第百四十四話 アルヴェリアの講義と兄ィズの挑戦! 礼法とは何か!?
アルヴェリア王都――白亜の城壁が光に反射し、壮麗な塔が立ち並ぶ。
その中央に聳えるのは、王立士官学園。
未来の将軍、外交官、宮廷侍従を育成する名門であり、各国の貴族子弟が集う学び舎だ。
そこに――今日、新たな伝説が入学した。
門の前で、ノアとレオンは揃って胸を張る。
「ふむ、ここが我らの修行の地……! 立派な門だな!」
「兄上、アリアの志を継ぐ者として、我らも新たなる高みへ!」
朝日を背にしてポーズを決める兄ィズ。
その背後で、五人のメイド部隊が一斉に溜め息をついた。
「……朝から既に視線が集中してますよ」カティアが冷静に記録帳を開く。
「兄ィズ、初日から注目度:最大値」アネットが筆を走らせる。
「そりゃ、あれだけ叫んでたら当然だよぉ……」と、リリアが頭を抱える。
隣でアシュリーは腕を組み、「目立つなって言ったの、聞いてたのか?」と低く唸る。
「お二人とも、王都では“静かに入場”が常識なのですが……」とミーナが控えめに呟く。
――聞こえていない。兄ィズは感動の涙を流していた。
「見よ、レオン! この荘厳な校門! まるでアリアの心を形にしたようではないか!」
「兄上! 門の装飾の繊細さ、これぞ妹の微笑のごとし!」
「……はぁ」メイド全員が同時にため息を吐いた。
寮室に入るなり、また騒ぎが起きた。
「兄上! ベッドが二つ!」
「ふむ、つまり互いの背を預け、敵襲を防げということだな!」
「了解!」
――ズズズッ。
瞬く間に、寮室の家具配置が“防御陣形”に組み替えられる。
枕は防壁、椅子は盾、ベッドは「砦」。
ノアとレオンは寝具をマント代わりに羽織り、仁王立ちで宣言した。
「我ら、アリアの守護神!!」
「アルヴェリアの空にもその名を刻もう!!」
ゴォォン……。
なぜか寮の鐘が鳴った。
「……まさか、魔導感知器が反応してる?」アネットが真顔になる。
「違う、彼らの“声量”だ」カティアが冷静に返した。
「王都が平和で良かったですぅ……」リリアが泣き笑い。
午後。
最初の講義「国際礼法Ⅰ」が始まった。
担当はアルヴェリア侯爵家の令嬢、エリナ・フォン・ルミナ。
冷たい銀縁眼鏡と優雅な動き、完璧な口調で教壇に立つ。
「皆様、貴族の務めは品位にございます。外見よりもまず、内なる調和を――」
「質問!!」ノアが勢いよく立ち上がる。
「礼法とはすなわち戦場の礼節に通じると聞きますが、敵前での最敬礼の角度はいかほど!?」
「……敵前?」講師の眉がぴくりと動く。
横でレオンも頷く。
「我らは妹アリアの名誉を背負う守護者! よって、礼とは栄光の構えでもあります!」
教室中が凍りついた。
カティアが机の下で額を押さえ、アシュリーがぼそりと呟く。
「はい出た、“戦場理論”」
「一講目から飛ばしてますねぇ……」アネットがノートに記す。
ミーナが静かに書き加える。『講師、無言。空気:氷点下』
やがてエリナ講師は微笑んだ。
「……興味深い解釈ですわ。では、その情熱を“挨拶”に込めてみましょう。私に一礼を」
「了解! アリア式第一礼!」
二人は息を合わせ、右手を胸に当て――
「我らが妹に栄光あれぇぇぇ!!!」
――バァン!!
窓が震えた。
全員が絶句。
裏メイドたちは机に突っ伏した。
こうして兄ィズの“礼法初級”は、講師の沈黙と学生の恐怖の中で終了した。
夕刻、学院食堂。
ノアとレオンはすっかり満足げだった。
「うむ、我らの礼を見て、皆感動していたな!」
「兄上、あの静寂は畏敬の念の証です!」
「違うわ!!」とアシュリーが声を荒げた。
「完全に恐怖で黙ってただけだ!!」
「……でも、あの講師、最後に“明日は実技で確認します”って笑ってました」リリアの声が震える。
「うわ、それ絶対怒ってるやつ」アネットが冷静に呟く。
食堂の隅では、すでにうわさが流れ始めていた。
「例の“妹信仰兄弟”だ」「顔がいいのが腹立つ」
「『妹』って誰?」「調べたら王都グランフィードのアリア嬢らしい」
「え、あの天才令嬢!?」「妹様が……!?」「尊い……」
メイドたちは顔を見合わせる。
カティアがぽつりと呟く。
「……もう、ウォッチ隊(妹観察連合)が生まれそうね」
「アルヴェリアにも“信徒”が増殖中……」アネットが記録。
「……妹様、影響力すごすぎです」ミーナが小声で付け加えた。
夜。
学園の塔から月が昇る。
兄ィズは寮の屋根に立ち、風に吹かれながら語った。
「アリア、我らは今日も己を鍛えた!」
「明日は踊りに挑む! 妹の名に恥じぬ舞を見せよう!」
その背後で、五人のメイドが毛布に包まりながら呟いた。
「……文化衝撃、まだ初日」
「講師側の精神が先に折れそうだな」
「王都の夜が……うるさいですぅ」
ふたたび、アルヴェリア王都がざわめく。
そして今日も、メイドたちの悲鳴が夜に響く――。




