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名ばかり皇帝

二人の進路の後日談

作者: ウエス 端

 オレはタツロウ・タカツキー。


 で、ここは中世ヨーロッパ風異世界のとある帝国。


 オレはその皇帝の跡取りという、一見すると勝ち組転生を果たしたようにみえる境遇だ。


 しかし実際には皇帝家は落ちぶれる寸前で、いつどうなってもおかしくない状況である。


 そんなオレは現在、帝国内で皇帝家よりも権勢を振るっている7家の『選帝候』のうちの1つ、ブランケンブルク辺境伯領にいる。


 そこの嫡男ヴィルヘルムは、オレが在籍していた神学校の先輩でもあり、彼から誘われて家臣として仕えている。


 もちろんヴィルヘルムは単なる厚意だけでオレを受け入れているのではなく、他の選帝候に対抗する手駒の一つとして利用価値を見出しているから、でもあるのだ。


 そして家臣となってから、そろそろ1年が経とうしているある日のこと。


 オレが神学校在籍時に両想いとなった彼女、ソフィアから手紙を受け取ったのだ。


 これまでも定期的に近況を報告しあっているが、彼女も神学校を卒業する時期となったので、今後の進路などについて知らせてくれたのだ。


 なお、オレは昨年の今頃に神学校を中退してヴィルヘルムの元に来ている。


 まあ、余談はともかくとして中身を読んでいこう。


 えーと、なになに。


「私の進路ですが……基本的にモデル業をメインに活動することにしました。舞台女優も続けますが、そちらは当面副業的な活動となります」


 ふーん、そういう道を選んだのか。


 因みにソフィアは神学校では演劇部所属であり、その看板女優の1人である。


 てっきり女優をメインに続けるのだと思っていたのに、どういう心境の変化があったのか。


 まあ、彼女は女子としては長身でスレンダーな体型なので、モデル業も問題なくこなせるとは思うのだが。


 続けて理由が書いてあるな。


「貴方もご存知の通り、最近、私の故郷である帝国最北端のフリシュタイン公国の周辺に不安な兆候が見られます。具体的にはノルマーク王国についてですが」


 ソフィアの正体は、フリシュタイン公国の公爵家ご令嬢であり、現当主でもあるのだ。


 神学校では故あって下級貴族と偽っているのだが……当然、故郷の情勢は気になるに違いない。


 北の強国ノルマーク王国は以前より虎視眈々と帝国への進出を狙っているようだが、その最初の標的になるのがフリシュタイン公国なのだ。


「そのような状況のため、私も公国の当主として戻るための準備を、想定よりも前倒しで進めなければなりません。それが、拘束期間が長くなる舞台女優をメインにできない理由なのです」


 なるほど、そういうことか。


 この件については、実は他にも問題がある。


 帝国内では、選帝候の1つで最大の領地を誇るボトルスキー家のハインリッヒを中心とした不穏な動きが目立つのだ。


 2件が関連して通じ合っているのかは不明なのだが、タイミングが良すぎるし、その疑いは十分にある。


 ブランケンブルク辺境伯領はフリシュタイン公国の隣国であり同盟関係、というか公国の実態は弱小諸侯並の国力なので、事実上は辺境伯領にとって保護領の扱いとなっている。


 だからハインリッヒが辺境伯への牽制としてノルマーク王国を使ってくるのは自然に考えられることなのだ。


 で、ヴィルヘルムが現在考えている対応なのだが……それをソフィアに伝えよう。


 そうすれば少しは安心してくれるかもしれない。


 オレは早速手紙を書いてソフィアの元へと送った。


◇◇◇


 彼から手紙が返ってきました。


 私の愛しい人、タツロウから。

 本人の前では照れくさくて、こんなことは言えませんが……自分の心の中で言う分には問題ありません。


 さて、早速中身を読んでみましょう。


「家臣となって1年経過して、ようやく仕事の段取りというものがキチンと組めるようになった。それで任される仕事も増えてきて、最近は楽しくなって遅刻もしなくなったよ」


 ……なんだか彼らしいお話です、ふふっ。


 そして、一生懸命頑張っているのが伝わってきます……でも健康には気をつけてくださいね。


 貴方は放っておくと無茶ばかりしますから。


 その後は……何でしょうか。

 少し変なことが書いてあります。


「もうすぐ夏本番だというのに、こちらは北からの突風が強くて辟易しています。だけどヴィルヘルムさんが、それが中に吹き込まないように補強工事をしてくれるそうなので、安心してください」


 彼の健康に絡むことなので心配ではありますが、私に対して唐突に『安心してください』というのが引っかかります。


 何が言いたいのか……あっ、そういうことですね。


 どうやら、私の故郷フリシュタイン公国について伝えようとしているのでは、と。


 ヴィルヘルムさんが、ノルマーク王国に対する防御を支援してくださる方針を固めたようです。


 もちろん侵攻を許せば、辺境伯領にとっても王国と直接対峙する危険が生じるという政治的な理由もあるでしょうけど。


 ありがとうございます、ヴィルヘルムさん。


 そして彼は、不器用な文章でそれを遠回しに、そして誰よりも早く伝えてくれました。


 こんなに嬉しく、そして安心したことはありません。


 私は、一人の人間として少しでも早く独り立ちして……まずは彼に一刻でも早く会いに行くことを心の中で誓ったのです。

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