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有隣荘の住人達   作者: 小鳥のさえずり
第三章 有隣荘の新たな住人達
26/31

第26話 石神町商店街と面倒な頼みごと

4500字くらいです。楽しんでいってください。

「え!?僕がアニメですか?」

夏も終わりかけてきた9月の中頃、窓から涼しい風が吹いてくる中、中田は共用スペースで大家さんに呼び止められた。

「うん、実はもうyoutubeに有隣荘チャンネルというのがあってね。石神町の魅力を伝える為のチャンネルなんだけど、Vtuberの田井中さんや、狩下さんの石神町の歴史教育動画、youtuberの七福さんの編集、マーケティング戦略の初目さんの尽力のおかげもあって、着々とチャンネル登録者数を増やしつつある。ムーくんの猫と戯れるだけのライブ配信も人気なんだ。君は学生時代、短編アニメを作っていたんだろう?ここで一つ君にアニメを作ってもらって、更に町おこしをしていこうということなんだ。もちろん報酬は払うよ。結構youtubeの広告収入が溜まってきてるんだ。」

「アニメーターとしてアニメ描いてたなんて、嘘ですよ。」

「嘘だって本当になるんだよ。本当になって良いんだ。」

「で、具体的にどんなアニメを作れば良いんですか?」

「悪いんだけれど、これから石神町商店街に行って、アニメの為の下調べをしてきて欲しいんだ。田井中さんが同行してくれるみたいだから。」

「よろぴ!」奥の廊下から田井中さんが現れる。今日の彼女はゴスロリ服じゃなく、普通の女子大生のようだった。

二人は川沿いの桜並木を石神町商店街に向けて歩いていく。

「中田さんってロリコンなのよね?」

「ん、そうだよ。あんまり大声では言えないけどね。」

「それを活かしたアニメを作ったらどうかしら?そこに中田さんにしか描けないものがあると思う。」

「でも一般ウケはしないだろうね。」

「良いじゃんそんなの!私vtuberやってて思うけど、誰にでも気に入られることより、誰か一人の心に響けば、それで良いと思うの!だから私、中田さんがどんなアニメを作るのかすごい楽しみなの。私にはコントロール出来ないものが見たいの!」

「あはは。ありがとう。でも町おこしっていう目的があるんだろう。」

「別に皆に気に入られることが町おこしなら、それってサイバーステラ社がやっていることと同じじゃない。私は中田さんの芯の部分が見たいの。これまで誰にも見せられなかった芯の部分が。」

 二人が石神町商店街に到着すると、石上商店街の背後に巨大な石棺のような真っ白い建造物がのぞいていた。それはこの町にいる限り、どこに居ても監視されているような威圧感のあるショッピングモールだった。

「あれがサイバーステラ社のショッピングモール、エブリモールよ。私あれ大嫌い。なんだか巨大なお墓みたいよ。」

「ピラミッドみたいだね。」

「やあ、さとこちゃん!」

「あ、こんにちは〜。中森さん!」

もう60代くらいだろうか、おじいさんが経営している中森和菓子という菓子屋が商店街の入り口にあった。中森さんは白い作業服にマスクという出立ちで、目尻に優しいシワがよっていて、ゴツゴツした手には苦労を滲ませていた。でもとても楽しそうに仕事をしていた。

「そちらにいるのは・・・。」

「ああ、今度有隣荘チャンネルで商店街の宣伝用のアニメを作ることになった中田さん!ほら、挨拶して。」

「ど、どうも。」

「こんにちは。中田さん。今日は私の仕事ぶりをしっかり見ていってください。」

中森さんはゴツゴツした岩のような手で、団子の生地をこねる。しかしその手つきはとても繊細で丁寧だった。横で奥さんが巨大な鍋で餡を混ぜている。鍋からの熱気で、整頓された清潔な部屋はとても熱かった。

「中田さん、毎日毎日こう熱い中で生地をこねているとね。不思議と自分が一個の石のように思えてくるんだよ。」

「石ですか?」

「そう、みたらし団子を作るためには、石は力強くなくちゃならない。そこから動いちゃならない。熱さにも耐えなければならない。それが僕らの毎日なんだ。そりゃお前は向いてないよとか、俺の方が年収が高いだの色々他人からは言われたけれど、僕はここから動かなかった。そうしたらちょっとずつお客も増えていってね。みたらし団子も美味しくなっていった。努力を評価してくれなんて、そんな甘っちょろいことは言わないよ。でもあっちこっちに行かずにね、自分の努力を信じてあげることはとっても大事なことなんじゃないかなあ。僕はそういう生き方をしてきたんだ。」

出来上がったみたらし団子を田井中さんと食べる。優しい甘みのある団子に、試行錯誤の歴史を感じさせる餡がかかっていて、中森さんの働きぶりを見た後なだけに、食べながら、中田はちょっとだけ顔を伏せて涙を流してしまった。

中田達は中森和菓子店に別れを告げて、次のお店へ向かう。和菓子店の前で夫婦が手を振って見送ってくれた。

「さ、次は古着屋さんよ!」

「あら〜さとこちゃんじゃない!久しぶり〜!」

リッケンバッカーという古着屋さんで出迎えてくれたのはパンクな服装に緑色のモヒカン、鼻にはピアスという刺激的な出立ちの細身のオカマの店主さんだった。

「そちらの方が、大家さんが言っていた・・・。」

「そう、町おこしのアニメを作る予定の中田さん。」

「ど、どうも」

「ん〜なかなかいい男じゃない?顔は可愛いし、ぽっちゃり系ってアタシ好みなのよ。今日はよろしくね♡」

「あはは、よろしくお願いします。」

「ん〜真面目!そういうとこも好きよ!」

「あはは・・・。」

 三人は古着屋の中を色々な歴史あるブランドの服に囲まれながら練り歩く。

「古着のいいところは当時のヴィンテージものが手に入るところ。今の時代からすこ〜し離れたところで眠っている服がたくさんあるのよ。ファッションは自分を演出する道具。だから皆同じで、似たようなものを着てても、世の中はちっとも面白くならない!そして一つ一つの古着には歴史がある。ダメージがある。襟が擦り切れてたり、膝に大きな穴が空いてたり、どうして人はそういうものを求めてしまうのかしらね。もし世界が誰にとっても正しくて、天国みたいなところだったら、誰もダメージなんて求めないものね。私も色んな古着を扱っていく中で、人は傷を共有することで生きていくんだ、生きていけるんだって思ったのよ。だから自分を演出するのって、完璧じゃなくていいと思うのよ。こういう話ってアニメに使えるかしら?」

「どうでしょう・・・。」

「中田さんは私から見ても、あんまりファッショナブルじゃないけれど、でもそれも完璧ではないその時その時のあなたなら、演出のしようによってはものすごい化けると思うわ。出来たら今度古着を買いにいらっしゃいな!あなたのありのままの延長線上にある誰かに見せたい本当のあなたを演出してあげるわよ。」

「ぜひ、今度は私用で来ます。」

「うふふ。楽しみにしているわ。」

中田達は古着屋に別れを告げ、次の目的地へと向かう。

「ここは・・・。」

「そう。前にも一緒に来たことがあるわよね。喫茶スズランよ。」

二人は喫茶店に入る。アンティークな木の匂いがする。おしゃれなカフェというより、友達との待ち合わせ場所というような雰囲気の喫茶店だ。今日は珍しく、人でごった返していた。

中田達の前に店長さんがやってくる。店長さんはメガネをかけていて、大人しそうな、でも溌剌としているお婆さんだった。

「こんにちは、大家さんから話は伺っていますよ。こちらへどうぞ。」

中田達は厨房の中へと招待される。綺麗に整頓された、曇りのない鏡のような厨房で、社員達は忙しく、そして無駄のないスピードで働いていた。

「喫茶スズランは学歴不問ですし、障害者とか、ブランクがある人を積極的に採用しているのです。そんなに高いお給料は払えないけれど、皆それぞれ違った歴史と痛みを抱えていて、一生懸命働くところと、配慮が必要なところ、そのバランスを皆で補い合っているんです。」

「どうして、そういう人達を採用しようと思ったのですか?」

「実は私の息子が引きこもりだったんです。ずーっと部屋から出てこなくて、それで自信を無くして、その悪循環で、もっと引きこもりになって。どんどん太って、不健康になって。ある日、息子の部屋に行ったら、息子が心臓発作で死んでいたんです。前兆はあったみたいなのですが、もし息子が社会に出られて、色々な人と触れ合っていたら、どんな人生を歩めていたのだろうか、心臓発作も防げていたのではないかって今でも思うんです。だから私はそういう人達がなんとか社会と接点を持てる場所を作りたかったんです。」

「そうなんですか・・・。そんな接点を持っている社員の方達にもお話を聞いてみてもいいですか?」

「いいですよ。おーい芹沢くん、ちょっと。」

「あ、はい。高橋さん、代わりにナポリタンの解凍やっといて。」

「任しといて!」ショートヘアーのダウン症の女性だろうか。彼女が仕事を引き継ぐ。社員さんはかなり太っていたり、腕にリスカの跡があったり、様々な人が働いていた。

七三分けの小綺麗で、ちょっと痩せているが、精神的にも肉体的にも健康そうな好青年がやってくる。

「こんにちは。芹沢さん。今日は取材でお邪魔しています。あなたの仕事ぶりを見させてもらいました。」

「あ、どうも。」

「コロナ禍も営業を続けていたそうですが、健康面でも無理なく仕事を続けていられていますか?」

「実は僕、躁鬱病なんです。」

「そうなんですか!全然普通に見えます。」

「良く言われます。みんなと働いていると、自然と心も体も健康になっていく気がします。それとコロナが終わって皆がマスクを外した後に、なんだか社会の雰囲気が変わったなあ、お客さんの雰囲気が変わったなと思いました。」

「そうなんですか?」

「これまで人に言えなかった、自分が頑張ってきたこと、自分の弱い部分、一生懸命耐えてきたこと、そういうことをここの喫茶店で親しい人と話している。そんな人がたくさん来店されて。僕はここの喫茶店がそういう場所を提供出来ていることに誇りを持っているんです。もちろん、お客さんだけじゃなくて、僕らお店の社員側もです。」

中田と田井中さんは夕暮れの川沿いの桜並木を有隣荘に向かって歩く。花火大会をやるというので、桜並木にはたくさんの人がひしめき合っていた。出店の威勢のいい掛け声や群衆の出す雑音と光線が錯雑としていて、漫才師なんかがつまらない漫才をやっていているのだが、中田は心ここに在らずという感じだった。

「なんかアイデアとか湧いてきたかしら。」

「うん、なんか出てきそうだ。」

「お〜い、田井中さん、中田さん!

群衆の波の向こうから、狩下さん、七福さん、ムーくん、初目さん、大家さんがやってくる。

「向こうの公園に席を取っといたからそこから一緒に花火を見よう。」

「いいですね!」

「ムー!」

「あ、もう始まるよ!」

「夏も終わりじゃのう。」

夕闇に花火の閃光が飛び散り、地上を照らす。地上の群衆は神様にでも届きそうなくらいの歓声を上げる。中田は全てが混ざっていくのを感じた。

翌日から中田はバイトを辞めてアニメ制作を始めた。学生時代のように、脚本を作り、プロットを作り、原画を描いた。有隣荘の住人達が手伝ってくれ、また前澤の仕事場のアシスタント達もやってきて助太刀してくれた。12月の終わりくらいには完成した。


商店街ってどんなに盛況でも、脇道に逸れると途端に静かになりますよね。あれ不思議です。

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