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有隣荘の住人達   作者: 小鳥のさえずり
第三章 有隣荘の新たな住人達
25/31

第25話 発明家のこころ

3500字くらいです。ぜひ楽しんでいってください。

「これが宇宙人の洗脳電波から頭を守るヘルメット。これが巨大隕石から地球を守るための妨害装置。こっちが宇宙人撃退用のスプレー。これは幽霊との会話を可能にする霊界モニターじゃ。こっちは開発中だけど、タイムマシン。」

「は・・・。はあ。」

中田は初目さんの部屋にお邪魔していた。初目さんはちゃんと風呂に入っているのだろうか。多少体臭を匂わせていた。目は睡眠不足のせいか夜行性の動物のようにギラギラしており、本能的な恐怖を感じた。初目さんの部屋は謎のガジェットで満たされており、解説してもらわなければ何が何だか分からない。

「中田くん、せめてこの宇宙人からの洗脳電波から頭を守るヘルメットくらいは買ってくれないかね?わしの研究資金もカツカツなのじゃよ。今なら2万円に値引きするから。頼むよ。」

「うーん・・・。分かりましたよ。なんで僕が宇宙人を恐れなければいけないのか皆目分からないですけど。」

「もっと思考を長いスパンで考えた方が良いんじゃ。1000年後、10000年後の世界がどうなっているか。わしはそれを踏まえた上で発明をするんじゃ。誰も相手にしてくれなくても。」

「論文とか書かれるんですか?」

「もう何本も書いておるが・・・。やっぱりどこの大学も、誰も相手にしてくれないのう・・・。皆視野が狭すぎるんじゃ。考えていても10年後くらいのことだもの。わしは、本当は大学教授になりたかったのじゃ、でもこの歳になってもなれなかった。」

「・・・・。」

「わしはもう死んだ方がええんかね。最近毎日、そんな気がしているのじゃ。」

「良いでしょう、そのヘルメット2万円で買います!でもどうしてそんなに死にたくなるのか僕に詳しく教えてください。それが条件です。僕は初目さんに死なないでほしい。」

「・・・・・。」

初目さんは黙り込んでしまう。

「良いじゃろう。ちょっと話は長くはなるが、我慢して聞いておくれよ。」

初目さんはお金持ちの実業家の元に生まれた。父はふくふくと太った自信満々の男で、母は気弱な優しい女性だった。養蚕業を営んでいたらしい。小さい頃の初目さんは何不自由のない暮らしを父のギリシャ彫刻のような西洋風の豪邸で送っていた。その頃から発明が好きだった。画期的な仕組みの鼠取りや、効率的に蚕の天敵の虫を追い払う蚊帳のようなものまで。父は言った。「お前は100年に一人の天才だ!お前が何か発明したいのなら、いくらでもお金を出すし手伝うよ!」初目さんはそんな自分が嬉しかった。それが心の中の光になっていった。

小学校では夏休みの宿題で、表彰されたこともある。周りからはお坊ちゃん、お坊ちゃんと呼ばれ、学校の先生までお手伝いさんのように気を使うほどだった。友達もあいつは変わり者だけれどと、一目置いていた。だから寡黙な初目さんがいじめの標的になることはなかった。

けれどそんなある日だった。伝染病で蚕が全滅してしまった。初目家には莫大な借金が残った。もう事業を続けられる余裕はなかった。

そうして父親はある日、豪邸のリビングで母親と一緒に首を括って自殺してしまった。

それを見つめて初目さんは絶句してしまった。そこには二つ分の空白があった。泣くこともできなかった。何が起きているか理解するまで、数日かかった。そうして自分によくしてくれたお手伝いさんが、「お坊ちゃんこれから辛い目に遭うだろうけど、何が起こっても、負けちゃいけんよ。お元気で、お元気でね。」と言って豪邸から泣きながら去っていく時に、初目さんも初めて泣いてしまった。もう誰も自分の味方にはなってくれないのだ。

初目さんは祖父の元に引き取られた。祖父は貧しい堅物で昔気質の人で、小さな畑で農家を営んでいた。祖父は自分の息子である初目さんの父を心の底から軽蔑していた。

「あんな奴、息子でも何でもないわい。親であるわしらに一銭も払わずに。お前はあいつみたいになっちゃダメだ。実業家なんてみんな屑だ!」

「あなたは軍人か大学教授になりなさい。本当に大事なのは、お金でも、地位でもなく、魂のあり方なんだよ。」

初目さんは自分を残して去っていった両親に憎しみを抱くようになった。そして祖父母との貧しい暮らしをしていくうちに、発明をする余裕なんか無くなってしまった。アイデアの泉がなくなってしまっていた。毎日鶏の餌やりや、農作業や家の雑務で日々が過ぎていった。

お金が無かったので、高校は行かなかった。そしてそのうちに祖父も老衰で死んでしまった。残された祖母はなんとか初目さんの世話をしてくれて、とても優しかったが、ある日農作業の途中に心臓発作で、なんの前触れもなく死んでしまった。畑の真ん中で倒れている祖母を初目さんが発見したのだった。

それで初目さんは上京した、新聞配達のアルバイトをしながら、四畳半の部屋で大学教授になるためにせっせと論文を書き続けた。しかしそっぽを向く猫のように大学には見向きもされなかった。そうしているうちに20年30年と経っていった。アルバイトの稼ぎで独自の発明品を生み出していった。未来を透視するテレビ、身体中に宇宙のエネルギーを注入するための湿布。ネズミを追い払うための音響装置はその頃住んでいたアパートの大家さんにとても重宝された。相変わらず大学には注目されなかったが、それでも初目さんは大学教授になるのを諦めなかった。

そうして色んなところを転々とするうちに石神町にやってきたのだった。もう歳は75歳になっていた。見た目はまるで浮浪者のようだった。もう疲れ果てていた。もう全てを諦めても、生きることを諦めても良いんじゃないだろうか。結局大学教授にはなれなかったよ、おじいちゃん、おばあちゃん。

それが初目さんの孤独なこれまでの人生らしかった。中田は初目さんに死んでほしくは無かった。2万円を払い、僕に発明で手伝えることがあったらいつでも言ってくださいと念を押して部屋を出ていった。

そして初目さんは中田が部屋を出ていった後、急に何かを思い出しかのように部屋にあったカーテンレールに紐をくくりつけ、首をつった。もう良いだろう。もうこれ以上頑張らなくて良いだろう。おじいちゃんもおばあちゃんも許してくれるはずだ。

初目さんが意識を失った時、彼は暖かい陽気の中のお花畑にいた。色とりどりの様々な花が咲くお花畑には大きな川が流れていく。その向こう側になんと死んだはずの父と母が居た。

「楽太郎、久しぶり、もう60年くらいになるのかな、再開するのは。」父が菩薩のように微笑みかける。

「父さん・・・母さん。」

「ごめんね私たち途中でいなくなってしまって、あなたとの人生から逃げてしまって。でも私たち、ずっと楽太郎の発明を見守ってきたのよ。だから天国での人生は幸せだった、次にどんな発明するんだろうって。ワクワクしていた。私たちが、あなたに憎まれるのは当然だし、そのことは知っていたけど。でも私達はあなたのことを愛しているわ。それはあなたも発明を続けることで分かっていたのではないの?」

「そんなこと・・・。どうして僕の側にいてくれなかったの?発明なんかお父さんとお母さんと一緒にいられれば、どうでも良いんだよ!」

「でも、ほら、あなたを大切に思う友達があなたを助けようとしている。まだ諦めるのは早いんじゃないかしら。私たちは諦めてしまったけれど、だからこそ楽太郎に諦めてほしくないの。」

「待っていかないで、父さん、母さん!」

初目さんは目を覚す。彼は部屋の真ん中にだらっと寝転んでいた。そこには中田も田井中さんも、狩下さんも七福さんも、ムーくんも居た。

「よかった・・・。初目さんが死ななくて、心配になって戻ってきたら、首を吊っているから。」

「ありがとう中田くん。わしはもうちょっと生きなければいけないみたいじゃ。皆にこんな恥ずかしいところを見られてしまったんじゃからね。」

両親は自分を見捨てたクズなんかじゃなかった。ずっと自分の中に居た。だからわしは発明を捨てなかった。明日の景色が分かる奴なんかいない。

それから初目さんは、大学教授になる夢を捨てはしなかったが、それまで軽蔑していた実業家になろうと思った。自分の発明品を今の世の中に売り込むためにどうするべきか真面目に考え始めた。大家さんや七福さん、田井中さんも巻き込んで、町おこしをする為の発明品を開発しようとマーケティングから考え始めた。どこかで両親が見守ってくれていることを感じながら。


初目さんが発明を諦めなかったのは、心の中にずっと両親が居たからです。そしてこれかも初目さんが諦めることはないのでしょう。

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