第百三話 母レイナが学園に迎えに来て優雅に収拾
◆母レイナ、来訪
エルダリオンが姿を消したあとも、学園は決して静まらなかった。
いや、むしろ――混乱は増すばかりだった。
「おいっ、あの竜……本物だったのか……?」
「……幻影かと思ったが、椅子を食いちぎっていったぞ」
「机ごと……なくなってる……」
教師たちは後片付けに走り回り、生徒たちは呆然としたまま立ち尽くす。
誕生日どころの騒ぎではない。
そしてその中心で、アリアは魔力の暴走を収めきったものの、立っているのがやっとだった。
白い頬はまだ血の気がなく、ソファに沈み込むように腰を下ろす。
「アリアっ、大丈夫かっ!」
「無理するな、座ってろ!」
すかさず兄ィズが駆け寄り、左右からアリアを囲む。
だが二人の声はなぜか大きすぎて、さらに場をかき乱した。
「――見たか!? 今の、アリアの魔力を!」
「おいっ! あれはすごかったぞ! 炎の柱だ、祝福の光だ!」
「おいおい、見世物じゃねぇ! アリアは繊細なんだぞ! もっと敬え!」
「いや、敬うなら俺をだ! 兄として育ててきた苦労をだな!」
……騒ぐ兄ィズ。
ざわつく生徒。
呆れる教師。
――学園は混沌のるつぼと化していた。
そのときだった。
ぱああああああん――。
大広間の扉が開き、陽光のような気配が流れ込む。
すべての声が止まり、視線が一斉に扉の方を向いた。
そこに立っていたのは、薄桃色のドレスを纏った女性。
長いブロンドの髪がさらりと揺れ、気品に満ちた笑みを浮かべている。
「――まあ。随分と賑やかにしているのね」
母、レイナ・レイフォード伯爵夫人の登場であった。
◆時が止まる
レイナが歩み入ると同時に、騒いでいた兄ィズすら硬直した。
レオンもノアも、反射的に背筋を伸ばす。
「は、母上っ!? な、なぜこちらに……!」
「ま、待ってください母上、これは決してその――」
普段の豪胆さはどこへやら、二人は子犬のように慌てふためく。
その姿に、生徒も教師も目を丸くした。
「……あの兄様たちが……」
「母親の前だと……小さくなるんだ……」
レイナは微笑を浮かべながら、大広間を見渡す。
破壊された机、散乱する紙吹雪、崩れたケーキ。
そして、ソファに沈み込むアリア。
「……ふふ。やっぱりね」
まるで全てを見通していたかのように呟くと、ゆるやかに歩み寄る。
◆優雅な収拾
アリアの前に立つと、レイナは何も言わず娘の肩を抱き寄せた。
柔らかな香りと温もりが、ふらつくアリアを包み込む。
「……お母さま……」
「ええ、アリア。もう大丈夫。あなたはよく頑張ったわ」
その一言で、アリアの強張っていた心がほぐれていく。
周囲のざわめきも、自然と静まっていった。
教師たちですら思わず頭を下げる。
まるで嵐の後に虹が架かったように、場の空気が和らいでいった。
◆母の威光
「レオン、ノア」
レイナの声に、兄ィズは背筋を伸ばした。
「は、はいっ!」
「……な、なんでしょうか……!」
「あなたたち。妹を慕うのは結構ですけれど――」
す、と目が細められる。
「騒ぎを広げてどうするつもりかしら?」
その瞬間、兄ィズは蒼白になった。
「い、いや、これはっ、母上っ、違うんです! 我々はアリアを守ろうと――」
「そうだ! 俺たちは決して遊んでいたわけでは……!」
「いいえ。あなたたちの声の大きさで、混乱が二倍になっていたわ」
……ぐうの音も出ない正論。
生徒たちも姿勢を正し、レオンとノアは直立不動の姿勢である。
◆幕引き
レイナは最後に生徒たちへと向き直り、優雅に一礼した。
「本日は、娘がご迷惑をおかけしました。……ですが、これも成長の証。どうか温かく見守ってくださいますように」
その姿は、まさに伯爵夫人の威厳と品格の体現だった。
誰もが言葉を失い、ただ深々と頭を下げる。
こうして――学園の混乱は、母レイナの登場によって一瞬で収束を迎えたのであった。
アリアはその様子を見て、思わず小さく笑ってしまう。
「お母さまが来ると……すべて解決してしまいますわね」
「当然でしょう? 娘の晴れ舞台なのですもの」
レイナはそっとアリアの手を取り、優雅に支える。
そのまま大広間を抜けると、馬車がすでに待っていた。
夜風が頬を撫でる。
学園の灯が遠ざかるにつれ、アリアの緊張も少しずつ解けていった。
「……本当に、もう……誕生日なんてこりごりです……」
アリアが小さく呟くと、兄ィズが即座に抗議する。
「なにを言う! アリアの誕生日は毎年盛大に祝うものだ!」
「そうだ! 次はもっと派手に! 今年以上の準備を……!」
「やめてくださいってばぁぁ!!」
兄弟の声と母の笑い声が重なり、馬車は夜の石畳を軽やかに進んでいった。
アリアは母の腕の中でそっと目を閉じる。
……誕生日の終わりにふさわしい、安堵の眠りを。




