第36話 違和感
「初めまして。ルシウスだ」
俺も自己紹介をして、彼に握手を求める。レルはニコリと笑みを浮かべて、その握手に応じてくれる。厚くもなく、薄くもない普通の手だった。
今のところ、特筆した部分は特にはない。立派で模範的な貴族という感じであり、普通に見れば好印象しかない。誰にでも好かれる青年という感じだな。
「まさかルシウス殿がサリナさんと婚約しているなんて、驚きましたよ」
「えっと……その」
「サリナさんとの出会いはどのようなものだったのでしょうか」
俺はそれから、あらかじめ用意しておいた話をすることに。ダンジョン探索で窮地に陥ったサリナと出会い、そこから仲を深めていったことを。
本来ならば自由恋愛などサリナの立場では許されることではないが、俺は賢者。ウェルズリー家とアルフォード家で婚約の話がちょうどされそうな時、サリナが俺との関係を告げて今に至る──という流れだ。
うーん。まだ正式に二人は婚約関係になったわけではないが、完全に寝とってしまった形だよな……レルはとても愛想の良い笑顔を浮かべているが、内心はどう思っているのだろう。
「あぁ。別にそんなに気まずいお顔をしなくても大丈夫ですよ」
俺の内心を悟ったのか、レルはそう言ってきた。
「サリナさんとの婚約は私としても困るものではありませんでしたが、同時に積極的に進めるつもりもありませんでしたので」
「そうなのか?」
レルもまたサリナと同様に親によって縛られた関係性に嫌気が差しているということなのか?
「はい。それに、サリナさんは私には勿体無さすぎますよ。あはは」
こうして笑っているのも、彼の社交性がなせる技だな。貴族の中の貴族であり、その振る舞いも非常に上品なものである。俺の元へ来る際、取り巻きの女性たちが数多くいたが、それも納得できる。
モテる男とはこういう奴なのだろうな。俺は彼に対してそんな印象を抱いた。
「では、私はこれで。またお会いできる時を楽しみにしていますよ」
「あぁ」
違和感は全くと言っていいほどなかった。表情、視線、口調、声音。その全てが普通のものであり、何も変な部分はなかった。俺は小声でサリナに尋ねる。
「……特におかしな部分はなかったが」
「えぇ。彼はいつもあんな感じよ……でも、やっぱり、どこか違和感を覚えるのよねぇ」
「どこにだ?」
俺はサリナの直感を信じている。俺が感じることのできなかった何かを、彼女は察しているのかもしれない。
「全てが完璧過ぎて、まるで人形のように感じるの。話している言葉も全てが用意されたかのような」
「……なるほどな。まぁ、一応彼のことは留意しておこう」
「ありがとう。ごめんなさい、私のわがままで」
「ま、そこは協力関係なんだ。気にすることはない」
そしてレル=アルフォードとの邂逅はこれで終わった。俺としては肩透かしな感じになったが、サリナの顔はずっと暗いままだった──。
自宅に戻り、俺はアイシアとフレッドと今後について話をすることにした。すでに0時過ぎを回っており、深夜に突入する頃合いだ。俺としては今日はパーティーもあったので、早く寝たいところだ……。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。ウィル様」
「あぁ」
恭しく俺の前で一礼をする二人。うん、こう見ると俺が組織のボスって感じがしてくるな。といっても、俺は自分がボスの器にふさわしいとは思っていないが……。だて前世でもここでもワンオペだからなぁ。指示出すのって難しいんだよな。
「パーティーはいかがでしたか?」
アイシアが訊いてくるので、俺は率直に感想を述べる。
「別に普通だったな。レル=アルフォードにおかしな部分はなかった。が、サリナはやはり何かを感じ取っているらしい」
「……なるほど。念の為、彼を調べてみましたが、特に怪しい部分はありません」
「そうか」
うーむ。やはり、ドラッグの件とは関係なさそうか。サリナが気にし過ぎている可能性はゼロではない。杞憂であるのならば、それでもいいが。
「いえ。私は更なる調査をすることを進言いたします」
そこで会話に入ってきたのはフレッドだった。
「フレッド何かあるのか?」
「はい。レル=アルフォードは私も怪しいと思っておりました」
「その理由は?」
フレッドは幼少期の俺を見てその実力を見抜いた。彼の観察眼は決して無視することはできない。
「清廉潔白なのは間違いないでしょう。どこにも粗はなく、誰もが憧れる存在。ただし彼は、誰とも深い関係になっていない。全てが表層的なのです。人の多くは、気を許す存在がいます。ただ彼の場合は、誰に対して変わることはない。昔から見てきましたが、やはり彼は異質です。それと……最近、事業を始めたそうです」
「事業?」
「はい。なんでも飲食店を経営し始めているとか」
俺はフレッドの使った資料に目を通す。うお……すごい書き込みの量だな……よく見ると、それはケインの家が心配した事業を引き継いでのものだった。
いや、待てよ。もしかしてこれは──ケインとレルには繋がりがあるってことなのか? 普通は気が付かない関連性。流石にレルも俺が複数の立場を兼任していることは知らない。学生としてケインと決闘をしたことなど、彼は知る由もない。
もしかして、これは……。
「念の為、レルの事業を詳しく調べてくれ。それとこの前に事業をしていた家との関係性も」
「仰せのままに。ウィル様」
人生とは得てして分からないものである。点と点が繋がるのは、いつだって想像もしないところからだったりする。
こうして俺たちは、予期しないところから核心へと迫っていくのだった。




