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第九十九話 誕生日戦争・準備編

◆戦時体制に突入


 アリアの八歳の誕生日が近づくと、レイフォード家は不思議な熱気に包まれた。

 屋敷全体が落ち着きを失い、廊下を行き交う使用人たちの足取りもどこか慌ただしい。窓の外では庭師が汗を拭いながら花壇を整え、厨房では大鍋がぐらぐらと煮え立ち、上の階では兄たちの声が響き渡っていた。


 ――それは、もはやお祝いの準備というよりも、“戦支度”に近いものだった。


 長兄ノアは執務室の机に大きな羊皮紙を広げ、真剣な表情で羽ペンを走らせている。


「誕生日当日、来客は相当数にのぼる。アリアに一歩でも近づく怪しい者は、私が許さぬ!」


 机の上には緻密な線が引かれた図面。そこには庭、廊下、客間まで克明に描かれ、兵の配置まで書き込まれていた。


「兄様……その図面、まさか軍の陣形図を流用しているのでは?」


 廊下から覗き込んだレオンが呆れ顔で問うと、ノアはごく当然のように頷いた。


「ふむ。参考程度にな。誕生日だからといって油断はできん。護衛の布陣に甘さがあっては、アリアを危険に晒すことになる」


 そう言いながら、さらに線を引き加え、赤い印をいくつも打ち込む。


 その真剣な姿は、もはや軍議に等しかった。



◆贈り物大作戦


 次兄レオンは、兄とは別方向の情熱を燃やしていた。


「今年こそ俺がアリアに一番気に入られる贈り物を用意する! 去年は兄上に出し抜かれたが、今度は違う!」


 彼は大広間の一角を「秘密の作戦室」と称し、何冊もの帳簿や設計図を広げていた。


「去年の“黄金装飾付きの馬車一台”は、いくらなんでもやりすぎでしたわよ、兄様」


 アリアが窓辺からひょっこり顔を覗かせると、レオンは得意げに笑みを浮かべる。


「いやいや、あれはまだ序の口だ。今年は控えめに――庭園付き別邸くらいにしてやろう!」


「……その控えめの基準がすでにおかしいのですけど!」


 アリアの突っ込みも虚しく、レオンは夢と野望の帳簿にさらに数字を書き込む。書き込まれるたびに、屋敷の会計担当が青ざめていくのは言うまでもない。



◆父の壮大な計画


 さらに事態をややこしくしているのは、父アレクシスである。


「私は料理長と組んで、“世界一豪華なバースデーケーキ”を作る! この日のために、王都から最高級の砂糖と果物を取り寄せたのだ!」


 宣言通り、厨房は戦場と化した。大きな木箱が次々と運び込まれ、白い粉が宙に舞う。果物の甘い香りが漂い、使用人たちは粉まみれになりながら右往左往している。


「閣下! 卵の在庫が足りません!」

「何!? では急ぎ、近隣の農場すべてから買い占めてこい!」


 父の一声で、馬車が飛び出していく。


 ――結果。


 厨房は大混乱、庭は資材置き場と化し、客間は兄たちの「秘密倉庫」と化してしまった。



◆母レイナの対抗策


 しかし、その暴走を許さぬ人物が一人。


 母レイナである。


「まぁまぁ……そんなに頑張らなくても、アリアは十分幸せですのに」


 優美な微笑みを浮かべながら、彼女は兄たちの計画書をさりげなく没収し、贈り物の予算を半分に削減した。


「母上! これでは私の計画が……!」

「母上! 俺の別邸計画が……!」


 悲鳴を上げる兄たちを前に、レイナは扇子をぱちんと閉じて一言。


「アリアのためですから」


 その言葉は、何よりも強い。父も兄も沈黙せざるを得ない。


 さらにケーキ計画についても――。


「ケーキの高さが“天井まで”など論外ですわ。腰の高さまでで十分」


「む、むぅ……!」


 父アレクシスも、ぐうの音も出ない。


 こうしてレイナは、圧倒的な権限と巧みな采配で、屋敷の混乱を辛うじて制御していった。



◆アリアの心境


(……どうしてこうなるのかしら)


 アリアは自室の窓辺に腰を下ろし、庭を見下ろした。


 庭には、兄たちが運び込んだ材木や石材が山積みになっている。屋敷の裏口では、使用人が汗を流しながら果物の樽を抱え、厨房からは父の大声が響いてくる。


 一方で母は、廊下で扇子を片手に的確な指示を飛ばし、兄たちの暴走をことごとく軌道修正している。


 ――その姿は、まるで戦場で采配を振るう将軍のよう。


「……レイフォード家は、誕生日すら戦場になるのね」


 アリアは小さく苦笑し、窓に額を寄せて深くため息をついた。


 本来なら、静かにお祝いして、笑顔でケーキを囲むだけでいいはずなのに。



◆嵐の前触れ


 その夜。


 執務室に父と兄たちが集まった。机の上にはろうそくが灯り、紙束が山のように積まれている。


「このままでは母上に全て握られる!」

「我らの威信が失われるぞ!」

「策を練らねば……!」


 三人の囁きは切実だった。だが次の瞬間。


 コツ、コツと、廊下から近づく足音。


 ギィィ……と扉が開く音が響いた。


 静まり返る室内に姿を現したのは――母レイナ。


「……夜更かしはお肌に悪いですわよ?」


 にっこりと微笑み、扇子をゆるりと広げる。


 三人は一瞬で凍りついた。


 ――その場に立つのが、最強の支配者であることを思い知らされたからだ。


 こうして、アリア八歳誕生日戦争は準備段階から修羅場を迎えることとなった。


 嵐は、まだ始まったばかり。

 だがすでに、誰が優位かは明白だった。


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