第28話 本質
俺はライラの後へついていく。その小さな足取りは、本当に子どものようにしか見えない。機嫌がいいのか、スキップまでしてるしな。
でも、ちゃんと成人しているし、魔法師団の団長なんだよなぁ。
「私が美味しい紅茶淹れてあげるから、楽しみにしててよ」
「あぁ。てか、そこは部下にやらせろよ」
「えぇ……だって、みんなの淹れる紅茶、あんまり美味しくないしー」
あからさまに顔をしかめるライラ。一応は貴族の令嬢なのだが、彼女は例外的な存在だな。本当に。
と、二人で雑談をしながら建物の中へと入っていく。室内は荘厳な雰囲気が漂っており、至る所に派手な装飾がある。それに飾ってある絵画などもかなり高い物なのだろう。
床に真っ赤なカーペットが敷いてあるしな。全く別世界のような感じだ。
「お疲れ様です。団長」
「ういー。お疲れー」
「そちらの方は?」
「賢者ルシウスだよー」
「はっ!? あの賢者!?」
ちょうど団員とすれ違う際、彼は賢者に対してかなり驚いていた。ふ。まぁ、賢者ほどの実力になれば流石に魔法師団でも有名か。決して悪い気分ではない。
「ずっと引きこもりで、ろくに学会にも出てこな上に人見知りで有名なあの賢者……!?」
「うん。そだよー」
「……」
ひどい言われ様である。しかし、賢者になってからちゃんと活動をしているのは、ここ最近の話。普通に見れば、確かにただの引きこもりか。
ぐすん……賢者ってみんなに尊敬されていると思っていたのに。剣聖ほど活発に動いていないので、賢者の人間として評価は高くないらしい。
「じゃ、私たちは話があるから。バイバーイ」
「はい。失礼致します。賢者殿もごゆっくり」
「あぁ」
相変わらず、めっちゃフランクだなライラは。こんなロリっ子が団長なのは、団員的に何も思わないのだろうか。優秀なのは分かるが、どこか気が抜けるというか……。
「ほい。じゃあ、そっちの部屋の椅子にでも座って〜」
「……これはまた、凄いな」
「あぁ。書類が多くてねー」
ライラの部屋に案内されたが、そこは書類で溢れていた。壁は全て本棚になっており、地面にも本が散乱している。机の上にはこれでもかと書類が溢れている。
そして、隣の部屋にある応接室で俺は着席して待機する。そこは比較的綺麗になっていたので、安心する。
しばらくするとライラが紅茶を持って来てくれた。湯気が立っており、非常に熱そうだ。
「はい。どぞー」
「感謝する」
俺は紅茶を早速いただいてみることに。すると、俺はあまりのうまさに言葉を失ってしまう。ま、マジか……これはアイシアが淹れるものよりも美味いかもしれない。
「へへーん。美味しいでしょ」
「あぁ。今すぐにでも専門店を開いたほうがいい」
「今準備ちゅー」
「そうか……」
すでに取り組んでいるらしい。団長の仕事だけでも忙しいだろうに、手広くやるんだな。
「ねぇ、思うんだけどさ」
「なんだ?」
「──私と結婚しなよ」
「ぶほおっ!」
飲んでいる紅茶を盛大に吹いてしまった。口元からポタポタと紅茶が滴ってしまう。
「はい。タオル」
「す、すまない……」
ライラは至って普通な様子であるが、今なんて言った……?
「ルシウス独身でしょ?」
「そ、そうだが」
「貴族じゃないでしょ?」
「……ま、まぁ」
「へぇ。貴族なんだぁ。ま、あなたのことは深く詮索しないよ。理由はあるんだろうし」
「……」
何で俺ってすぐに嘘がバレるの? そんなに分かりやすいのか……? と、自分のことが心配になるが、今はそれよりも結婚の件だ。
「なぜ、俺と結婚したいんだ? それほど親密でもないだろうに」
「会った回数は少ないね。でも、合理的だと思うんだ」
「合理的?」
「私の才能とあなたの才能。掛け合わせれば、優秀な子どもが生まれるじゃない」
「生物学的には可能性はあるが、そんな理由で?」
「貴族って面倒なのよねー。でも、ある程度は選びたいじゃん。私の場合、釣り合う才能の男があなたしかいないのよ」
いやいや、そんな理由で結婚を決めっていいのか? いや、貴族ならいいのか……? 今になって、貴族社会の複雑を再認識する。でも、そうか。より強い才能を求めるのならば、それは避けては通れない話だ。
「でも、才能だけじゃないの」
「それ以外もあるのか?」
「うん。あなたって、ちょっと庶民ぽいじゃん。なんか落ち着くっていうかね」
「う……」
バレている。俺の前世は社畜のサラリーマン。普通の大学を出て、ブラック企業に就職。給料も大したことはなく、まさに庶民オブ庶民。誇れるのはワンオペになれていることぐらい。
この世界では貴族で裕福な家庭ではあるが、その気性は抜けていない。まさか、そんなところまで見抜かれているとは……。
「魔法は天才的だけど、ちょっと抜けてるところが可愛いというか。ほら、私って変でしょ?」
「自覚あるのか」
「うん。周りと合わないなーって思うし。でも、あなたとは波長が合うと思うの。婚約しよ?」
「無理だ……」
「何で?」
「こう言うのは、ほら。もっとお互いを知ってから、と言うか何というか」
「なんか童貞みたいな事言うね」
「……っ!」
ぐ……深く、その言葉はあまりに深く俺に突き刺さった。なぜならば、それは悲しくも事実だからだ。ライラは俺の反応を見て、ニヤァと笑っている。
「ははは! 図星だ!」
「うるさい!」
「ふふ。いいね。別に燃えるような恋がしたわけじゃないし。私はただ、一緒になるなら自分らしくいれる人がいいの。ま、別にすぐに了承してもらえるとは思っていないよ。また会ったら定期的に言うから」
「……マジでやめてくれ」
「ふふふ。それはどうかな〜。婚約してくれたらやめるかも?」
「いや、婚約したら意味ないだろ。しかも、かもって何だよ。仮に婚約しても言い続けるのか」
「婚約したら、毎日婚姻届にサインもらうように催促するから」
「こえーよっ!」
はっ! 気がつけばライラのペースに乗せられていた。全く、油断も隙もあったもんじゃない。正直、この世界でライラが一番油断してはならない相手もかもしれない。
「ははは! いや、面白いわー。やっぱ、私って見る目あるんだよねぇ」
ケラケラと笑っている彼女は、あまりに笑いすぎて微かに涙が出ているほどだ。くそ……俺のことをおもちゃにしやがって……!
「で、話って?」
「単刀直入に言おう」
先ほどまでの意識を切り替えて、俺はライラに真っ直ぐ言葉をぶつける。ここから先は、真剣に話をしなければならない。
「王国内で広まりつつある、ドラッグについて知りたい」
「へぇ……知ってるんだ」
空調が入ったわけでもないのに、室内は凍りついた雰囲気になる。これが魔法師団の団長であるライラの本当の姿。彼女は目をスッと細め、俺に視線を向けてくる。
並の胆力では怖気付いてしまうほどには、ライラの視線は厳しいものだった。
そして俺は、真の姿を見せたライラと対峙する──。




