第百四十一話 留学直前の大騒動! 荷造り vs 脱走計画 vs 裏メイドの鉄槌
伯爵邸の広間に響き渡るのは、ノアとレオンの雄叫びと、飛び散る衣服の山。床には靴下が散乱し、甲冑や鎧が斜めに積まれている。まるで竜巻でも通った後のようだった。
その中で、アリア・リュミエール・レイフォードは窓際に立ち、頭を抱えてため息をつく。
「……なんでまた、こんな大騒ぎに巻き込まれなきゃならないのよ」
ノアが突然アリアに向かって叫んだ。
「アリア! 我ら兄ィズはこの荷造り戦線を突破し、自由を勝ち取るのだ!」
「そうだ! 荷物ごときで俺たちの栄光を妨害させるわけにはいかぬ!」とレオン。
アリアは肩をすくめ、心の中で呟いた。
『……また、この二人はいつも通りか。困ったものね』
アリアは兄達の海外留学には賛成していた。だが、それでも出発前の大騒ぎは見過ごせない。せめて秩序を少しでも取り戻してから送り出したい――そう心に決めていた。
「もう、こうなったら手伝うしかないわね……」
アリアは腰に手を当て、まず部屋の中央に飛び散った衣類を片付け始めた。
「アリア! な、何を……」
「これ以上、部屋が滅茶苦茶になるのを防ぐの! さっさと荷造りを終わらせないと!」
兄ィズはその様子を見て、目を丸くする。
「な、なんだと!? アリアが……我らの作戦を妨害するだと!?」
「くっ……しかし……この手は使えぬか」
アリアはちらりと兄たちを見て、軽くため息。
「ええ、お兄様たちが好き放題するのを黙って見ているのは、もう限界だから」
その声で、ノアとレオンの顔色が変わった。
「くっ……アリア……!」
「ううっ……」
ノアが耳打ちする。
「兄上、夜になったら脱走する計画を練っているのだ」
「もちろん、アリアには内緒だぞ!」
しかしアリアは耳だけダンボにして聞いていた。
『……こ、これはまずい……夜までに阻止しないと』
夜、兄ィズが密かに窓から脱走しようとしたその瞬間、アリアは素早く駆けつける。
「待ちなさい! そんなことをしたら絶対に許さない!」
兄ィズは目を見開く。
「アリアぁ!? ば、バレた……」
「だ、だけど……どうしてこんなに素早く……」
アリアはすでに兄ィズの行動パターンを熟知していた。
「こういう時のために、私もちゃんと準備しているのよ」
兄ィズの脱走未遂の知らせを受け、裏メイド部隊が静かに動き出す。
気配を消し、音もなく屋根を降り、兄ィズの前に立ちはだかる。
「……もう、これ以上無駄なことはやめなさい」
裏メイドたちの声に、兄ィズは思わず後ずさる。
アリアは裏メイドに目配せをする。
「お願いします……止めてください」
「承知しました、お嬢様」
あっという間に兄ィズは取り押さえられ、外に出すどころか、部屋に縛り付けられる。
さらに騒ぎに拍車をかけたのは、エルダリオンだった。
ゴールドの鬣を揺らし、尾を大きく振りながら、部屋の中を飛び回る。
「我も加わるぞ!」
と、兄ィズに倣って大はしゃぎ。しかしアリアの鋭い目が光る。
「エルダリオン! ハウス!」
瞬間、床に魔法陣が展開され、エルダリオンは一瞬にして元の世界に戻される。
「うぐ……なんと……!」
兄ィズは一瞬歓喜するが、戻っていくエルダリオンをみて残念がる。
「これでエルダリオンは……!」
しかしそこへ、母レイナが現れる。
「……ふむ、これが留学前の騒動ですか」
レイナの目に鋭さが宿る。
裏メイドたちが兄ィズを押さえつける中、レイナはにっこり微笑みながら、
「さて、海外修行に行ってもらいましょうか。しばらくはアリアを振り回さないように」
兄ィズ、再び沈黙。
アリアは苦笑いしながらも、心の中で小さくつぶやく。
『これで少しは静かになる……かしら』
翌日の午後、荷馬車に押し込まれた兄ィズを見送りながら、アリアは窓辺で深呼吸をした。
「……留学先でも、ちゃんと無事にね」
裏メイドたちはその横で、淡々と任務完了の印を結んでいた。




