第百二十三話 兄ィズ、帰還! 文明人(?)になっての大逆襲!?
伯爵邸の中庭。
真昼の太陽が、芝に鮮やかな光を落としていた。
アリアは額に汗をにじませながら、セリーヌ師匠の指導で魔力の制御訓練に励んでいた。
両手の間に浮かぶ光の球は、以前よりもずっと安定している。
「……ふぅ。やっと……少しずつ出来るようになってきた……」
アリアが息を吐いたそのとき――。
――カツ、カツ、カツ。
中庭に面した回廊から、二つの影がゆっくりと現れた。
背筋はぴんと伸び、髪は艶やかに整えられ、衣服もきちんとしたものに替えられている。
堂々とした足取りは、まるで騎士の行進のようだった。
「……お、お兄様たち……!?」
アリアは思わず目を丸くした。
そこにいたのは、ノアとレオン――彼女の兄ィズである。
だが、その姿は以前の「泥まみれ・煤まみれ・野性味全開」の二人とはまるで別人。
屋敷の侍女たちがひそひそと囁く声が、風に乗って聞こえてくる。
「まあ、ノア様とレオン様?いつお戻りになられたのかしら?」
「奥様が何か小汚い人たちを連れて行かせたらしいけど……」
「え、もしかして、その時のお二人が……」
「何か見違えて素敵になられていません事…」
アリアは心の中で叫んだ。
(そーいえば、お兄様たち……学園時代にファンクラブみたいなのが出来るくらい、かっこよかったんだっけ……!)
目の前に立つ兄二人は、確かにかつての栄光を取り戻したように見える。
アリアは思わず口を押えてつぶやいた。
「み、見違えた……ほんとに……」
◆
横で訓練を見ていたセリーヌが、ぱちんと扇子を閉じる音を響かせた。
「あら、あなたたち。そんなに文明人してたのね」
さらりと放たれた一言に、ノアとレオンの肩がぴくりと跳ねる。
「せ、セリーヌ殿……それは褒め言葉と受け取ってよろしいのか?」ノア。
「”してた”って過去形はどういうことだ!?」レオン。
だがセリーヌはただ、にっこりと微笑むばかりだった。
まるで「長続きはしない」と見抜いているかのように。
◆
アリアは両手を胸に当てて、興味津々と尋ねた。
「ところで……お兄様たちは、どんな修行をしていたのですか?」
すると兄ィズは胸を張り、声をそろえて叫んだ。
「『一は全、全は一!』――その答えを見つけさせられていたのだ!」
「…………え?」
アリアは一瞬きょとんとしたが――。
次の瞬間、腹を抱えて吹き出した。
「ぶふっ! ま、待って待って! それって――錬成しちゃうやつじゃないですか!? ええぇぇっ!?」
彼女の脳裏に浮かんだのは、前世で大好きだった漫画とアニメ。
等価交換で物を作る、あの作品の名台詞である。
「だとしたら……弟のレオン兄さまは……」
アリアは想像し、顔を青ざめさせた。
「空っぽの鎧になっちゃったり……! あ、いやいや、ないないないない! ははははは!」
中庭にアリアの笑い声が響く。
◆
必死で笑いをこらえながらも、アリアは尋ねた。
「で、で……兄さまたちは、その答えは出たのですか?」
ノアとレオンは顔を見合わせ、にやりと笑う。
「ああ、出た!」
「”アリアが全! アリアこそ一!”」
ばーんと胸を張り、指を妹に向ける二人。
「「我らがすべての答えはアリアだッ!!」」
中庭の侍女たちがキャーと悲鳴を上げる。
だが、当のアリア本人は顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ、ちょっとぉおおおお!! 何言ってるんですかぁあああああ!!」
◆
その様子を黙って見ていたセリーヌが、ふうと長い息を吐いた。
「……師匠、こんなんでいいのですかぁ?」アリア。
セリーヌは天を仰ぎ、うっすら涙ぐんで呟いた。
「良くないけど……これ以上、良くならないのよ……」
その場に、妙な静寂が訪れる。
しかし、兄ィズはまったく気にしていない。
「さあ、アリア! 俺たちと共に修行を再開しようではないか!」ノア。
「お前が全であり一であるならば! 俺たちはその守護者として戦うのだ!」レオン。
芝の上で二人は勝手に決めポーズを取り、輝く笑顔を放っていた。
◆
こうして再び始まった、兄ィズとアリアの修行の日々。
その賑やかさは、伯爵邸の中庭だけでなく、屋敷全体を揺るがすほどだった。
――果たしてアリアは、まともに魔力制御を学べるのだろうか。
そして兄ィズは、文明人の姿をいつまで保てるのだろうか。
すべては、次回のお楽しみである。




