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第百二十二話 セリーヌ師匠の訓練と忘れ去られた砦

 昼下がりの柔らかな光が、伯爵邸の中庭に降り注いでいた。

 噴水の水音が涼やかに響き、芝の上には真新しい魔法陣が刻まれている。魔力制御の基礎訓練用に、セリーヌが指で描き込んだものだ。


「さあ、アリア。魔力を手のひらに集めてみなさい。今度は流れを途切れさせないこと」


 セリーヌの声は穏やかでありながら、どこかぴんと張り詰めた響きを持っていた。

 アリアはこくりと頷くと、両手を胸の前にかざし、息を整える。


(……大丈夫。落ち着いて……)


 両手の間に、ふわりと光が生まれた。小さな灯火のような魔力の塊。

 ところが数秒後――。


「ひゃっ!」


 光は急に膨らみ、ぽん、と弾けて消えた。アリアの前髪がちりっと焦げ、煙が立ち上る。


「……ご、ごめんなさい!」


 慌てて頭を押さえるアリアに、セリーヌはくすっと笑った。


「謝ることじゃないわ。暴発するよりは、魔力が出ている証拠。これからは、それをいかに制御するかが課題なの」


「はい……!」


 アリアは力強く返事をする。



 しかし。

 アリアの心のどこかには、どうにも引っかかるものがあった。


(……なんだろう。大事なことを忘れてる気がする……でも……まあ、大したことじゃないよね?)


 額に汗を浮かべながら訓練を続けるアリア。だが脳裏の片隅で、うっすらと映像がちらつく。

 黒い瘴気に包まれた砦。絶望に沈む教師や生徒たち。がらがらと崩れ落ちる石壁。


(……あれ……あれって……学園の課外授業、だった……ような……?)


 が――次の瞬間。


「アリア、集中しなさい。魔力が漏れてるわよ」


 セリーヌに声をかけられ、アリアは「は、はいっ!」と慌てて意識を戻した。


(……まあ、きっと大丈夫……かな……? 父上がなんとかしてくれてるはず!)


 完全に人任せである。




 アリアの訓練を見守りながら、セリーヌは一人、思案していた。


(あのキメラ……一度は退けたけれど、核が破壊されていなかった。遠くないうちに、再び現れるはず……)


 彼女の青い瞳が、ふっと鋭さを帯びる。

 アリアにはまだ伝えていないが、いずれ必ず対策を立てねばならないだろう。


(この子の魔力……ただの制御訓練で済むものではないかもしれないわね……)


 だが、目の前の少女は前髪を焦がしながら「次は失敗しません!」と元気に拳を握っている。

 セリーヌは小さくため息をつき、口元をほころばせた。



 一方その頃――。


 ノアとレオンの姿は、伯爵邸にはなかった。


 理由は単純。


「おまえたち二人! まずは風呂よ! すぐに!くまなく!!、泥も煤も落としなさい!」


 母レイナに耳を引っ張られ、そのまま浴場へ連行されたのである。

 あまりの迫力に、二人は逆らうことすらできなかった。


 以来、しばらく姿を見ていない。


(……触らぬ神に祟りなし、よね)


 アリアは内心、そう結論づけていた。




 そのころ父アレクシス伯爵は――。


「なにぃ!? 砦が半壊だと!? しかも課外授業の生徒たちが避難してきただと!? 急げ! 至急報告をまとめよ!」


 執務室で頭を抱えていた。

 遺跡の件、砦の件、さらには王都への報告義務まで、一度に押し寄せてきている。


「……まったく、誰の娘だ……いや、誰の兄たちだ……」


 伯爵は書類の山に埋もれながら、遠い目をした。




「アリア、今度は呼吸を合わせて。吸って――吐いて――」


 セリーヌの指示に従い、アリアは手のひらに再び光を生み出す。

 先ほどよりも安定しており、今度は数十秒も持続した。


「やった……! 成功です!」


「ええ、いい調子よ。その感覚を忘れないこと」


 セリーヌは頷き、アリアの成長を見守る。


 だがアリアの頭の中では――。


(……あれ、でもやっぱり……学園の先生とか、まだ砦に残ってたりしてないかな……?)


 すぐに「いやいや、きっと大丈夫」と自己解決し、再び訓練に戻る。




 浴場。


「レオン兄、まだか!? 背中流すから早くしろ!」

「うるさい! お前こそ髪の泥を全部落とせ!」


 どったんばったん大騒ぎである。

 レイナは湯気の向こうでにこやかにタオルを用意しつつ――。


「……ふふ、やっぱり子どもね」


 と、しみじみ呟いたのだった。




 こうして、アリアの魔力制御訓練は日ごとに進み、

 忘れられた遺跡や砦の件は、まるで遠い記憶のように扱われていった。


 しかし――。


 黒い瘴気はまだ完全には消えていない。

 やがて再び、彼女たちの前に立ち塞がる日が来るだろう。


 それまでは――。


「アリア! 今度は暴発させないでよ!」

「だ、大丈夫です! 多分!」


 今日も中庭に、明るい叫び声が響き渡っていた。

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