践する舞台。
つまり、兄ィズが最も苦手とする“穏やかさ”と“上品さ”が試される時間であった。
◆メイド部隊・作戦会議
「――作戦開始前に確認するわよ」
カティアが指揮棒を軽く机に打ちつける。声は低く、しかし鋭い。
「まず、フォークとナイフは武器ではありません」
「心得ております、カティア殿!」ノアが胸を張る。
「だが、いざという時は敵の刃を弾くための角度を――」
「その“いざ”が来る前提で話すな!!」アシュリーが怒鳴った。
「飲み物に関しては?」カティア。
「ワインとは敵を油断させる薬……」レオン。
「おまえたち、もう少し普通にして……!」リリアが泣きそうな声を上げた。
アネットは椅子に腰かけたまま、淡々とメモを取っている。
「報告書には“理性を装った暴走”と記しておきます」
「さらっと怖いこと言わないで!?」
◆会場・アルヴェリア王城晩餐室
煌びやかなシャンデリア。絹のカーテン。
王侯貴族たちの笑い声が、柔らかな楽曲とともに響いていた。
そんな中――
ノアとレオンの登場は、すでに空気を一変させた。
銀の燭台が反射する光に、ノアは「これは罠の信号だな」と囁き、
レオンは「兄上、後方にも気配を感じます」と返す。
「頼むから黙って座って!!」と、カティアの低い声が後ろから刺さった。
アリアから預かった「しおり(礼法マニュアル)」を握りしめ、二人は震えながら椅子に腰を下ろす。
◆外交の罠(ではなく前菜)
「本日の前菜は、アルヴェリア産トリュフの――」
執事が優雅に説明を始める。
その瞬間、レオンの眉が跳ねた。
「兄上、トリュフとは何者ですか!? 怪しい響きです!」
「む……たしか土の中に潜む獣だったはず……」
「食え!!」アシュリーの一喝。
ガチャン、とフォークが震える。
しかし、その動作がなぜか“戦闘訓練の構え”にしか見えない。
「ノア様、レオン様、笑ってくださいっ! 笑顔です、笑顔っ!!」
リリアが必死に指示を飛ばす。
「ふ、ふむ……こうか……?」
ノアがぎこちなく口角を上げる――
だが、それは敵を威嚇する前口上のようだった。
周囲の貴族が一瞬息を呑む。
「兄上、成功です! 皆、恐れをなしております!」
「違うぅぅぅぅっっ!!!」リリアの悲鳴が木霊する。
◆一方その頃・裏メイド本陣(通称“監視席”)
アネットが双眼鏡を下ろし、静かに言った。
「……カティア隊長、現在、周囲の令嬢七名が鼻血を出しました」
「……なぜだ?」
「どうやら“怖すぎてかっこいい”らしいです」
リリアが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ウォッチ隊!? ここでも増殖してるぅぅ!?」
「現地適応が早いな……」アシュリーが苦々しく唸る。
「任務を変更します。――被害拡大阻止。優先順位:最上」
カティアは冷静に立ち上がると、兄ィズの元へ向かった。
◆兄ィズ、貴族舞踏へ殴り込み(比喩ではない)
「今宵は友情の舞を――」
音楽が始まる。
ノアが一歩前に出た。
「レオン、行くぞ。妹アリアに恥をかかせるわけにはいかぬ!」
「承知!!」
二人は見事な連携で――
同時に決闘ポーズを取った。
「なにしてるのぉぉぉぉ!!」
リリアの悲鳴を合図に、アシュリーが瞬時に間に割って入る。
「そこは踊れ! 蹴るな! 握手だ、殴るな!」
場は完全に混沌。
しかし、会場の貴族たちはなぜか拍手喝采していた。
「なんと力強い表現だ! これがレイフォード流の舞か!」
「感情が……魂が……!!」
「いや違う! 違うからぁぁ!!!」
◆晩餐会・閉幕(地獄絵図)
夜も更け、何とか会は終了。
カティアたちは全員疲労困憊。
「……報告書、どうまとめます?」アネットが問う。
「“外交的には成功、精神的には敗北”と書け」カティアが即答した。
「それ、毎回書いてません?」
「恒例行事よ」
リリアが深いため息をつき、ミーナが静かに日誌を閉じた。
『彼らの笑顔は、なぜこうも破壊的なのだろう。
だが――今日も、誰かが救われた気がした。
……たぶん、私たち以外の誰かが。』
こうして――
アルヴェリア王都の夜は、兄ィズの笑顔によって再びざわめいた。




