ビルの上のカーテン
※いま心が元気ではない人は、あまり読まないことをオススメします。残酷描写はありませんが、鬱々しています。_(._.)_
「なんで、私といるのに上の空なの??」
俺はそれを言われて、今が彼女とのデート中だった事を思い出した。
「加賀美くんさー本当は私のことを好きじゃないよね?」
「…………そんなこと、ないよ」
はっきりとしない俺の態度に相手のイライラはどんどん加速していく。
「加賀美くんの心のなかにはさー?まだ忘れられない人がいるんじゃない?」
「……………うん」
忘れられない人であって、俺が今浮気をしているとかそういうことではない。
それなのに、彼女は喫茶店のテーブルをバン!と叩きながら立ち上がる。
「それなら、私のことをじゃなくて、その人を幸せにしてあげて……それじゃ…」
目の前のいる人をちゃんと幸せにしよう。って思っていたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったんだろうか?
俺は、彼女がいなくなったテーブルを見つめながら、フラリと立ち上がった。
俺は、人間関係で行き詰まると、よくこの場所に来ていた。
廃ビルの屋上から見る空は、いつも灰色をしていて、まるで廃工場がいまも機能していて、その煙突から煙を吐き出しているかのようだった。
ー貴方の心の中にいる人を幸せにしてあげてー
「……………どうやって?」
俺が学生時代に好きだった女の子は、ここから自殺をした。好きな男の人がいて、そいつに彼女が出来たからという理由で死んだ。
俺が恋人だったなら、こんな事にはならなかったのに。とは、微塵も思わなかった。
誰もが自分の好きな人と付き合えるわけではない。もちろんそんな事は当たり前なことで、俺が好きな人に見合う人間なんだ、なんて考えたことすらなかった。
ただ、俺だけがお前をこの世界で1番理解している。と言うくらいのキモいくらいの自覚を持っていただけ。
ここにやってくると、まだ未練たらしく好きな人は学生時代の姿のままそこにいて、寂しいから「貴方もこっちにきてほしい」とせがむのだ。
そんな亡霊に取り憑かれたのは、いつの頃だっただろう。仕事がうまく行かなくなった時だったか、肺が受け付けないタバコの煙が体に馴染みだした頃だったか……そんな事は覚えていない。
それでも人は、この柵の向こう側とこちら側の境を知っている。自分の未来に1ミリの期待がなかったとしても、簡単にその柵を乗り越えたりはしない。
『そうは言っても飛び降りる勇気がないだけなんでしょ?』
ネットの住民が俺に向けた言葉だ。
毎日自殺をしたいと言っていても、飛び降りた人なんて見たことないです。だから、貴方もその程度の人間なんですよ。って、姿形も知らないネットの向こう側の人間が言ってきた。
それは違う。俺は、飛び降りようと思えばいつでも飛び降りる事は出来る。それをしないのは、飛び降りた人間の末路を知っているからだ。
俺と同じ中学校に通っていた人間が、ここから飛び降りた女の子のことを、いつまで覚えていられるだろうか?
成人式にやってきた中学校区の同級生の中で、もしもあの子も生きていたら一緒に成人式だったかもしれないのにね。…そんな言葉すら上がることもなかった。
人は存在し続けていなければ、人の記憶の中から消される。俺は死ぬことが怖いんじゃない。人の記憶の中から、いなくなってしまうことが1番嫌なんだ。
だから、俺だけは君のことを忘れたりはしないって思っていた。ただ、それだけなのに、それすら許さない彼女がいる。
何がそんなに腹が立つのか俺には理解できそうになかった。女の人と付き合うには、自分の過去はかなぐり捨てなければならないのだろうか。
俺は、とやかく言い訳をするのを止めて彼女の連絡先を削除した。ごめんは違う気がするし、こういう時、何を言ったらいいんだろう。
俺には、相手の感情が理解できない。まるでロボットみたいだなって思う時がある。
SFの映画に出てくるAIみたいに、学習機能が搭載されていないのか、融通が利かなくて周りにいる人間は、いつだって俺の言動に最後にはイライライライラして去っていく。
心なんて無かったらよかったのかな、そうしたらこんなに傷つかないですんだのに。
俺みたいな無能な人間が傷付いたとか主張するなって、このまま家に帰ったら言われるんだ。
俺は…ただ、一緒に死んであげるよ。じゃなくて……『それでも君と一緒に生きていたいんだ』って言ってくれる人をいつだって待っているんだ。
ま、そんな人はこの世に存在しないんだけどな。
俺は、今日も雨が降りそうな曇り空を見上げていた。