第百二十一話 兄ィズの訓練とアリアの力制御編
砦での戦闘が終わり、昼の光が砦を強く照らし、砂埃が金色に揺れる頃、アリア・レイフォードはひとり、砦の外れで深く息をついていた。まだ胸に熱が残り、腕には戦闘の疲労感がずっしりとのしかかる。だがそれ以上に、心の奥で何かがざわついていた。
「……わたし、まだ……力を上手く制御できていない……」
あの黒い瘴気のような魔獣を前にしたとき、自分の意思とは関係なく力が暴れかけたことを思い返す。もし次に同じ状況が訪れれば――。胸が締め付けられ、不安と恐怖が渦を巻く。
小さく肩を揺らしながら、アリアは決心した。今の自分には、師匠の力が必要だ。
「セリーヌさん……お願いがあります」
声はかすれ、だが揺るがなかった。セリーヌは静かに顔を上げ、鋭くも優しい目でアリアを見つめる。
「何でしょう、アリア嬢」
深呼吸を整え、アリアは言葉を続けた。
「わたし……自分の魔力をうまく制御できるようになりたいんです。今回の件で、それがどれだけ足りていないか痛感しました……。どうか、教えてください」
その目には、恐怖だけではなく、決意の光も宿っていた。セリーヌは微かに眉を上げ、口元に笑みを浮かべる。
「ふふ、わかりましたわ。」
アリアの胸にほっとした温かさが広がる。
「そして……できれば、師匠も一緒に本邸まで来てほしいのです。父や兄たちも、師匠の力を頼りにしたいと思うのです」
セリーヌは一瞬目を見開いたが、すぐに静かに頷いた。
「もちろん、同行しますわ。あなたの魔力のためにも、父上や兄ィズのためにも」
その横で、兄ィズが肩を揺らし、大げさに胸を張る。
「おおっ! 俺たちも修行の仲間に加わるぞ!」
「アリア! 俺たち兄ィズがいる限り、どんな敵でも怖くないぞ!」
アリアは小さく笑い、窓の外に目を落とす。光に揺れる砦の影を眺めながら、心の奥に少しだけ安堵が芽生えた。
そんな二人を見てアレクシスは
「……誰だ、この汚い二人は……」
アリアは少ししょんぼりした顔で、静かに口をつぐんだ。
アリア「お兄様たち……砦で水浴びでもして、さっぱりしてきてください……」
セリーヌは内心で『面白い父親ね……(笑)』と思いながらも、声には出さない。
◆馬車出発
馬車はゆっくりと砦を離れ、石畳を滑るように進む。朝日の光が窓から差し込み、埃混じりの空気を黄金色に染める。
アリアは窓際に座り、手のひらで頬を押さえながら、戦いの記憶と心のざわつきを整理していた。
「……あのキメラ、いったい何だったの……」
ノアが肩を揺らし、鼻息荒く答える。
「でも俺たち兄ィズが駆けつけたから、アリアは助かったんだぞ!」
「そうだ! 俺たちがいなかったら、どうなっていたか……!」
アリアは苦笑し、窓の外に目をやる。砂埃にまみれた砦が遠ざかり、柔らかい緑の丘や畑が視界に広がる。
馬車の端で、セリーヌ師匠は静かに座り、二人の兄ィズとアリアの様子を観察していた。表情は穏やかだが、心の奥では二人の魔力の扱い方をしっかり見極めている。
「……帰ったら、まずは魔力の制御から始めるわよ。三人とも、準備はいいかしら」
アリアと兄ィズは小さく頷いた。
◆馬車内の雑談
兄ィズは大げさなジェスチャーで魔力の動きを確認する素振りを見せる。
「よし、アリア! 俺たち兄ィズの力を見せてやるぞ!」
「ふん、今日は俺が先に修業の成果を見せる番だな!」
アリアは苦笑しながら、少しだけ兄ィズに心を許す。セリーヌ師匠は小さくため息をつき、やんわりと注意する。
「ノア、その魔力の向きは反対よ。レオン、焦らずに呼吸を整えて」
二人は慌てながらも、師匠の指示に従うふりをする。実際には、いつも通りドタバタしながら互いの力を確認しているのだ。
アリアは、そんな兄ィズの姿を見て少し微笑む。
『……やっぱり、この兄たちがいてくれるから、わたしは前に進める』
◆伯爵邸到着
馬車が王都の石造りの門をくぐると、街の騒がしさと朝の光が混ざり合い、庭の芝生を金色に照らしていた。
母レイナは門前に出迎え、穏やかに微笑む。
「アリア、おかえり……! 無事だったのね」
アリアはほっと息をつき、微笑みながら返す。
「はい、母さま……ただいま」
兄ィズの姿を見た母は思わず目を見開く。
「……あの子たちは、一体……」
ノアとレオンは胸を張り、誇らしげに立つ。セリーヌ師匠は微笑みながら静かに付き添う。
アリアは小さくため息をつき、心の中で思う。
『……これで少しは安心できる』
訓練の準備
伯爵邸に戻ると、アリアはまず魔力制御の訓練に取り組むことを決意する。
兄ィズも、再び自分たちの力を確認するため、セリーヌ師匠の指導のもとで修業を始める。
庭では朝の光を浴びて、ノアが魔力の感覚を確認するための呪文を唱える。
レオンは深呼吸を整え、集中して力を放つ準備をする。
セリーヌ師匠は冷静に指示を出す。
「ノア、魔力の流れを意識して。レオン、焦らずに、呼吸を整えて」
兄ィズは大げさに肩を落としつつも、練習を続ける。
アリアは胸の奥に潜む力を感じながら、少しずつ制御の感覚を掴みはじめた。
こうして、伯爵邸での新しい日常――
アリアの魔力制御訓練
兄ィズのドタバタ修業
セリーヌ師匠の冷静な指導
――が、ゆっくりと、しかし確実に動き始めたのだった。




