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第5話 羞恥


「あ、私はサリナ=ウェルズリーと申します」

「アーサーだ」

「剣聖アーサー様ですよね。ご活躍は存じております」

「……」


 う、うーん。いやその、なんというか。


 サリナの目はキラキラと輝いていた。まるで憧れの人物と出会うことができた時のように。いや、実際にそうなのだろう。


 彼女が冒険者として実績を積んでいることは知っていた。学生ながらにすでにAランクに到達している天才だ。


 正直、もはやアステリア魔法学院に通う必要もないだろうが、貴族的には出身学校は重要だからな。その兼ね合いなどもあって学生をしているのだろう。


 しかし、昨日は彼女に罵倒されていたのに、急に尊敬の目線を向けられると困惑するな。といってもまさかサリナも同一人物だとは思っていないだろうが。


「あの。ヒュドラを単独で討伐したって、本当ですか……っ!?」

「あぁ」

「すごい……! やっぱり、剣聖様はすごいんですね……!」


 俺は極めて低い声でそう言ったが、サリナの声色は対照的に上がっていく。


 ヒュドラは最近倒したばかりの魔物で、Sランクの魔物である。しかし、この功績まで広まっているのか。剣聖の影響力、恐るべしだな……とどこか他人事のように思った。


 サリナは依然としてテンションが高いまま、俺に問いかけてくる。


「はっ! もしかして、今日ダンジョンに潜るのは、最近暴走しているキマイラを討伐するためですか?」

「そうだな」

「凄い……! 流石は剣聖アーサー様!」

「……」


 眩しい視線がもはや痛いほどである。キラキラと輝くその目は、尊敬の二文字しか映っていないようですらある。


 う。昨日とのギャップでおかしくなってしまいそうだ……。


「では、私たちは先を急ぐので。失礼する」

「はい! 頑張ってください!」


 そう言って見送られる途中、ボソッと「か、カッコ良かった……」とサリナが呟いたのが聞こえてきた。


「いてっ! アイシア。何するんだ」


 背後から思い切り膝に蹴りを入れられた。それに結構マジなやつ。防具の上からでも痛みがあるほどだった。


「あまり鼻の下を伸ばさないように」

「伸ばしてない」

「いいえ。伸ばしてました。確かに彼女は美少女ですが、まだ幼いです。きっとウィル様にはもっとこう……世話を焼きで年上の女性がいいかと」

「うーん。どうなんだろうなぁ」


 正直、女性の好みが明確にあるわけではない。強いて言えば、好きになった人がタイプとでも言えばいいのか。


「絶対にそうです! では、向かいましょうか」

「あぁ」


 アイシアは語気を強めていたが、俺はどうして彼女がそこまで熱心になっているのか分からないままだった。


 早速ダンジョンに潜ると、まだ上層だというのに壁にはキマイラが暴れた形跡が残っていた。周りには凝固した血液もあり、おそらくは冒険者がここで襲われたのだろう。

 

「キマイラの状態は?」

「極めて危険かと。見境なく移動を続け、見える生物を全て襲い掛かっているようです」

「暴走状態か。何か原因があるのか」

「不明です。繁殖時に気性が荒くなるのは確認されていますので、その延長かもしれませんね」

「なるほど……っと、来たな」


 爆音と鳴らしながら俺たちの目の前にやってきたのは、キマイラだった。後ろ半分は大きな山羊、前半分は獅子であり、背には竜の皮膜の翼。頭部は三つあり、俺のことを睨みつけてくる。


「サポート、必要ですか」

「いいや。問題はない」


 俺は聖剣イクスカリヴァを抜く。剣聖に任命された時に頂戴した、聖なる剣だ。光り輝くその剣は光属性を纏っており、あらゆる異能を打ち消す能力が宿っている。


 ま、正直言ってチート過ぎる武器だ。これがあればどんな敵にだって負ける気はしない。


「グィイイイイイイイアアアアアアアア!」

 

 地面を抉りながら、キマイラはドタドタと俺の方へと向かってくる。俺はただ立ち止まってそれを迎え撃つだけ。


 まるでここだけ時間が止まったかのような静謐なる空間。俺は軽く息を吐いてから、剣術スキルの中でも一番シンプルなスラッシュを放つ。


 一閃。


 黄金の軌跡が生まれたと同時に、キマイラの三つの首は完全に斬り落とされ、体もバラバラになっていく。


 俺は軽く血を払ってから、聖剣を収める。


「流石です。アーサー様」

「あぁ」

「冒険者ギルドに報告しましょう。無事に討伐が終わったと」

「そうだな」


 無事に剣聖としての仕事を終え、休日もあっという間に終了。俺はいつものようにあくびをしながら、学院へと向かう。


「ふわぁ……ねむ」

「全く、朝からだらしないわね」

「げ……」

「何よ。その反応」


 登校中、学院の前でバッタリとサリアと出会ってしまう。彼女は俺に厳しい視線を向けてくる。剣聖に対する態度とは、真逆のものである。


「休日は何をしていたの?」


 なぜ彼女はそのまま俺に話しかけてくる。


「ダラダラしていた」

「はぁ……全く。あなたも剣聖様のように、もっと向上心というものを──」

「……」


 俺はあまりの気まずさに顔を逸らす。しかし、彼女の剣聖への賛辞は止まらない。


「知ってる? 剣聖様は昨日、キマイラを単独で討伐したそうよ」

「へ、へぇ……」

「実は私、お話ししたんだけど本当に素晴らしく気高い方だったわ」

「……」

 

 あ。これは多分、自分の気持ちを誰かに共有したというものだ。たとえ俺であったとしても、サリナは話さずにはいられなかったのだろう。


「あなたも少しは剣聖様を見習って──」


 その後も俺はいかに剣聖アーサーが素晴らしい人物ということを語られた。なんでも推しというやつらしく、密かにその動向を追いかけているとか。


 なんでそんなことを俺に話すんだよ! めちゃくちゃ気まずいじゃねぇか!


「はぁ。またお会いできないかしら……」


 その目はあの時のようにキラキラと輝いていた。


「……」


 目の前にいますよー、なんてことは口が裂けても言えず、俺はそのままそそくさと教室へと駆けていくのだった。


 うん。次はサリナに会わないように細心の注意を払うことにしよう、と俺は誓うのだったが、彼女に正体がバレるまであまり時間は残されていなかった──。


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