第19話 魔道具店へ
俺とルイスは二人で街中を進んでいく。遠くもなく、近くもなく。程よい距離感を保ちつつ、俺たちは魔道具店へと向かう。
このアステリア王国は魔法大国ということもあって、もちろん魔道具なども充実している。
わざわざ遠方からやって来る人間も珍しくはない。一応、この国は観光地としても有名だからだ。
「そろそろ夏も本格的に近づいて来ましたね」
「そうだな」
「ウィルさんは夏のご予定は?」
「うーん。まぁ、家の用事とかか? パーティーに出席とかな」
「なるほど。やはり、貴族は色々と大変ですね」
雑談に花を咲かせるが、やはりルイスがいつもと違って俺は違和感を覚える。決してそれは悪いものではないが、どこかやりづらいというか。
チラッとルイスへ視線を向ける。
真っ白で透き通るような肌。それに、学院では予想もできないほどの胸の大きさ。これをどうやって平らな状態にしているのか。物理的なものではなく、流石に魔法の類でも使っているのか?
と、俺は純粋に疑問に思う。
「? どうかしましたか?」
「い、いや。なんでもない」
胸を凝視していたとなれば、流石にまずい。俺はすぐに視線を逸らした。
「思ったが、俺が普段通っているところでいいのか?」
「はい。私、あまり詳しくありませんので」
その姿と声色で一人称が私。どこからどうみても、美少女にしか見えない。まぁ、そのうち慣れていくだろう。慣れるよな……?
そして俺たちは路地裏へと入っていく。
「薄暗いですね」
「俺の行きつけはちょっと古いところだからな」
「街の中央にある大きな所には行かないんですね」
「あれは観光客とかそっち専門だ。本当に良い杖が欲しいなら、あそこはお勧めしない」
「へぇ。そうなんですね」
実際、これは真実である。街の表通りにある魔道具店は観光客や、魔法使いではない一般人が便利に使える魔道具が多い。情弱はあそこで高い杖を買わされたりなど、色々と問題もある。
しばらく進んでいくと、錆びれた扉の前にたどり着いた。看板も特になく、いかにも怪しい雰囲気が漂っている。初見でこの店に辿り着くのは不可能であり、俺もアイシアの紹介で知ったからな。
「入るぞ」
「ごくり……ちょっと怪しい雰囲気ですね」
「ま、店主がそのあたりにこだわっているらしくてな」
店内に入ると、そこは異様な匂いが漂っていた。といっても異臭の類ではなく、独特な香水のものだ。壁にはさまざまな魔道具が展示されてあり、どれもこれも一級品だ。
もちろん、値段はそれ相応のものになるが、俺は聖杖セレスティリアを手に入れる前はこの店の杖を愛用していた。学院で使っている杖は、ここのセールで買ったものである。
「ん? あぁ。ウィルか。いらっしゃい」
「久しぶりだな。ライド」
「だな。で、何用だ? 杖か? それとも爆弾か?」
「いや、俺が今までに爆弾を買ったことはないだろ……」
ライドと呼ばれる店主は恰幅の良い男性である。年齢は四十歳であり、既婚者だ。五歳になった娘が可愛くて仕方がないと、以前言っていた。
一見すれと彼は普通の男性だが、彼はAランク魔法使いであり魔道具製作のプロフェッショナル。こうして小さな店を開き、魔法に長けている人間ほど彼の魔道具を愛用する。
もっとも、先ほどの会話のように爆弾などのおかしな魔道具も作っているのだが。これは趣味らしく、あまり売れてはいないといつもぼやいている。
「ま、気が向いたら買ってくれよ。最近はネズミタイプも作ってるからな」
「いや問題なのは形状じゃなくて、爆弾そのものだろ。まぁいい。今日は杖が欲しいんだ。こいつのな」
後ろの方で緊張した様子を見せているルイス。彼女はその場で丁寧に頭を下げて、挨拶をする。
「ルイスと申します」
「はぁ……ついに、ウィルにもこんな綺麗な恋人ができたのか」
「え……!?」
そんなことをライドが言うので、ルイスがあまりの驚きに声を上げる。俺はそれをすぐに否定する。
「いや、恋人じゃない。同級生だ」
「へぇ。そっか、そっかぁ……」
う、うぜぇ……昔からの知り合いなので、ライドの性格は理解している。いつも恋人はできないかとうるさいし、俺のプライベートを聞きたがるんだよな。
「で、このお嬢さんの杖ね。適正魔法は? 魔力も測定しておきたいな」
ライドは打って変わって真剣な顔つきになる。仕事モードに入ると、彼は非常に優秀になる。今回はルイス専用の杖をオーダーメイドしようと俺は思っていた。
「全属性に適正あり。中でも光属性が抜けて適正値が高い。魔力も魔法使いの中ではトップクラスだ」
「へぇ。なるほど……学院で光属性適性がある生徒ね」
彼はスッと目を細める。ライドは情報通でもある。俺の言葉を聞いて、ルイスが噂になっている人物だとすぐに分かったのだろう。もちろん、性別を偽っていることも察したに違いない。
だが、考えなしに俺はその情報を提示したわけではない。
「おっと。安心しろ、ウィル。顧客の情報は絶対に漏らさない。客商売は信用が大事だからな」
「分かっているならいい」
敢えて言及する必要もなかった。俺がこの店を贔屓にしているのは、これが大きな理由でもある。顧客の情報は絶対に守る。それが彼の信条だからだ。
「よし。じゃあ、お嬢さん。この水晶に手を当ててくれ」
「はい」
ルイスはそう促され、水晶に手を当てると──その水晶は眩いばかりの黄金の輝きを見せた。
「うおっ……! こいつは歴代最強レベルだな」
「だろ? オーダーメイドでいいか?」
「あ、あぁ……こいつは俺の腕の見せ所だぜ。だが、こうなってくると価格はそれなりになるぜ?」
価格の面に関して心配はない。俺は剣聖の収入が大きく、正直持て余しているほどだからな。それにルイスは貧乏なんだ。ここは俺が出すのが当然ってものだ。
てか、このまま主人公のルイスを懐柔していけばいいんじゃないか。俺は打算的な気持ちもあって、そうすることにした。
「俺が出す。問題はない」
「えっ!? わ、私が出しますよ!」
「普通に金貨十枚は超えるが、出せるのか?」
「金貨十枚……?」
ルイスはポカーンとした表情を浮かべる。まぁ、そうなるよな。
「ライド。数日は必要そうになるか?」
「いや、三十分もあれば終わると思うぜ」
「は?」
いやいや。流石におかしいだろう。特注のオーダーメイド製の魔法杖は、一週間かかるものだってある。
ましてやルイスに合わせて調整するのに、たった三十分なんて信じられなかった。
「ちょうど実験的に作っていた杖があってな。それを調整すればいける」
「すごい偶然だな」
「あぁ。誰かさんのために作っておいたんだが、どうやらその役に立ったようだな」
「……」
俺は微かに視線を逸らす。
ライドに俺の正体はバラしていないが、俺がただの魔法使いではないことはなんとなく察しているようだ。
いつか俺専用の杖を作りたいとか言っていたが、俺には聖杖セレスティリアがある。どれほどライドの腕が立つとしても、聖遺物には流石に届かない。
「じゃ、二人でちょっくら待ってくれ。そう言えば、金は今持っているのか?」
「あぁ。問題はない」
「オッケーだ。じゃ、行ってくる」
そう言ってライドは店の奥に行ってしまった。今からすぐに作業に入るのだろうが、こんなペースで進むことになるとはな。
「あの……本当によかったんでしょうか?」
「いいさ」
「でも、あまりにも大金というかその……」
「これは投資だ」
「投資、ですか?」
俺はルイスにそれっぽい理由を言うことにした。ま、どっちにしろ打算的なものに変わりはないからな。
「将来、お前が魔法使いとして大成した時、俺に感謝してくれ。周りに言うのも重要だな」
「そんなことでいいんですか?」
「貴族はコネクションが重要だ。誰と仲が良い、なんて言葉はパーティーじゃよくあることだ。人脈もまたそいつの実力として見なされる。ルイスは光属性の適性者だ。良くしておいて損はない。お互いにメリットはあるってことだ」
「それなら、良いんですけど」
依然として納得した様子ではないが、これ以上理由を付けるのもわざとらしいしな。
「やっぱり、ウィルくんって優しいですよね」
「は? 俺がか?」
俺が優しい? こいつに対して優しさなんて見せたつもりは今までない。いや、まぁ……実際にはそれなりに良くしているんだが……。バレているのか?
「今回の件もそうですけど、学院でよく私にパンをくれたじゃないですか」
「……あれは満腹だったからだ」
「へぇ。でも、会うたびに満腹なんですか? それに本当に優しくないのなら、別にあげる必要はないでしょう。パンはある程度保存も効きますし」
「……持って帰るのが手間なんだ」
「へぇ。そうなんですかぁ。ふふ」
口元に手を持っていき、微笑むルイス。その姿はまるで深窓の令嬢のような姿だった。もっとも、ルイスの家庭環境は貴族ではないので、おそらく本人の生まれ持っての気質だな。
全く、主人公ってやつはどこまでも清らかな存在なんだな。
そんなやりとりをしていると──急にルイスが「ひっ!」と声を発した。その声色は、何かに恐怖してものだった。
「どうした、急に」
「今……その。扉に誰かの目があったような……」
「目? 誰か見ていたのか?」
俺は扉を開いてみるが、そこには誰もいない。魔力痕跡もなく、誰かがいた形跡は残っていない。
「気のせいだろう」
「そうだといいんですが……」
この後に修羅場がやって来るなんて、この時の俺は夢にも思っていなかった──。




