第8話 華麗なる敗北
ついに始まった俺とルイスの決闘。
ここで主人公であるルイスを倒してしまってもいいのだが、俺は負けることを選択した。俺が望んでいるのは平穏な学園生活だ。
ここで勝てば変に目立ってしまうし、それに──きっとルイスはさらに厳しい立場に追いやられてしまうだろう。
俺を踏み台にしてお前は先に進め。いいさ、それが悪役貴族の役目って奴だろう?ルイスの悲しい過去を俺は知っている。そして、これから先の明るい未来も。俺はここでお前の物語から退場する。
お前は輝かしい未来へと進んで行け──と心の中で思いながら、俺は杖を構える。
「さぁ、お前の魔術がどの程度なのか。見せてみろ──!」
まずは初級魔法である火球を放つ。ルイスはそれをあっさりと避けると、彼もまた魔法を発動した。
「聖槍!」
発動するのは聖槍と言う魔法だ。光属性の魔法は担い手がほとんどおらず、彼が特別な魔法使いであるのはこれが主な要因である。
ほとんど使用者のいない光属性魔法を操ることができるのは、魔法使いにとってもはや名誉なことだった。王族ですら適性のある者はほとんどいない、神聖な魔法だ。
「……ちっ」
チラッと視線を向けると、そこで忌々しそうに舌打ちをしているケインの姿が見えた。他の貴族たちもあまり面白くなさそうな面持ちをしている。
それだけルイスの魔法は嫉妬の対象になっているんだ。
さて、目の前に迫ってきている聖槍だが、俺は真正面から受けることにした。あらゆる不浄を無効化する神聖なる魔法をどうするか。
速度、魔力密度、角度、構成魔法式、あらゆる情報を分析して──どうやって派手に吹き飛ぶことができるのかを計算する。が、この威力では普通にくらってもあまり派手にはならない。
俺は杖を軽く振るって魔法を発動。ただし、周囲の人間──教師ですらこの魔法は理解できないだろう。
「……仮想魔法領域、展開」
ルイスの聖槍に仮想魔法領域を構築、そこから俺は彼の組み上げた魔法を逆算。全てを理解した上で、一瞬で彼の魔法を改造。属性値の上昇と速度を上げた。
これはこの世界のバグを利用した魔法であり、俺は魔法式改竄と呼んでいる。本来存在しない領域を魔法に生み出し、そこから魔法に介入する荒技。普通は発動後の魔法に介入なんてことはできないからな。
そして威力の上がった聖槍をまともに受け、さらに自身に重力魔法を付与。俺は後方へと派手に吹っ飛んでいく。まるでピンボールのように地面を跳ねて、壁にめり込む。
「……がはっ!!」
実際は魔力防御でそれほどダメージはないが、実際には深刻なダメージを負っているように見えるだろう。
俺はここで敢えて頭部を軽く切れる演出を見せる。どくどくと派手に頭から血が流れ、ルイスの魔法の威力をさらに派手に見せる。
「え?」
「は?」
「何、あの威力……」
もはや周囲はドン引きだった。そうだ。ルイスは史上最強の魔法使いなんだ。だからお前たちは、考えを改めろ。彼は
報われて欲しいと──俺はそう思っていた。
だって俺はこのゲームを無限にやり込み、誰よりも主人公のルイスに共感していたのだから。彼の不遇な人生を知っている。彼の苦しい軌跡を知っている。
その全てが報われる瞬間は訪れるべきだろう。
一方の俺は悪役貴族。その役目はここで終わりだ。ただし原作通り、ここで負けたからといって復讐をすることはない。
あとはひっそりと学園での生活を送るだけだ。そうだな。メイドのアイシアと一緒にどこか旅行に行くのもいいかもしれない。この十年間、本当に死ぬ気で努力したからな。
「え……?」
俺が立ち上がるとルイスは驚愕していた。まぁ、本人もここまでの威力になるとは思っていなかったんだろう。しかし、俺の魔法を理解できわけもなく、呆然としている様子だった。
「おい。まだやれるのか?」
教師が一応確認してくる。敗北はすでに必至と思っているのだろうが、念のために聞いているようだな。
確かにその通りだが、ここで終わりではない。
「やれます」
「そうか。本当に危険だと判断した時は、介入するからな」
「分かりました」
俺はそう言って再び杖を持ってルイスへ相対する。
「俺はまだこんなもんじゃ終わらねぇぞ? もっと見せてみろよ! お前の才能ってやつをよぉ! この平民がああああああああああ!」
うん。いい感じじゃないか。これこそ、主人公に倒される相応しい悪役ってやつじゃないか?
そこから先はもはや蹂躙とも言うべき戦いだった。ルイスの才能はやはり、俺など優に超えている。きっとこのまま順当に努力していけば、素晴らしい魔法使いになれるだろう。
俺は彼の魔法に介入し、威力を底上げしてその魔法を食らいまくった。
「ぐ……ここまでか……」
俺は大の字になって空を見上げる。体はボロボロで制服は至る所が破れてしまっているし、出血もしている。ルイスの攻撃を何度もくらうたびに派手に吹っ飛んだからな。
床にと壁には俺がめり込んだ跡が残り、もはや凄惨な戦場のようだった。いや、ここまで来ればもはやギャグっぽいか? 少しやり過ぎてしまったかもしれないな。
けれど、これできっと彼に対する認識も変わることだろう。
「勝者ルイス。流石は百年に一人の天才だな」
「あ……えっと……」
ルイスは戸惑いながらも、俺に駆け寄ってくる。全くどこまでいいやつなんだか。
「あの。大丈夫ですか!?」
「く……お前、強かったぜ……」
まるでもう死んでしまいそうな雰囲気を醸し出す。演出であったとしても、俺は純粋に彼の実力を認めていた。
「保健室へ行きましょう! 立てますか?」
「あ、あぁ……」
俺はルイスに肩を回して、そのまま彼に体重を預けてなんとか歩みを進める。
このイベントはここで終了。無事に主人公は最初のかませ犬を倒して、順調に学園で地位を上げてく。そうなっていくはずだ。
俺といえば──まぁ、どうなるんだろうな。復讐もしないし、特に変わりはないか。
やることはこれからも普通に平穏な学園生活を送ることだけ。特に問題はないだろう。
しかしこの出来事を機に、俺の平穏な学園生活は──終わりを迎えるのだった。
†
《三人称視点》
「何……今のは……」
ルイスとウィルの決闘を見守っていたヒロインのサリナは、決闘が終わった後も放心していた。その理由は、ルイスの魔法の異質さに気がついていたからだ。
他の生徒だけではなく、教師もルイスの魔法がすごいのだと思っていた。しかし、サリナは魔法に対する知覚能力が非常に高い。
どのような魔法なのかは分からないが、ウィルが何かしらの魔法を使用していることは分かっていた。派手に吹き飛び、血まみれになりながらも戦うウィル。
一見すれば傲慢な人間が蹂躙されているだけだが、サリナはどうしてもそうは思えなかった。
「彼は一体、何者なの……?」
サリナの違和感はこれからも残り続ける。彼女はルイスよりも、ウィルという魔法使いの異質さに引かれつつあった。
学院では怠惰な学生と過ごしているが、それは本当に彼の実態なのか。一体、ウィル=レイヴンという学生は何者なのか。
その好奇心はいずれウィルを追い詰めることになる。
そして、サリナは先ほどの戦いを反芻しながら教室へと戻っていくのだった。
因果は歪み、そして世界はこの瞬間から──新しいものへと再構築されていく。