第百三十一話 監察官再び!学園大混乱
――翌日。
アリアが学園に登校すると、校門前はなにやらざわついていた。
人だかりの中心に立っていたのは、一人の厳めしい男。黒衣に銀の紋章、背筋は棒のように真っ直ぐで、目は鷹のごとく鋭い。
「静粛に! 我は王城より派遣された監察官、ガストン・ディルハルトである!」
その一声でざわめきが止む。だが次の瞬間――
「監察官!? 王城!? アリアの安全を脅かす不審者か!」
「ならば我ら兄ィズが直々に監察してやろう!」
芝生の上から飛び出した二人、ノアとレオン。お決まりの決めポーズで並び立ち、金色に輝く笑顔を放った。
「我らこそ! 妹アリアの守護者にして盾! すなわち――守護兄ィズなりッ!」
学園生徒たちから「うおぉぉ……!」と感嘆とも呆れともつかぬ声が上がる。
監察官ガストンは一歩も動かず、ただ眉をひそめる。
「……何だこれは。学園に小芝居一座でもあるのか?」
「芝居ではない! 真実だ!」
「妹を守るための神聖なる役目、それが俺たち兄ィズ!」
ノアとレオンはさらに芝生を転げ回りながら意味不明な型を披露し始める。
そして、そこに――
「ふっ、面白そうではないか。我も混ざってやろう」
突如として、長大な影が学園の中庭を覆った。
神獣エルダリオンである。金色の鬣を揺らしながら現れ、双子の隣にどっかり腰を下ろす。
「いざ! 我も“守護獣”として参加しようではないか!」
「おぉ! エルダリオンよ、ついに我ら兄ィズの仲間に!」
「これで布陣は完璧! 守護兄ィズ+神獣エルダリオン! 無敵の鉄壁!」
兄ィズとエルダリオンは並んで決めポーズ。
そのあまりの迫力に、生徒たちは「おおぉぉ……」と微妙な感嘆と戸惑いを漏らした。
「もうっ……いい加減にしてぇぇぇっ!!」
ついに雷鳴のような怒声が響き渡る。
アリア・リュミエール・レイフォードである。
顔を真っ赤にし、腰に手を当て、兄ィズとエルダリオンを睨み据えた。
生徒たちは息を呑む。
アリアが本気で怒るときの迫力は、神獣すら尻尾を下げるほどなのだ。
「監察官様が来てるのに! なんで勝手にはしゃいでるのよ!」
「だ、だがアリア……!」ノアが狼狽える。
「俺たちはお前を守るために!」レオンが訴える。
「我もだ! この場において守護は我の使命!」エルダリオンが胸を張る。
「もういいっ!! とりあえずエルダリオン……ハウス!!」
バシュゥゥゥン――!
眩い光が走り、三人の足元に魔法陣が展開。
吸い込まれるように光の渦へと引きずり込まれていく。
「な、なにぃ!? この力は!?」ノア。
「ぐわぁぁ! 戻されるぅぅ!」レオン。
「ま、待てアリア! 我は……! これは不当な……処置だぁぁぁぁ!!」エルダリオン。
ドシュゥゥン!!
兄ィズと神獣は一瞬にして消え去った。
「えっ!?お兄様たち……。」
アリアはエルダリオンだけを帰そうとしたのだが、兄達も巻き込まれたらしい。
静まり返った学園の中庭。
監察官ガストンは腕を組み、冷静に一言。
「……なるほど。噂以上の混乱要因だな」
アリアは頭を抱え、深くため息をつく。
「ご、ごめんなさい……! 本当にあの人たちと神獣は関係ないの! だから学園は普通なんです!」
――普通?
誰もが心の中で首を傾げた。
一方そのころ。
眩い光に包まれたノア、レオン、そしてエルダリオン。
次に目を開けたとき、彼らが立っていたのは――レイフォード家の広間であった。
「……ここは、母上の……!?」ノアが叫ぶ。
「さ、先ほどの……転移させられたのか!?」レオンが青ざめる。
そして、金色の鬣を揺らす神獣エルダリオンが部屋の天井に角をぶつけて「うぐぅ」と呻いた。
そこへ。
しとやかな足音とともに現れたのは、レイフォード家の母――レイナである。
柔らかな笑みを浮かべつつも、瞳の奥には冷ややかな光。
「……なるほど。騒ぎを起こして、アリアに“ハウス”されて戻ってきたのね?」
ノアとレオンは肩をすくめる。
「ち、違うんだ母上! 俺たちはアリアを守ろうと!」
「そうだ! 監察官が怪しかったから!」
「……ふぅん」
レイナは扇をパチンと閉じ、冷たい笑顔を浮かべた。
「――やはり、調教しないとなりませんね」
その一言に兄ィズは顔を真っ青にし、エルダリオンでさえ背中の鬣を逆立てた。
「ちょ、調教!? 母上、それは誤解だ!」
「我は無関係! 勝手に巻き込まれただけだ!」
「黙りなさい。母としての務めを果たすだけですわ」
扇がゆっくりと振り上げられる。
次の瞬間、広間に悲鳴と獣の咆哮が響き渡った――。
学園では。
監察官ガストンが手帳を取り出し、冷徹な筆致で記録をつけていた。
「本日の観察結果。生徒の規律は形骸化。教師陣の統制は弱い。……そして、兄ィズと神獣なる存在による騒動が日常的に発生している」
アリアは真っ青になり、必死に両手を振る。
「ち、違いますってばぁぁぁ!!」
だが誰も、彼女の弁解を信じてくれる者はいなかった――。




