第1話 プロローグ
「ウィル!? 大丈夫……!?」
「う、うぅ……」
きっかけは庭で転んだことだった。
五歳だった俺は庭で走り回っていたのだが、小石につまづいて転んでしまった。
何気ない幼少期にはよくある話であり、ほんの些細な日常に過ぎない。
しかし運が悪いことに、頭を強く地面に打ってしまった。幼いからこそ、受け身を取ることなんて出来なかった。
流れ出る血液に朦朧とする意識。
その最中、俺は脳内にとある記憶が蘇ってきた。
そう。この世界は前世の俺がプレイしていた《天空のアステリア》というゲーム世界そのものなのだ。社畜だった俺はこのゲームこそが生きがいであり、尋常ではないほどのやり込みをしていた。
そして、追加ストーリーのアプデがある直前で過労で死んでしまった──と言う流れだ。
けれど問題なのは、俺は決して主人公などではなく、悪役貴族に転生していることだった。
そして念の為、本当にここが俺のよく知る世界なのか、文献などを漁って確認してみたが……地名、家名など全ての情報が一致する。
俺は主人公に倒されるだけのモブの悪役貴族である。その事実は、もはや揺るぎようがなかった。
†
「まずは情報を整理しよう」
深夜。俺の部屋には大量の書物が積み上がっていた。
建前上では歴史を自主的に勉強したいと言って与えられたもので、両親は勤勉な俺に感心していた。
が、実際は現状を確認するためのものだった。
「俺は約十年後に破滅の未来を迎えることになる……」
まだ五歳と幼かったが、前世の記憶を取り戻したことで思考のレベルは大人ともはや遜色は無い。
そして俺は、今思い出せるだけの知識を整理し始める。
「俺が破滅するイベントは主人公、賢者、剣聖が揃って始めて起こる。これを回避するためにどうするべきか」
主人公は賢者と剣聖を味方につけ、この世界の悪を淘汰していく。よくある王道ファンタジーのストーリー展開だ。
そんな物語の途中で、かませ犬として死んでいくことが俺の役目である。
「一番の原因である主人公を暗殺……いや、現実的じゃ無いな」
なぜ俺がそう考えるのか。その理由はまーじで主人公はチート的な存在だからだ。あらゆる属性魔法の担い手であり、最強スキルも複数持っている。暗殺は不可能に近いだろう。
「待てよ。そういえば……」
俺はあることを思い出していた。剣聖と賢者とは現代でもっとも優秀な剣士と魔法使いに授けられる称号である。世襲に近いものがあり、聖抜の儀と呼ばれるもので決定されるのだ。
では仮に、俺がそれになったらどうなるのか。
「これって名案じゃないか?」
剣聖と賢者には聖剣と聖杖が与えられ、それによって二人は最大限の力を発揮する。仮に、剣聖と賢者になるはずの存在と相対しても、抵抗できるのでは?
俺はそう考えた。
「アイシア!」
「夜遅くに、どうしたのですか」
メイドのアイシアの元へと俺は駆けて行った。彼女は過去に冒険者をしていて、それなりにランクが高かったはずだ。
「俺を鍛えてほしい!」
本当の理由を言えずはずもなく、俺はただ懇願するしかなかった。しかし、俺の本気さを感じ取ってくれたのか、アイシアは頷いてくれる。
「分かりました。幼い頃から強くなろうとするのは、とてもいいことですよ」
「剣聖と賢者になりたい!」
「……今なんと?」
「剣聖と賢者になる!」
「……仮にそれを目指すとしても、両方はあまりにも欲張りではないですか?」
これは子どものわがままに過ぎない。アイシアもそれを分かっているようだが、俺はただじっと彼女の目を見つめる。俺は本気であると。
「分かりました。しかし、その二つになるのであれば、地獄のようなトレーニングを積むことになります。分かっているのですね」
「あぁ!」
アイシアはどうせ子どもの戯言に過ぎない。ちょっと無理なトレーニングをすれば、すぐに諦めるのだろうと彼女は思っていたらしい。
しかし、俺はその無茶なトレーニングをこなしていった。いつしかアイシアの指導も本気になり、俺たちは二人三脚で剣術と魔法を研鑽していった。
元々、このウィルというキャラクターには特殊な才能がある。ゲーム中では傲慢な性格から努力などはしないが、俺はウィルに備わっている才能に死ぬ気の努力を積み重ねていった。
そしてあの誓いから十年が経過しようとした時──俺は素性を隠して聖抜の儀を受け、なんと剣聖と賢者になることが出来たのだ。
「ウィル様。ついにやりましたね」
「あぁ! ついに俺はやったんだ!」
あまりの喜ぶに震える。それにこれだけの力を手に入れたんだ。死亡フラグなんてもはや、何の障害にもならないだろう。ははは!
「おめでとうございます。しかし、公表は絶対にするなとのことですよね?」
「もちろん。父上にも母上にも、誰にも口外してはならない」
「仰せのままに。メイドは主人に従うものです」
アイシアはいつも俺の味方だった。従順に従う彼女はまさにメイドの鑑である。
「じゃあ、ちょっと試運転でもしてくるか」
「はい。お供します」
近くの森にやってきて俺たち。
無事に聖剣と聖杖を入手することができたので、まずは聖杖を使ってみることに。
「じゃあまあ、軽く。火球っと」
聖杖セレスティリアを使って魔法を発動。試運転ということで、簡単な魔法である火球を放ってみた。
しかし、杖の先から出たのは巨大な火炎の塊だった。そのまま勢いを殺すことなく、紅蓮の炎は森を抉り、その先にある山肌を削り取っていった。
いや、炎が大地を削るなんて表現はおかしいのだが、事実そうとしか言えなかった。
「は……?」
えええええええええ?!?!
なんだこの力は!?
杖を振った先は灰燼と化した。
後日。この騒動は伝説の魔物である、エンシェントドラゴンの襲来とされたのだが、真実は俺が軽く放った火球なのだ。
うん。この力やばい。ヤバすぎる。
「聖剣の力も試しますか?」
「いや、また今度にしよう……」
自身の死亡ルートを回避するために努力に努力を重ね、聖遺物を手に入れた。
問題はない。むしろ順調過ぎるほどだ。
「ク、ククク……」
「ウィル様。震えていますが」
「アイシア! お前、俺を鍛え過ぎだろう!」
「遠慮するなと仰ったのはウィル様ですが。ただ私も、ここまでの才能だったとは予想外ですが……」
いつも冷静なアイシアもドン引きするほどの出来事だった。
「……ふ。俺は天才だからな」
表向きはとりあえず落ち着いたフリをしたが、うん。どうしよう、この力。絶対に持て余す気がするんだが……。
主人公とか軽くねじ伏せることができるというか、もはや何もしなくても脅威はないんじゃないか?
ガハハ! これ勝ったな! 我が人生に勝利したのだ! あとはゆっくりと余生を過ごすだけだな。途方もない地獄のトレーニング積んできた良かったと、心から思った。
「明日は入学式です。早めにお休みになりましょう」
「ふ。そうだな」
俺は精一杯格好をつけて、そう言った。
ともかく俺は無事に? 賢者と剣聖になることができたのだったのだが、この先に待ち受けている苦難を──俺はまだ知らない。
そしてこの瞬間から、世界は自分の知らない方向へと進み始めるのだった。
新作です。よろしくお願いします!