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有隣荘の住人達   作者: 小鳥のさえずり
第三章 有隣荘の新たな住人達
21/31

第21話 地雷系女子の仮面

6000字くらいです。ぜひ楽しんでいってください。

次の日中田は二日酔いで新たなピカピカな住まいで目覚める。そういえば昨日はお酒を飲んでから皆ですごく盛り上がって、そのまま自分の部屋へ行って寝てしまったんだった。あまり鮮明に昨日のことを思い出せない。頭が割れるように痛くて、気持ち悪い。トイレに行こうと思いベッドから起き上がる。

「おはよ〜。昨日は凄かったね♡私達相性いいんじゃない?」

中田は自分の傍を見て呆然とする。隣に田井中さんが真っ裸で寝ている。布団にくるまり、頬を赤く染め、彼にウインクをする。そんなバカな。僕にはそんな記憶はないし、そもそもロリコンだ。しかし酒の勢いで・・・。いやいや。

「ちょっと!服を着てよ。何してんのこんなとこで!」

「え〜?もう誤魔化しちゃって。お酒で昨日のこと忘れちゃった?」

彼女はいやらしく肢体を見せつけながら、下着を着用する。中田は目をそらす。

「早く出ていってくれ!」

「もう、昨日は激しかったのに。またね♡」彼女は部屋を出ていく。

携帯電話がピロリンと鳴る。悪魔の囁きのようだ。ラインを見ると、田井中さんから、「愛してるよ♡中田くん。」というメッセージが来ていた。中田は頭を抱える。

中田が頭痛を堪えながら共有スペースへ行くと、そこに狩下さんと肥満男が居た。

「ムー。」

「おはようございます中田さん。」なんだか狩下さんはソワソワ嬉しそうで、餌を待っている犬のように落ち着きがなかった。

「おはようございます狩下さん。」

「ところで、田井中さんって、真の大和撫子ですよね!」

「え?」

「田井中さんにあなたのことが好きですってラインで告白されたんですよ!一目惚れですって!やっと俺の魅力に気づいてくれる女の子が現れたんだ!やったあ!」

中田は頭を抱えてしまった。とんでもない女の子に関わってしまったのだと思った。

翌日の朝、中田は自分の部屋でネットサーフィンをしてyoutubeを見ていた。期待の新人vtuberだというバナー広告を見て、興味本位でその広告をクリックした。

清楚な見た目のゴスロリ服を着たキャラクターが登場する。誰かに似ている。

「おはこんばんにちわ〜!新人vtuberの滝沢ナナで〜す!私は元キャバ嬢で、このチャンネルでは男の落とし方、男の扱い方について解説していこうと思いま〜す!」

彼はその声に聞き覚えがあって、眉をひそめてしまった。

「男ってのはね。既成事実を作っちゃえばいいんです。先に結果を作っちゃう、それから原因を捏造すれば、男って本当にバカだから、それを信じちゃうんですよ!よく覚えおいてくださいね。そしてここからは男を落とせる女の子をいかに演出するか、です!」

その時、部屋の呼び鈴が鳴った。彼はまさかと思ったが、そのまさかだった。

「こんにちは、田井中です。中田さん!ちょっと一緒に出かけませんか?」

「出かけるって何?」

「いや、中田さんのことをもっと知りたいな〜って思って」

彼は昨日のことを釈明しようと、禅僧のような気持ちで彼女に付き合うことにした。アパートの外は太陽を反射する緑が眩しい初夏で、二人は桜並木の川沿いを石神町商店街に向けて歩いていた。彼女は暑いのに黒とピンクのゴスロリ服を来ていた。

「田井中さん、なんて言ったって、僕は君になんもしてないからね!」

「またまた〜。あんなにメチャクチャにしたくせに♡私中田くんのこと好きですよ。落ち着いてて大人っぽいです。」

「同じことを狩下くんにも言っていたそうじゃないか。正直君のことは全然信用できないよ。」

「そ・・・そんな嘘を信じるんですか・・・。ひどい・・・。」

彼女が急にグスグス泣き始める。道ゆく周りの人から注目されてしまう。

「分かった、分かったから泣かないで・・・。君の気持ちだけは分かったから。」

「じゃあ商店街でクレープ奢ってください!」

彼女はガバッと起き上がって、打って変わって獰猛な猛禽類のように僕の目を見つめる。

「う・・・わ・・分かったよ。」

「ありがとう!うれし〜!中田くん大好き!」

彼は彼女に甘える犬のように腕にくっつかれる。悪い気はしなかった。

「田井中さん暑いよ・・。離れてよ。」

「中田くんから離れたくない〜♡」

そのまま二人は商店街へ向かう。

「ああ、さとこちゃん、新しい彼氏かい?」

「うん、そうなの!とっても素敵な人なのよ!」

「さとこちゃん、お惣菜、サービスしようか?」

「ううん、今デート中だからいらない!でもありがとー!」

中田がびっくりしたのは田井中さんが石神町商店街の人達と仲良くなっている事だった。そんな彼女はとても人当たりが良く、引きこもりだった中田は肩身の狭い思いをした。

「あそこのクレープとっても美味しいんですよね〜。あま〜い!」

「はは、そうなんだ・・。」

中田は商店街のクレープ屋さんの一番値段の高い「ロイヤルストロベリーフレーバーアイスクリームクレープ」というクレープを買わされて、財布から5000円札が吹っ飛んでいってしまった。

「あそこの古着屋に入りましょー!」

「いや僕はちょっともう・・・。」

「ダメですか?」

彼女がおねだりポーズで、ウルウルした目でこちらを見つめてくる。周りの視線が痛い。

「いいよ、入ろうか。」

「やったー!中田くん大好き!」

彼女は一通り服を選んだ後、試着する。

「中田くん、この服どう?」

彼に女性の服のことなど分かるはずがない。

「いいんじゃない?」

「こっちのブラウスを合わせてみるのはどう?」

「いいんじゃない?」

「もー中田さん、ちゃんと選んでくださいよー・・・。つまんない男。」

「なんか言った?」

「いいえ、なんでもないですよ!じゃあ今度はこっち!」

彼は古着屋でもお金を払わされ、2万円が吹っ飛んでいってしまった。

「中田くんありがと〜!今日はとっても楽しかった!喫茶店に行って休みましょ!」

「いやもうお金が・・・。」

「早く早く!」

中田は流されるままにアンティークな雰囲気の喫茶スズランという喫茶店に入る。店内にあまり人は居なく、とても静かだった。彼女はその店で一番高いパフェを頼む。また払わせられるのだろうか?

彼女がパフェを食べながら、唐突に話し始める。

「中田さんにはたくさん付き合ってもらったから・・・。ありがとう、優しくしてくれて・・・。」

「そりゃどうも。」中田はちょっと怒っていた。

「だからちょっとだけ真面目な話。私、本当は寂しい女だから。本当は誰のことも愛せないのよ。」

「そりゃどういう・・・。」

「本当は商店街の人達とも、アパートの人達ともどう付き合ったらいいか分かんないの。だから表面だけ取り繕って、可愛い女の子を演じているだけなの・・・。そうでもしないと誰も私を見てくれないから・・。」

「そんなことないと思うけど・・。」

「ささっ湿っぽい話は終わりにしてパフェ食べましょ、はい、アーン。」

彼は促されるままにパフェを食べ、お代を払い、気づいたらラブホテルの前に来てしまっていた。もう夕方だった。

「中田くん、さっ入ろう!」

彼女は中田を引っ張ってホテルに連れ込もうとする。彼は抵抗する。客観的に見るととても滑稽だった。

「田井中さん、もう帰ろう、僕は君とホテルに入るつもりはないよ!」

「なんで、どうして??あんなに優しくしてくれたのに!」

「明日バイトあるし、別に僕は君のことが好きなわけじゃないんだ!!」

彼女の顔が、それまでつけていた仮面が剥がれたようになり、蒼白になる。あたりは静まり返り、ポツポツと雨が降り始める。

「そう、そうなんだ。じゃあ私まだやらなきゃいけないことがあるから、ここでお別れしましょ。じゃあね、中田さん。」

彼女はアパートとは別方向のネオン街にスタスタ歩いていく。彼は雨脚が強くなっていく中でびしょ濡れになりながら、一人アパートに戻る。財布の中身は空っぽだったが、彼女の心もなんだかそれに照応して空っぽのような気がした。彼は彼女のことに興味を持つようになってしまった。

翌日、中田はマスクをし、サングラスをし、深々と帽子を被り、出来るだけ悟られないように田井中さんを尾行した。彼女に惚れているわけでも、ストーカーでもない。なんだか彼女が繁華街でどんなことしているのかある程度予測がついていた。まるで子供の授業参観に出る親のように、彼女が心配なのだ。

石神町の南側にはちょっとした繁華街があった。歌舞伎町を小さくしたようなところで、夜はネオンがギラギラ煌めき、ホストクラブ、キャバクラ、コンカフェ、風俗店などが、所狭しと軒を連ねていた。彼女は夕方にホストクラブに入り、21時くらいに、なんだか平成に取り残されたかのような、冴えない頭の悪そうなホストと店を出てきた。彼女らはバーで飲みなおし、カラオケで2時間くらい遊んだ後、カラオケから出てきた。そしてその男は頬を叩けるほどの厚みの一万円札の束を彼女に渡した。彼女はその札束をペラペラ数えた後、じゃあねと言って踵を返した。その時だった。

「テメエ、散々俺を利用しといて、その上裏切りやがって!殺してやる!」

ナイフを持ったホームレスのような見た目の男が田井中さんに迫ってきた。ホストは天敵に遭遇した小動物のように逃げてしまった。その場が騒然となった。中田は走っていって、ホームレスと彼女の間に割って入った。

ブスリ!ナイフが中田の腹に食い込む。

「中田さん!?なんで!?」

「へ・・はは俺じゃない、刺したのは俺じゃない・・・この女が悪いんだ・・そうだ・・うわああああ!」

ホームレスのような男はそこから逃走してしまった。田井中さんが大丈夫?と中田を介抱しようとする。

「へへ・・。大丈夫だよ。こんなことになるんじゃないかと思って、身体の周りに布団を巻いてきたんだから。」

無傷な中田を見て彼女は安心したようだった。しかし表情はなんだか悲しそうだった。彼女は安心と悲しみが混じり合ったとても奇妙な顔をしていた。それを見て中田は笑ってしまった。彼女も少し笑った。

二人は深夜の公園のベンチに座って話す。

「もうこれで懲りたろ。男から金を巻き上げるのはやめた方がいいよ。」

「うん・・・。でも・・。」

「そんなに他人をコントロールしようとしない方がいいよ。自分の思い通りにならないから人間って面白いのだと思うよ。ううん、ごめんね偉そうなこと言って。」

「どうして中田さんは私に構ってくれないの?私がバカだから?ブスだから?性格が悪いから?」

「違うよ。僕がロリコンだから。」

彼女は呆気に取られて、放心状態になってしまった。そして二人は心を許せる友人のように笑い合った。

「私ってバカみたいね。バカみたいなことで頑張って、殺されそうになって・・・。おばあちゃんが今の私を見たらなんて言うか。」

「おばあちゃん?」

彼女がポツリポツリと自分の半生について話し始めた。

田井中さんは父親の顔を知らない。小さい頃の彼女は狭いアパートに一人お腹を空かせていることが多かった。母親は彼氏を取っ替え引っ替え作ってはしょっちゅう遊び歩いていたので、ほとんど家にいなかった。それを見かねた母方のおばあちゃんが、田井中さんを田舎に引き取ったのだ。

田舎にはだだっ広い畑以外何にもなかったけれど、田舎での祖母との暮らしは田井中さんにとって幸せだった。おばあちゃんは優しかった。どんな子供っぽい無理なことを言っても構ってくれた。学校でいじめられてもいつも味方だった。おばあちゃんが彼女の生き甲斐だった。でもおばあちゃんも魚のいない川のように貧しかった。一人分の年金からなんとか田井中さんの為のお金を捻出して、大学にまで行かせてくれたし、それでお金を貯めて、欲しいものを買ってくれたこともあった。けれど、おばあちゃんはいつもお腹を空かせていた。空腹は水を飲んで紛らわしていたのだった。

「私が成長したらおばあちゃんに絶対楽させてあげるからね。」それが田井中さんの口癖だった。しかし田井中さんが成人した前後におばあちゃんは死んでしまった。おばあちゃんの葬式に母親は来なかった。田井中さんはおばあちゃんの骨壷を抱きながら独りで泣いた。

母親の元に戻る気はないし、大学も卒業した彼女は、新宿歌舞伎町に入り浸るようになった。ネットカフェに住み、午前は運送のバイト、午後は生肉工場でバイト、きついバイトを繰り返し、夜はホストクラブに通うことになった。そこで推しのホストに出会った。彼は聖徒という名前で、ホストクラブの中でも中堅のホストで、彼女にはとても優しかった。アフターで一緒に飲み歩くこともあったが、彼は奢ってはくれなかったし、寝てもくれなかった。彼女は便利なatmとしてお金を払い続けた。なんだかお母さんとやってることがあんまり変わらないなと我ながら思ったりもした。でもそのうちに聖徒もホストを辞めて私と結婚して、お母さんとは違う、温かい家庭を作ってくれるのだろうかと思ったりもした。

彼女は必死で稼ぎ、夜は推しのホストに貢いで、もう身体はボロボロだった。もう自分を堕としてでも、風俗をやろうかなと思った時だった。彼が他の担当の女の子とのアフターの最中、乗っていたタクシーが横転し、二人とも事故死してしまったのだった。

田井中さんは目の前が真っ暗になってしまった。それなのにあっけらかんとしていた。背負い続けていたものがいかにアホらしいものだったのかが思い知らされた。彼女は生きること全てがくだらなく思え、その復讐として、バカなホストや男を利用して、金を巻き上げるようになった。中田もそのターゲットにされていた、そういうことらしかった。

中田は黙って彼女の独白を聞いていた。世間には外面の仮面からは思いもよらないような人生があるのだと思ったし、引きこもりの仮面の中でおろそかに人生を過ごしてしまった自分が恥ずかしかった。

「ごめんね中田さん。私もうこんなことやめる。」

「うん・・・。」

「おばあちゃん、今、私おばあちゃんに誇れるような私でいられているかな?」

「・・・。」

「私今日中田さんから学んだことがあるわ。」

「・・・それはなんだい?」

「人を愛するって、その人をコントロールすることじゃないんだって。ただその人を受け入れられればいいんだって。」

翌日中田がネットサーフィンをしてyoutubeを見ていると、vtuberの滝沢ナナが新たな動画をアップしていた。それは石神町商店街のお店をPRするもので、なんだか彼女自身もとても楽しそうなのが仮面の奥から伝わってきた。過去の動画は全て消えていた。中田は少しでも他人に影響を与えられたことが日曜日に浴びる日光のように嬉しかった。

「自分の魅力って、意外と自分では気づけないものですよ。」そんなことを昔誰かに言われたことを思い出した。


誰しもいつもは仮面をかぶっていますよね。でもそれが時に、お互いに取れて笑い合う。そういう瞬間もありますよね。

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