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有隣荘の住人達   作者: 小鳥のさえずり
第三章 有隣荘の新たな住人達
23/31

第23話 ネトウヨの狩下さん

3500字くらいです。ぜひ楽しんでいってください。

「パパ、やめて、離して!」

狭いアパートで酒に酔った父親が小学校低学年くらいの娘の髪を引っ張り、奥の暗がりに連れていく。手には棍棒の様なものを持っている。 

「お父さん、もうやめてくれよ!莉子は何にも悪いことしてないじゃないか!」

「何だテメエ、お前が代わりにお仕置きを受けるか?俺が会社にいた頃はこんなの当たり前だったんだからな!」

幼い頃の狩下さんは、ブルブル震えながら盗み見るかのように、暗がりを見ている。暗くて中で何が起こっているのか分からないのだが、妹が泣き叫ぶ声と、棍棒のバチンバチンという地獄から響いてくるような、恐ろしい音が聞こえてくる。

現在の狩下さんは自分の部屋で汗だくになって起き上がる。とても嫌な夢を見ていたのだが、それが何か思い出せなかった。クーラーからの涼風は地獄のような記憶を完全に消してしまった。

狩下さんの部屋には旭日旗が掲げられ、零戦やF2戦闘機や10式戦車など日本軍のプラモデルが所狭しと並んでいる。それを恋人のようにまじまじと眺めるのが彼の朝の日課だった。それが終わると、youtubeやtwitterを徘徊して、リベラルに嫌がらせをしに行くのだ。狩下さんにとっては幸運なことに、ネット上には同志が沢山いた。「不法移民は全員殺してしまえ」「多様性なんか糞食らえ」「サイバーステラ社は日本人を骨抜きにしようとしている。社員を殺してしまえ!海外にお金を流すな!」「きっとそのお金は支那人や朝鮮人の元へ行くんだ!」

狩下さんが朝の日課を終え、共有スペースに行くと、そこには中田と田井中さんとムーくんが居た。

「おはよう、狩下さん。」

「よろぴー。」

「何だきちんとした日本語も話せないのか、この女は。」

田井中さんがムッとする。

「それにいつになったらムーくんは人間の言葉が喋れる様になるんだろうね。人間と話せない人間なんて社会に何にも貢献していないじゃないか。生産性の無い障害者は日本に要らないんだよ!さては貴様朝鮮人だな!日本語が分からないフリをして日本に潜伏する朝鮮人のスパイなんだろ!」

田井中さんが椅子から決然と立ち上がり、反撃の隙を与えるまでもなく狩下さんの頬を殴る。狩下さんのメガネがずり落ちる。

「あんたサイテーよ。あんたこそ、日本に何の貢献をしているっていうのよ!」

「俺には真の日本に対する忠誠心がある。そこから見れば全員敵だ!このクソ女め!大体女に男に歯向かう権利があると思っているのか!男は日本の為に働いているんだぞ!女は子供産んで、家事をすればいいんだ!それが日本の真の女で、女の真の幸福だ!」

「それは聞き捨てなら無いね!」

廊下の暗がりから話を聞きつけた七福さんがやってくる。

「今は多様性の時代だ!生産性なんて言葉を使うのなら、あなたこそ日本から出ていくべきだ。これからは優秀な選ばれた世界中の人が日本を作っていくんだよ!京都大学にだって、色々な国籍の人がいる。時代錯誤も甚だしい!」

「京都大学は日本人のものだ!日本人しか入れない様にするのが本来当然なんだ!大企業は悪だ!海外の企業にお金を流すな!土地を買わせるな!今こそ真の日本を取り戻すべきだ!」

中田は沸々と湧き上がる沸騰した水のように怒りが湧いてきて、我慢できなくなって、狩下に掴み掛かる。

「なんであなたはそうやって他人の大事にしているものを簡単に壊せるんだ!何様のつもりなんだ!」

その時、狩下さんの着ているシャツの胸ポケットから、何からヒラヒラと舞い降りた。皆がそれに注目していた。その何かはどこからか来た風によってヒラヒラと舞い上がり、中田の手に納まった。その写真には幼い狩下さんと、一人の少女と、ひどく老けた様に見える女性が写っていた。

「これはあなたの家族の写真か?横にいるのは妹?」

「返してくれ!」

「あなたにとって妹は大事な存在じゃ無いのかい?それと同じように田井中さんだって、ムーくんだって、色んな企業だって、誰かにとって同じくらい大事なものなんだってどうして気づかないんだい?」

「そ・・・それは・・。うるせー!俺は古い権力に抗うための戦士なんだよ!お前に何が分かる!?」

中田は狩下さんに殴られて倒れる。狩下さんは拗ねて自分の部屋に行って篭ってしまう。まるで幼児退行してしまったかの様だった。それから狩下さんは引きこもりの様になって何日も部屋から出てこなくなってしまった。中田は殴られても、狩下さんが心配だった。何故なら中田は狩下さんの触れてはいけないものに触れてしまった気がしたからだ。

とある日の午後、中田が独り喫茶スズランという喫茶店で紅茶を飲んでいた。午後の陽光が静かに照らす、ガランとした店内で、パーティションの向こうからキラキラした笑い声が聞こえてくる。若い夫婦が子供を連れてお茶を楽しんでいるようだ。

「お前の旧姓って確か、狩下だったよね。お兄さんがいたとか。」

「そう。お父さんが毎日私たちに乱暴するから、私だけ逃げ出してしまったのよ。お兄ちゃんは今何をしているのだろう?」

中田はパッと立ち上がってパーティションの向こう側へ行く

「あ、あの・・。」

二人の夫婦と赤ちゃんが中田を不審そうな目で見る。

「不躾で申し訳ありません。狩下真面目という人を知っていますか?」


「僕はこの子を家に送り帰さなきゃいけないから、先に帰るね。ごめんね付き合えなくて。」

「いいのよ私は中田さんとお兄ちゃんに会いに行くから。」

「あーあーうーうー。」

「またね、莉音くん。」

短い間に、中田はその赤ちゃんに気に入られていた。

その奥さんは狩下莉子さんといった。真面目さんよりも、元気で溌剌としていて、幸せそうな綺麗な奥さんだった。

「お兄ちゃんとはどんな関係なんですか。」

「同じアパートに住む隣人です。たまに話したりしますけど。」

「お兄ちゃんは今どうしていますか?」

「ネトウヨみたいになってしまっていて、周りの住人さん達に、暴言を吐いたり・・・・。でもあなたの写真について話したら、すごい激昂してしまって、僕は殴られてしまいました。多分あなたの事はとても大事に思っているのだと思います。」

「そうですか。兄がすみません・・・。尚更私が無事だって伝えなきゃ。お兄ちゃん、小さい頃、いつも私を庇ってくれたんですよ。本当は正義感の強い優しい人だったんです。でもお父さんの暴力のせいでどんどん傷ついていって・・。私は途中で逃げたから良かったんですけど・・。お兄ちゃんはそれからどんな人生を送ったのだろう。」


「狩下さん、ダメだよそんなことしちゃ!」

「絶対バレちゃうから!」

「うるせーっ!!俺はもう真の日本を壊そうとする輩に我慢ならん!俺の好きにさせてくれ!」

狩下さんが頭に日本国旗の鉢巻を巻き、どこから手に入れたのか戦時中の国民服を着て、日本刀を腰に引っ提げ、サイバーステラ社にカチコミをしようとしていたのだった。田井中さんと七福さんが必死にそれを止めようとする。

「狩下さんがそんなことしたってあんまり意味ないって!」

「うるせー!サイバーステラ社が新しいショッピングモールを石神町に作ったことで、どれだけの失業者が出ると思う?社員の一人か二人を殺せれば、日本の為になる!俺は日本の為に死ぬ!」

「お兄ちゃん!」

狩下さんはオレンジ色の夕日に照らされた共有スペースで、妹と再会する。

「莉子・・・・。莉子じゃないのかお前・・・。」

「お兄ちゃん、久しぶり。私がお父さんから一人で逃げた後、お兄ちゃんがどうなっていたのかずっと気になっていたの。でもこんなになっていたなんて。」

「お・・・お前・・・。お前はどうしてるんだ、今幸せなのかい?」

「私、もう結婚して優しい夫と小さな赤ちゃんもいるのよ。今すごく幸せなの。そのうちお兄ちゃんにも紹介するわね。だから、もうお兄ちゃんもお兄ちゃんの人生を生きて。もうお父さんのことは、忘れてもいいと思うの。」

真面目さんは必死に支えていた重い肩の荷が降りたように、ガクッと崩れ落ちる。そして子供時代に戻ってしまったかのように咽び泣く。

「そうか、そうなのか・・・。良かった・・・。良かった。ずっと心配だったんだ莉子のことが、あんな幼い女の子が一人で生きていけるわけないって・・。これから俺は俺を信じて生きていこう。俺を信じていいんだ、あんな時代遅れのバカ親父、忘れていいんだ。権力に反抗しなくてもいいんだ。」

妹が真面目さんを抱きしめる。

それを見て中田は泣いてしまった。田井中さんや七福さんはほっと安堵する。

廊下から初目さんがやってくる。

「どうしたんじゃ、こんなにうるさくして!わしの研究の邪魔をせんでくれ!」

それから、狩下さんのネトウヨ癖は治らなかったが、他の住人さんに暴言を吐いたりするようなことは無くなった。

真っ白い太陽が全てを照らす、真夏のある日、莉子さんが、真面目さんに会いに家族を連れてきた。真面目さんはとても嬉しそうに甥っ子の相手をしていた。これから真面目さんは新たな人生を送り始めるのだろう。重い憑き物が、自分の父親が、正体の分からない権力がやっと自分の中から無くなったのだから。


ネトウヨの人って一体何を守ろうとしてやっているんだろうなと思いながら書きました。狩下さんはこれから新しい人生を歩んでいくはずです。

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