第30話 手がかり
ライラからの情報を得た俺は、早速深夜の王国を探ってみることにした。
おそらく、相手は結界を張ってそこで内密に取引をしている可能性が高い。魔法師団ですら捜査して分からないのならば、魔法的な介入がある、または別の要因があるのかもしれない。
「ウィル様。準備はよろしいでしょうか?」
「あぁ」
アイシアと共に夜の街に繰り出す準備をする。現在の時刻はすでに0時を回ったあたり。明日から学院が始まるので、俺は徹夜で学院に向かうことになる……。
まぁ、学院では最悪寝ることにしよう。どうせ怠惰な生徒だと思われているから、それはそれで都合がよかった。
屋敷を出ていくと、三日月が俺たちの姿を照らしつける。夜の帳は完全に降り、世界はまるで暗黒に支配されているようだった。
雲一つない夜空は、どこか不気味さをも感じる。
「さて、どこに向かいましょうか」
「路地裏じゃないか。深夜とはいえ、あまり大通りで取引しているとは考えにくい」
「そうですね」
俺たち二人は路地裏を目指すことにしたが、なにぶん数が多い。ここは手当たり次第、当たっていくしかない。が、俺はそれでもとある確信を持っていた。
「アイシア。認識阻害を使うぞ」
「仰せのままに。ウィル様」
俺とアイシアは認識阻害の魔法を発動。そして、完全に闇夜へと溶け込む。深夜の街に流石に人はおらず、閑散としている。世界でも有数の大都市ではあるが、夜になると一気に人が減る。
ただし、飲み屋街などには人はまだまばらにいるが。
「ウィル様。確信を持って歩いていますが、何か手がかりが?」
「聞き込みをする」
「聞き込み……? どなたにですか」
俺はある種の確信があった。この時間帯の路地裏で誰に聞き込みをするのか、それはホームレスの人間だ。
王国にもまばらにホームレスは存在しており、事業に失敗して借金まみれになった人間がそうなることは稀に耳に入ってくる。
魔法師団は貴族の人間でほとんどが構成されている。ホームレスの人間などには見向きもするわけがない。ここは、俺の前世の感覚のおかげだな。
そして、路地裏へと入ると、そこには一人のホームレスが床で寝ていた。もうすでに夏も近づき、夜でさえも汗ばむ季節だ。
「なぁ、あんた。聞きたいことがあるんだが」
「……ん? なんだお前は」
髭をしっかりと蓄えた男性。体は痩せ細っており、眼窩も微かに窪んでいる。栄養状はそれほど良さそうではない。
「ここ最近で何か街に変化はなかったか?」
「……それをあんたに教える意味はあるのか?」
「報酬は先払いにしておこう」
俺はあろうことか、金貨一枚をそのホームレスへと手渡した。彼は大きく目を見開き、何度も手元の金貨と俺の顔を確認する。その反応は至極当然のものだった。
「い、いいのか? こんな大金……!?」
「あぁ。で、情報はあるのか?」
「変化か……そういえば、妙に変な奴が徘徊しているなと思ったが」
「変なやつ?」
「あぁ。ローブを被った魔法使いだ。ただし、気配はしっかりと消してあるが」
「なんで知覚できたんだ?」
気配を消している魔法使いを認知するのは、相当難しいことだ。ただ思い返してみれば、この男は俺たちの存在にも前もって気がついていたような。
「はは。これでも、元は貴族だったんだぜ? 魔法学院での成績も悪くはなかった。が、俺は傲慢だった。卒業後に事業を始めて波に乗ったが、失敗した。持ち家を全て売っても、借金は返せない。それでホームレス行きさ。でも、この生活も慣れてきてな。住めば都っていいうだろ?」
「……そうか」
特別、この男を救済しようなんて思考は俺にはない。人には人の人生があり、それに無理に介入する気はない。同情はするが、ここは金を提供したんだ。しっかりと利用させてもらうつもりだ。
「あぁ。それでその謎の人物についてだな。おそらくは、地下に向かっていると思うぞ。気配は下の方向に向けて消えていったからな」
「地下か……それは非常に有益な情報だ。助かった」
地下の存在は俺も予想はしていたが、確信はなかった。ここで彼からその情報を入手できたのは、大きいな。ただし、あまりにも上手くいっていることに、少しだけ違和感を覚えるが。
「これは追加の礼だ」
俺はもう一枚金貨を渡した。金貨二枚もあれば、しばらくはちゃんとした宿に泊まることができる。運用も上手くすれば、さらなる大金を生み出せるだろう。
「いいのか……? こんなに貰って」
「あんたの情報はそれだけ価値がある」
「嘘をついているかもしれないぜ?」
ふむ。どうやら、俺のことを試してきているみたいだな。その可能性はゼロではないが、俺の自分の意見を述べる。
「可能性としてゼロではないだろう。適当なことを言って、金を奪う。だが、お前も分かっているだろう? 俺はただの魔法使いではない。リスクとリターンを考えると、正直に話しておいた方がいい。と、賢い人間ならば考える。お前と話した感じ、しっかりとした知性を感じた。だから俺は貰った情報を信じることにした」
「参った。お手上げさ」
わざとらしく彼は両手を上げた。そして、真っ直ぐ俺のことを見つめてきた。それはまだ、人生を諦めた人間の目ではなかった。
「あんたはおそらく貴族だろう? なんでこんなことを? あぁ。これは興味本位の質問だが、答えてくれるか?」
「自分が生きるためだ」
「そうか。いいね。若そうだが、ちゃんと芯を持った人間だ。俺は貴族社会の腐敗さを知っている。あそこは鬼たちの巣窟だ。でもあんたはそれ以上の深淵を纏っているように思える」
どうやら、ただのホームレスではないようだ。今の目はまさに百戦錬磨の魔法使いのようだった。伊達に元貴族ではないということか。
事業の立ち上げや経営は運要素も絡んでくる。ただ、ここまで堕ちたのは流石に彼の手腕の悪さもあるだろうが。それでも俺は彼に対して、悪い印象を抱くことはなかった。
「そう解釈するのなら、そうかもしれないな」
「ははは。口が立つね」
「では、俺は失礼する」
「じゃあな。いつかあんたにちゃんとした礼ができるように頑張ってみるさ。この出会いを運命だと思ってな」
俺はそのまま彼の元から離れていく。聞き込みの案がまさかここまで上手くいくとはな。ただ、これはこれで別の可能性も考慮しないといけないが……。
「アイシア。良い情報が手に入ったな」
「……ウィル様はやはり、お優しいのですね」
「は? 今のは優しさではなく、ただの等価の取引だ」
「いいえ」
アイシアは首を横に振って俺の言葉を否定してくる。珍しいな、アイシアがそんなことを言うなんて。
「本当に邪悪な人間ならば、彼を暴力で支配したでしょう。それに、あなたは自白魔法も使えますし」
「俺は人との関係は大切だと思っているんだ。情けは人の為ならず。誰かによくしていれば、いつか返ってくるかもしれない。あくまで利益を追求した行動だ」
これは至って合理的な思考だ。ライラの件も俺が趣味で発表した論文のおかげで、情報を得ることができた。暴力的な行動には、復讐などが伴う可能性が高い。それよりは、ある程度は人間関係を良好にしておいた方が良いと俺は思っているからだ。
「ふふ。そう言うことにしておきましょうか」
う、うーん……なんだか、やりきれないと言うかなんというか。只今言った言葉は嘘ではない。前世の社畜時代に、人間関係の重要さは嫌という程身に染みたからな。
他者を蔑ろにしたり、陰口を言うと大体悪いことが起きていたからな……これもまた、社畜時代の教訓のようなものである。
「アイシア。地下へと向かうぞ」
「はい。どこまでもお供いたします」
そして俺たちは、この王国の闇へと迫っていく──。




