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有隣荘の住人達   作者: 小鳥のさえずり
第一章 有隣荘の住人達
3/31

第3話 影山カゲローの恋愛調律

3500文字くらいです。楽しんでいただければ幸いです。

明くる日の午前、前澤は共用スペースで田中さんと宇宙人くんと映画の話をしていた。

「クリストファーノーランいいっすよね。」

「世界観は壮大だけどエンタメしてて、なによりキャラクターが魅力的なのよね。」

「僕にもあんな壮大な世界観の小説を書けたらなぁ。」

影山カゲローさんが急に横でドラムスを叩き始める。彼はいつでも叩けるようにドラムスを常に共用スペースに置いていた。彼は使い古したキャップを被り、白髪はボサボサ、顔は髭面で、皺だらけのジャケットを羽織り、相変わらずホームレスのようである。

「ちょっとカゲローさん!話してるんだから静かにしてちょうだいよ」

「ここはみんなの共用スペースだろが」

彼女は怒って部屋に行ってしまった。

「おい少年!」カゲローさんが演奏をやめて前澤の方を見る。

「しょうねん!?俺のことですか?」

「そうだよ、少年これを見ろ。」

カゲローさんがギターを見せる。

「お前、ギター弾けるのか?」

「え?弾けませんけど…。」

「フン、なんだ弾けねぇのか。」

カゲローさんは前澤を嘲笑し、またドラムスを弾き始めた。前澤はちょっとムカついたので宇宙人くんと部屋に戻った。

「カゲローさんはずっとバンドやりたくて仲間を探してるんです。でも年齢も年齢だしあんまり上手くないからなかなか見つからないんですよね。」

「知らねーっつのなんで俺が弾けないからって嘲笑さらなきゃならんのよ。」

その日の深夜、前澤はコンビニでバイトをしていた。客が全然来ないので、彼はここのコンビニが好きだった。

「前澤くんって彼女いるの?」

「いや居ないけど。」

「童貞?」

「いや今は居ないだけ。」

前澤は嘘をついた。童貞だった。好きな子とある程度いい感じになったことはあるけれど。絡んでくる彼は新しく入ってきた20代そこらのバイトの後輩で、何故か前澤には気安くタメ口で話しかけてくる。茶髪に細身で、女遊びが好きらしい。

「前澤くん、俺この前路上で喧嘩しちゃって。」

「はぁ。」

「3人相手に全員ノックアウトして、謝罪動画撮ったのよ、それをネットに上げて…。」

「ふうん。」

「それでそいつを刺しちゃって…いらっしゃいませー……前澤くん今日一緒に風俗行かない?」

「え…何藪から棒に。」

「どうせ童貞なんでしょ。行こうよ。」

「だから違うって…。」

「あの〜。」眼の前に同世代くらいの女性が突っ立っている。背が高くて格好はモデルのようで、顔は整っていてきれいだ。前澤はその顔に見覚えがあった。

「前澤くん?」

「え…あっ伊織さん!」

「ひさしぶりー!大学以来だから20年ぶりくらい?」

彼女は前澤と大学の同期で、共に漫画研究会に所属していた。彼女とは漫画で意気投合し、少し付き合っていたこともある。前澤にとっては唯一の甘い思い出だった。

彼女の傍らには小さい子供もいて、年月の流れを感じさせる。

「まだ描いてるの?漫画。」

「うん、まあね。」

「前澤くん漫画描いてたの?なんて漫画?」

「読み切りを少し、とガールズリフレクションっていう…。」

「聞いたことねー!何巻でたの?」

「前澤くん私はもう行くね。」

「え、あ、…うん。」

「お邪魔しちゃってごめんね。」

「いや、そんな…。」

「ありがとうございましたー……

俺あの人前に風俗店で見たことあるよ。」

「!」

「美人だもんねぇあの人。年増美人ってのは他に代えがたい価値があるもんなぁ、今度指名しようかな。」

アパートに帰るとカゲローさんが共用スペースで一人でドラムスを叩いていた。バンド仲間も観客も居ないのに実に楽しそうに弾いている。

前澤は廊下を通り過ぎようとするが、カゲローさんが話しかけてくる。

「おい少年!」

「え…なんすか。」

「ギター弾いてみねぇか?」

「いやぁいいですよ楽器全般だめなんで。」

「まぁまぁ教えてやるからここ座れよ。」

前澤はしぶしぶ椅子に座る。

「これがEmいちばん簡単なの。Eも簡単だったろ、それでBフラットってのが曲者で…。」

前澤は指で弦を押さえ、音を出す。指の配置が難しく、最初はうまくできなくても、だんだんとお手本通りの音を出せるようになってくる。自分のささやかな成長を感じる。でも…。

「……。」

「しょぼくれてんなぁ…まさか惚れた女か?」

「!!…。」

「図星か…俺にも居たぜ。女ってのはさ、どんなに尽くしてもフラれる時にはフラれるもんなんだよね。向こうからしたら男のかけた労力なんかどうでもいいんだ。飽きられたら終わりさ。俺は娘の親権まで取られちまったよ。リストラされて帰ってきたら、二人で俺に背を向けて、今までお世話になりましただってよ。」

「そうなんですね…。」

「まぁ好きにやんな、自分の気持ちに嘘をつかなきゃ、敗けても、フラレてもいいじゃねぇか。」

翌日、コンビニにて前澤は例のバイトの後輩に改まって話しかける。

「君名前なんてったっけ?」

「え?吉沢だけど。」

「伊織さんのいる風俗店に連れてってくれない?」

「そうこなくちゃ、昔の知り合いに会いに行くのは興奮するよねぇ。」

前澤はサービスを受けたり、説教とかをしに行きたい訳ではなかった。ただ会って話したかった。昔のように漫画の話がしたかった。

繁華街の場末にその店はあった。壊れて半分しか点滅しないネオンが店の名前を示していて、なんだかあまり繁盛していないように思える。店内は全体がピンクのライトで照らされており、目がチカチカした。

「みなみさん指名で。」

「ごめんなさい、彼女はもう他の客を取ってて、しばらく出てこないですから」

「じゃ待ちますよ。」

「まぁまぁこの子なんてどうです、年齢もおんなじくらいで、みなみちゃんよりスタイルいいですから。」

「いや俺はみなみさんと話がしたいんだ。」

「……はなしがしたい…?」

「店長、冷やかしですよコイツ〜。」

手の空いた風俗嬢が割り込んでくる。

「お客さんね、ここに来たからには遊んでもらわないとね。」

「ほら〜いっぱいサービスするよ。」

前澤は強引にプレイルームの中へ連れ込まれてしまう。

前澤は抵抗し、プレイルームから出る

「俺は伊織さんに会いに来たんだ!」

「お客さん、遊んだからには、料金払ってもらわないとね…色々なプレイ、しめて15万円!」

「はぁ?ぼったくりだろ!まだ何もしてないし。」

「払えないの?払えないのかぁじゃあしょうがないな、おい、たあちゃん。」

店の奥から明らかにヤクザ者みたいな奴が出てくる。名前の印象と違って熊のようなガタイに顔には縫合跡があり、恐ろしい風貌だ。吉沢は逃げてしまった。

「前澤くん俺帰るわ、じゃねっ!」

「おどれこら!金が払えないってのはどういうことだぁ!コラ!」

前澤は裏路地のゴミ捨て場でボコボコにされる。財布の金も全部抜き取られてしまう。

前澤は朦朧とする意識の中で、ゴミの中に埋もれていた。すると伊織さんが店から出てきて自分の前に立った。

「何しに来たの?」

「伊織さんと話がしたくて…」

「……気持ち悪い…。」

「………。」

「久々に会ったから私とよりを戻したいとでも思ったの?話すだけって説教でもするつもり?」

「そ、そんなつもりじゃあ…。」

「ったく、ひやかしは帰れよ、あたしがどんな苦労してるかも知らないくせに。いつまでも漫画家になる夢でも見てれば?」

「いや…俺はただ君と漫画の話が…。」

彼は彼女が去っていくのを眺めている。

そのまま気絶してしまった。

前澤が気づくと、誰かに肩を借りて歩いていた。街の明かりが背後に流れていく。横を向くと見知った横顔がぼんやり見えた。

「か、カゲローさん?」

「よう少年、災難だったな。」

「カゲローさん、俺、」

「たまたま通りかかってよう、見てたぜ。自分に嘘をつかなかったんだろう、ならいいじゃねぇか。」

「カゲローさん…。」

夜の公園のベンチに寝かしてもらう。繁華街の横にある公園なのに、人はまばらだった。

「もう起き上がっていいのか?」

「もう大丈夫みたいです。痛みも引いてきたし。」

前澤はベンチの横に使い古したギターを見つける。

「よくここで路上ライブしてるんだ。」

「路上ライブ…。」

「興味があるなら、また教えてやるからギター弾いてみな。」

前澤はギターを受け取る。

「Bフラットっていうのは、ああ違う違う、人差し指をだな。」

弾く度に涙が出てくる。

「どん底まで落ちたなら、そこからまた新たに一歩一歩進んでいけばいい…少年、俺とバンド組まねぇか?」

影山カゲローはかつてホームレスをしていた。家族に見捨てられて、仕事をしようとも思えなかった。

ある日公園のベンチで目を覚ますと、眼の前に使い古されたギターが置かれていた。そこには置き手紙があり、「あなたの路上ライブ好きでした。使い古したものですが、使ってください。」と書かれていた。彼はそれで音楽で身を立てようと思ったのだ。

翌日から前澤はカゲローさんとバンドを組み、ギターを弾き始めた。曲作りも始めた。新たな目標が、希望ができた。


読んでいただきありがとうございました。次回は田中さんの話です。

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