第24話 学歴厨のyoutuber
3500字くらいです。ぜひ楽しんでいってください。
「僕は大学を卒業したらNASAに入ろうと思うよ。」
ある春の日、七福さんが大学のキャンパスで彼女と歩いている。彼は自信満々だった。この先に太陽のように明るいキャリアが開けていた。
「弾道ミサイルとか抜きにして純粋に、人類は宇宙に出るべきだと思う。そのための僕は死ぬほど努力してきたんだ。」
「ふーん。そうなんだ。でも甚太くんって高校の頃の友達とかに冷たいよね。SNSでもブロックしているし。」
「そりゃ住む世界、見ている世界が違う人と僕が仲良くなれるわけないじゃないか。」
二人が木漏れ日が照らす様々な色合いの、色々な人で賑わう古本市に差し掛かった時だった。
「や、やあ七福。」
そこにはいかにも性格の暗そうな、穴熊のような男がいた。髪の毛はくしゃくしゃで、顔はブサイクだった。
「誰だお前?」
七福さんは彼に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「いや、いいんだ、別に。覚えてないのなら。」
その男はすごすごと立ち去っていった。
「誰なの?」
「僕の高校の頃の同級生だよ。元々僕より成績の良かった男さ。心の奥で僕のことを見下していたのだろう。でもね、彼にはビジョンがなかった。だから僕に負けたんだ。彼は誰も知らないようなどこぞの私立大学に親の金で行かせてもらっているらしいよ。ブクブク太っているし。噂によると統合失調症が発症したんだって。かわいそうに。まあ負け犬ってやつさ。」
「ふーんそうなんだ。」
二人が下鴨神社に差し掛かった時だった。
「ねえ。私たち、もう別れましょ!」
「え?なんで・・・?」
「私、他に好きな人ができたの。だから申し訳ないけれど、ここでお別れね。」
「え・・・。ちょっと。」
「さようなら。」
彼女は何も思い残すことのないように、スタスタと歩き去ってしまう。七福さんは一人残される。木々の緑と神社の朱色のコントラストが眩しかった。
「御社に志望した理由は・・・。」
「宇宙という暗闇に挑む人類の使命を感じて・・・。」
七福さんはNASAには入れなかったが、なんとか就活を乗り切り、とある金融会社に就職した。しかしそれは彼の望んだキャリアではなかった。
綺麗に整頓されたオフィスに何台ものpcモニターが並んでいる。そこで七福さんはパリッとしたシャツを着た胡散臭い上司に、新入社員として新人教育を受けていた。
「良いかい?商売というのは安く買って、高く売る!これが基本だよ。」
「こんなクズ株をですか?」
「お金が発生してるんだから立派な商売さ!文句があるのなら辞めればいい!」
彼は打ちひしがれ、数ヶ月で会社を辞めた。そして彼は何を思ったのかyoutuberになった。
「さあ今日は偏差値40の山の中にある、周りには何にもない、文鎮大学に来ています!この大学の学生にインタビューしてみましょう!」
「え・・あの」
「文鎮大学は、どんな授業をやっているんですか?」
「え・・・。英文法とか・・。」
「カーッそんなもの高校で終わらせとけよ!」
カメラマンが下品にゲラゲラ笑う。
「さあそれでは文鎮大学の学食に行ってみましょう、どんな見窄らしい話が聞けるのか楽しみですね!」
そして路上でのインタビュー。
「さあ街ゆく人に出身大学をインタビューしていこうと思います!」
「エクスキューズミー!あなたの出身大学は?」
「え・・・。世田谷大学ですけど・・。」
「偏差値50!ちょうど半分やないか〜い!もうちょっと努力した方が良いと思うよ!」
カメラマンがまたゲラゲラ笑う。
「東大です!」
「おおすげー!大学ではどんなことを?」
「物理学科です。」
「スゲーっ!!やっぱり街中に出てくると原石が埋まっているもんだね!」
七福チャンネルは受験戦争に駆り出されているストレスの溜まった受験生を中心に、着々とチャンネル登録者数を増やし、その数60万人を突破していた。
それを有隣荘のメンバーが共有スペースにある共用のノートパソコンで見ていた。田井中さんは絶句し、狩下さんは呆れ、初目さんは怒りでプルプル震えていた。ムーくんは猫と遊んでいた。そこへ外に出かけようとしていた七福さんが通りがかった。
「皆でパソコン見て何してるの・・・?あ、それ僕のチャンネルじゃない!そう僕実はyoutuberやってたんだよ!皆もチャンネル登録してね。」
「悪趣味よこんなチャンネル。」
「君だってネトウヨと同じようなものじゃないか!偉そうなことを言うな!」
「わしゃ同じ人間として許せん!同じ・・・同じ人間をなんだと思っているのじゃ!」
「ムー。」
散々な評価だった。
「ふ・・、ふん!僕は努力してきたんだからこんなこと言えるのも当然の権利だ!僕が努力していた間、僕をガリ勉だの、もやしっこだの見下してきた奴らは漏れなくどこともしれない大学へ行っている!このチャンネル登録者数が僕の正当性を証明している。努力した人間は報われるべきだ!」
「七福さんはこれからどこへ行くの?」中田が聞く。
「これからyoutubeの撮影に行くのさ!」
「多分だけれど、僕は七福さんの元彼女という人に一回会ったことがあるよ。ネット上で、パソコン上でだけれど。」
「え?どういうこと?」
「僕が引きこもりだった頃、ネット上のブログで文通みたいなことしていたんだ。そこで元々彼氏だった人が七福チャンネルをやっているのだと聞いたことがある。」
「どこに住んでいるのか知っているのかい?」
「彼女もこの石神町に住んでいるんだよ。今は小さな会社の事務の仕事をやっているんじゃなかったかな。」
中田と七福さんは午後の陽気が霞む中、バスに乗り込む。その元彼女さんに会いに行くのだ。七福さんは涼しそうな水色のソーダ味のアイスキャンデーをべろべろ舐めている。中田は七福さんと二人きりになるのは初めてだった。バスの中にはほとんど人が居なかった。
「中田さんはどこの大学へ行っていたの?」
「いや、大学は行っていないんだ。」
「高卒?」
「いや、高校も行っていない。」
「え?今時中卒なんて居るの?」
「僕は引きこもりだったんだ。」
「・・・。」
「中学でいじめられてね・・・。それをはねっ返す勇気もなくて、引きこもりになったんだ。僕は父親が死んじゃってて、母子家庭だから高校を受験するのも母さんに申し訳なかったし・・。僕のこと軽蔑するかい?」
「いや、しないよ、僕も中学高校はいじめられていたようなものだから。」
二人は石神町駅前の広場で降りて、とあるアパートまで徒歩で歩いていく。駅前は休日なので人でごった返していた。色とりどりのカラフルな人々の断片が地面からの陽炎で揺らめいていた。しかし七福さんは彼女の面影を見逃さなかった。
「加藤さん!」
ショートヘアで真っ白なブラウスと茶色いスカートを穿いた、綺麗な女性がこちらを振り向く。
「あなた・・・。もしかして七福くん?」
「久しぶり。ちょっと話せない?」
「横にいるのは・・・。」
「初めまして、ハンドルネーム、失敗うさぎ、です。」
「ああ、ブログの!」
三人は喫茶スズランでお茶をする。相変わらず店内はガランとしている。昔話をするのにはうってつけだ。店員も片手間にスマホゲームなんてしちゃっている。儲かっているのだろうか?
「久しぶり、七福くん。あなたがおんなじ石神町に住んでいるなんて知らなかったわ。京都以来だわよね。今は何やっているの?」
「一度金融会社に入ったけれど、向いてなくて辞めちゃって、今youtuberやっているんだ。」
「知っているわよ。七福チャンネルよね。」
「そうだよ!君には振られてしまったけれど、ものすごく努力して、僕はもう登録者60万人も居る大物youtuberなんだぜ!もし良かったらもう一度僕と・・・。」
「ごめんなさい、私もう結婚しているのよ。」
「・・・・。」
「ごめんなさいね、別にあなたのことを嫌いになったのはあなたに人望がないとか、権威がないとかそういうことじゃないの。あなたが無意識に自分より下だと思っている周りの人をいないものとして扱っているのが嫌だったの。」
「・・・。」
「だから私から言えることがあるとすれば・・・。もう少し大人になって、ってことかしらね。」
「・・・・。」
「この場をセッティングしてくれてありがとう失敗うさぎさん。昔言えなかったことを七福くんに直接言えたわ。それじゃあ私もぼちぼち帰らないと。夫が待っているから。」
日が傾く中、中田と七福さんは有隣荘へバスで帰る。車内はオレンジ色と紫色に染まり、休日の終わりらしく、様々な世代の人でごった返していた。とてもカラフルだった。
「中田さん、僕は、今まで周りの人間を見下していた自分が恥ずかしいよ。僕は周りの人ではなく、僕自身を見下せば良かったんだ。そうすれば、もっと周りの人とうまくやれたのかなあって。」
「七福さん、引きこもりだった僕からは何も言えないけれど、あなたの努力は否定されるべきではないと思うよ。それは自分自身に誇って良いと思う。」
「ありがとう中田さん。」
翌日、七福さんはvtuber滝沢ナナ、もとい田井中さんと協力して石神町商店街や、石神町の魅力を発信するyoutubeチャンネルを新たに始めた。大家さんも陰で協力しているみたいだ。サイバーステラ社は石神町商店街のすぐそばに野球場三個分くらいの広さの巨大な白い石棺のようなショッピングモールを完成させ、石神商店街から客がそちらへ流れつつあった。
自分より下だと思っている人をいないように扱うって、意外と色んな人がしているし、されるとすごく傷つくんですよね・・・。とほほ。