第百十二話 無人島サバイバル!?兄ィズ、文明人の誇りをかけて
大空を駆けるロック鳥。その背に揺られながら、ノアとレオンは必死にしがみついていた。
「ノア! あれはもしかして海ではないのか!?」
「多分そうじゃないだろうか? 初めて見たよ!」
眼下に広がるのは、地平線まで続く青。太陽の光を反射してきらめき、二人の目にはきわめて眩しかった。
「あら、あなた達。海は初めて? へぇー。じゃあ知ってる? あのお水、甘くておいしいのよ」
朗らかに言ったのは、二人を連れている魔法使いの女性――セリーヌだった。
「そうなのか!!」
「いやいや! 海が塩辛いことくらい知ってるから!」
ノアが冷静に突っ込むが、レオンの目はキラキラしている。危ない。彼は一瞬、本気で飲もうとしていた。
やがてロック鳥は翼をはためかせ、海岸線を越えてさらに飛んだ。どれほど移動したのだろう。やがて、広い海にぽつんと浮かぶ島が見えてくる。
「……島だ」
「小さいな」
兄ィズが固唾をのむ中、ロック鳥はその島の白い砂浜へと舞い降りた。
「ふぅ、着いたわね。はい、ここがあなた達の新しい修行場よ」
砂浜に飛び降りたセリーヌが、にっこりと笑う。
「で、どうしようというのだ?」レオンが腕を組む。
「まずはご挨拶からね。あたしはセリーヌ。あの爺さんとは……まあ、家族みたいなものかしら」
「俺はレオン・レイフォードだ」
「わたしはノア・レイフォード」
三人は自己紹介を交わした。だが、セリーヌの次の言葉に兄ィズの顔が凍りつく。
「さて、とりあえず、ここで一週間過ごしてもらえるかしら」
「なにぃ!?」
「僕らは文明人だぞ!!」
二人の叫びを、セリーヌはケラケラと笑い飛ばす。
「そんなボロボロの格好で、文明人を名乗られてもねぇ?」
そう、老人の修行で鍛え抜かれた結果、二人はすでに無精ひげ、衣服はボロボロ。とても貴族の御子息とは思えない野生児じみた姿だった。
そしてセリーヌは不思議な言葉を残す。
「”一は全、全は一! その答えを見つけなさい」
そう言い残して、彼女は再びロック鳥に跨り、空の彼方へ飛び去ってしまった。
「……なんだよ、あれ」
アリアが聞いたら『オイオイ』と言うだろう。しかし二人は知らない、知るはずもない(笑)。
だが残念ながら、ここにアリアはいない。
◆一日目――食糧難
「と、とにかく食料だ!」
「そうだな! 男は腹が減っては戦ができぬ!」
二人は砂浜から森へ突撃した。
最初に見つけたのは――ココナッツらしき木の実。
「おぉ! これは食べられるのではないか!?」
「待てレオン。生のまま齧ると歯が折れる」
ノアが冷静にツッコむも、レオンはすでに頭突きで実を割ろうとしていた。
「うおぉぉぉ!」
「馬鹿やめろぉぉぉ!」
ゴンッ! と派手な音。結局、木の実は割れず、レオンの頭にタンコブがひとつ。
「いってぇ……!」
「ほら見ろ」
結局、二人は木の枝と石を使って原始的な方法で割り、中の水を飲んだ。
「うまい!」
「これは助かったな」
その夜は浜辺で焚き火をし、ココナッツの実と拾った貝を焼いて腹を満たした。
◆二日目――住居問題
「雨が降ってきたぁぁぁ!」
「ずぶ濡れだぁぁぁ!」
嵐に襲われた二人。慌てて木の葉を屋根代わりにするも、すぐ吹き飛ぶ。
「だめだ、これじゃ寝られん!」
「ノア! 俺たちには知恵がある!」
レオンが意気込んで組み木細工のような小屋を作ろうとする。
だが数分後――。
「……崩れたな」
「文明人とは……」
二人は泥だらけで項垂れた。
◆三日目――狩猟への挑戦
「やっぱり肉だろ! 肉が食いたい!」
「無茶言うな、どうやって捕まえるんだ」
レオンは槍を作り、森の中を走り回る。ノアは罠を仕掛ける。
結果。
「ノアぁ! 俺が罠に引っかかったぁぁぁ!」
「……だから言っただろう」
空中に逆さ吊りになったレオンを助けながら、ノアは深くため息をついた。
◆四日目――魔法、思い出した
空腹と疲労でぐったりしながら、ノアはふと呟いた。
「……待てよ。僕ら、魔法使えるじゃないか」
レオンは目を見開く。
「はっ!? お、おおおぉぉぉぉ! なんで忘れてたんだ俺たち!」
二人は慌てて魔法を試す。
ノアは水魔法で真水を生成し、レオンは火魔法で火を点ける。
「おぉぉぉぉっ! めっちゃ楽じゃないか!」
「いや最初からやれよ俺たち!」
あまりの便利さに、二人は頭を抱えて砂浜に転がった。
文明人アピールする前に、魔法を思い出すべきだったのだ。
◆五日目――魔法と現実のすれ違い
魔法で生活は一気に快適に。
水を出し、火を起こし、雷で魚を気絶させ、氷で保存。
が、便利すぎて逆に失敗も増える。
「レオン! その火、強すぎ!」
「うわぁぁぁ、魚が黒炭になったぁぁぁ!」
「ノア! その氷で作った寝床、冷たすぎて尻が凍る!」
「我慢しろ!」
結局、二人は文明と原始の狭間で七転八倒していた。
◆六日目――悟り?
焚き火の前で、レオンがぼそりと言う。
「なぁノア……俺たち、何してんだろうな」
「さぁ……アリアのために強くなる修業、だったはずなんだが」
ふたりはしばし沈黙した。
潮騒がやけに心に沁みる。
そして同時に言った。
「アリアに……会いたいな」
どれだけ過酷な修業も、最後に思うのは妹のことばかり。
やっぱり兄ィズであった。
◆七日目――答え合わせ
その日の昼、空を覆う巨大な影が砂浜に落ちた。
「来た!」
「ロック鳥だ!」
セリーヌが戻ってきたのだ。悠々と羽ばたくロック鳥が浜辺に舞い降り、砂を巻き上げる。
彼女はすらりと鳥の背から降り、二人に問いかける。
「さて……”一は全、全は一”。答えは見つかったかしら?」
ノアは背筋を正し、真剣に口を開いた。
「”一は全、全は一”。……つまり、ひとりの生は世界と繋がり、世界はまたひとりに帰ってくる。生きるとは孤立ではなく、繋がりの中にある、ということ……でしょうか」
セリーヌは一瞬、驚いたように目を細め、静かに頷いた。
「ふむ、理屈としては十分。さすが頭脳派ね」
視線がレオンへ向けられる。
「じゃあ、あなたは?」
レオンは胸を張り、力強く答えた。
「アリアが全! アリアこそ一! だから俺の全てはアリアのためにある!」
沈黙。
波の音だけが砂浜に響いた。
ノアが両手で顔を覆う。
「兄さん……」
しかしセリーヌは、ぷっと吹き出して笑い出した。
「……まぁ、それも”答え”の一つかもしれないわね。なるほど、あなた達にとっての全は妹さん、というわけ」
レオンは胸を張り、誇らしげに頷いた。
一方でノアは「いや、たぶん違う……」と小声で呟く。
◆帰還
セリーヌは二人を見渡し、口元に笑みを浮かべた。
「よし、合格。今日からは本格的に魔法の修業を始めましょうか」
「「……えっ」」
二人は同時に固まった。
「ちょ、ちょっと待て! 今までの一週間は!?」
「飢えと渇きに苦しみ、魚を黒焦げにし、尻を氷で凍らせたあの日々は何だったんだ!」
セリーヌは肩をすくめて答える。
「それは準備運動よ。身体と心をすっからかんにしておかないと、魔法は本当の意味で扱えないわ」
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」」
兄ィズの絶望の叫びが、南の島にこだました。
◆こうして――
無人島サバイバル一週間。
肉体も精神もボロボロになった兄ィズは、さらに過酷な魔法修業の門を叩くことになる。
――彼らの苦難は、まだまだ終わらない。




