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有隣荘の住人達   作者: 小鳥のさえずり
第三章 有隣荘の新たな住人達
20/31

第20話 有隣荘の新たな住人達

6000字くらいです。ぜひ楽しんでいってください。

取り調べを受けた日の夜遅く、やっと解放された中田が家に帰ると、家は真っ暗だった。どうしたんだろう?もう寝たのかな?と彼はドアの前に立つ。鍵を回して入ると、真っ暗なリビングで椅子に座り、向こう側を向いたままの母が、無機物のように黙っている。

「どうしたの母さん、こんな真っ暗にして。」

「もう私、耐えられない。」

「え?」

「もう私耐えられないのよ、こんな生活!」

急に興奮した雌鶏のように激昂した母がテーブルをバンッと叩く。

「お父さんは死んじゃうし、もうすぐ年金暮らしなのに、息子は彼女も作らず引きこもって働かないし、その上世間様に迷惑をかけて、前科ありだなんて!」

「母さん・・・。」

「私、引っ越すことにしたから。」

「え?」

「この家売ることにしたから!来月からあなたは自分の力で生きてください。さようなら。」

「そんな・・・。ひどいよ母さん。」

母は情けなくグスグス泣き始める。

「ああ、情けない、情けない。知ってるのよあんたがロリコンで、それが人様に知れ渡って、それで引きこもりになったこと・・。でもまさか犯罪まで犯してしまうなんて、私は母親として情けないわよ。ああ、もう死にたい・・。」

「母さん・・・。」

「悪いけど、しばらく一人にしてくれない?私も心に整理がつかないのよ。」

母がテーブルに突っ伏してワーッと泣き喚き出す。中田はどうにも出来なくて情けない犬のように自室に行く。彼にはもう色々なことがどうでも良く思えるようになってしまっていた。このまま自分と一緒に世の中も終わっちまえばいいのにとも思った。彼はただpcの明かりに照らされた何もない暗い天井を眺めていた。そのうちブラックホールに吸い込まれるように、眠りに落ちてしまった。夢の中にあの高村さんが出てきた。彼女が「自分の魅力って、意外と自分では気づけないものですよ。」と言って天使みたいにこちらに微笑みかけてくる。そうかな。そうだったらいいね。

翌日中田は眠い目を擦りながら、部屋着のまま不動産屋に行った。見た目も長年の引きこもりで、朽ち果てた粗大ゴミのようにだらしないので、嫌な顔をされた。

「何かお仕事とかされてないんですか?」

「今は無職です。求職中です。」

「過去にやっていた仕事とか・・・。」

中田は少し悩んだ末に、何かを察した小鳥のようにパッとその場で思いついて、嘘をついてしまった。

「昔、アニメを作ってました!」

「それはどこかのスタジオで?」

「はい、アニメーションの原画を任されてました。」

中田は嘘をつくなら最後まで突き通そうと思った。どうせ失うものなど何もないのだ。もう後戻りは出来なかった。

「それならこちらの物件とかどうでしょう。」

中田は担当者の話をよく聞いていなかった。担当者によると、それはクリエイター向けというコンセプトの有隣荘というアパートだった。中田にとってはもう住めるところがあるのなら何でも良かった。屋根とベッドとパソコンがあればそれで十分だった。ぼーっとして心ここに在らずでいる間に、つらつらと説明を受け、あれよあれよという間に入居の日が来た。

「母さん、俺はもう行くよ。荷物も送ってもらったし。」

母は熱を出してベッドで寝込んで、夢遊病者のようにうなされていた。「う〜ん、お父さん、お父さん、・・・・。う〜ん。カズくんがね・・・。」

「じゃあ行ってきます。」

中田は少し泣いた。

最寄りの石神駅で降り、不動産屋にもらった地図で有隣荘に向かった。石神町は主に都心から少し離れたベッドタウンで、山の向こうに隣接する市には東京アミューズメントランドというたいそうな名前の寂れた遊園地があり、その低い山の上には石神高校という古くからの歴史がある何の変哲もない学校が建っていた。その他に特筆すべきことも、観光資源もなく、中田にはお似合いの寂れた街だった。

中田の目の前にあったのは、打放しコンクリートで、4階建てで、築五十年で、この街にお似合いのボロいアパートだった。

中田が扉を開けて入ると、20畳くらいの共有スペースがあった。広いテーブルと椅子が並んでいる他には何もない。そこに何人か住人が集まっていた。

「みんな〜!新しい住人が来たわよ!」

ボブヘアにメガネで、地味なファッションで、パソコンで何かしらのデザインをしている中年の女性が中田の元に寄ってきた。

「私は田中ミキ。とあるアニメ会社でキャラクターデザイナーやってます。よろしくね。」

「あ、はいよろしくお願いします。」

共用スペースでドラムスの練習をするホームレスのような小汚い格好をしたじいさんが話しかけてくる。

「おう、新入りか。俺は影山カゲロー、このアパートに住むさすらいの作曲家さ。あんた俺のバンドに入らないか?」

「は、はあ・・・・。」

角刈りでくたびれたシャツを着た初老の男性が干からびた腕のようなものを持ってこちらへ寄ってきた。

「君、これ買わないかい?幸運を呼ぶ宇宙人の手のミイラ!3000円!オーストラリアから取り寄せたんだ!」

「え、ええ・・・・。」

「みんな、いきなり寄ってたかって、彼が困っているじゃないですか。一人ずつ順番に自己紹介しないと。」

前髪がぱっつんで、全身一色のタートルネックでジーンズを履いた、30代くらいの男が手を差し出し来た。

「初めまして。僕はここのアパートの住人で、みんなからは宇宙人くんと呼ばれています。君にも気軽に宇宙人くんと呼んでほしい。」

「あ、ど、どうも・・・。」

中田は宇宙人くんと握手する。

「皆ごめーん、遅れたわ〜・・。商店街のおばちゃんと話し込んじゃって。」

20代くらいのマスクをかけ、水色のワンピースを着た女性がアパートに入ってきた。彼女は手にお酒や色々なお惣菜が入った袋を持っていた。何だか彼女が入ってきた瞬間、彼女から発した光で、この部屋全体が少しだけ明るくなった気がした。

「あれ、もしかして新しい住人さん?」

「そうよ。確か中田さんって言ったかしら。」田中さんが答える。

今アパートに入ってきたその女性はマスクを外す。中田はその見慣れた顔に、生まれたての赤ちゃんのように驚いてしまった。

「な・・・。七星ひかり・・・さん?」

「初めまして、中田さん?、その様子だと私のこと知っているみたいだけど、ここのアパートに私が住んでいることは秘密にしといてね、テヘヘ。」

「七星さん、前澤くんは?」

「なんか彼、でっかい魚を一尾買ってくるって言って、魚屋と交渉してましたよ。鰤だったけな、そんなの買ってどうするんだろう。」

「少年のことだから、見え張っちまってなあ。まあ日本酒には鰤だよ。それは間違いない。」

「前澤くん・・・。僕は今日の夜から遠野に行くからお酒飲めないんだけどなあ・・・。」

「中田さん。君のための歓迎会のために前澤さんが魚を捌くみたいですよ。ちょっと待っててくださいね。」

「は、はあ・・・。ありがとうございます。」

七星ひかりの登場にあっけに取られていると、黒いスーツにタートルネックを着た、黒づくめの長身で、眼鏡をかけていて、短髪の白髪の初老の男性が共有スペースに入ってきた。歳はもう50を超えてそうだ。

「こんにちは。このアパートの大家です。新しい住人さんの中田さんだよね。ちょっと話があるから、こっちに来てくれ。」

中田は言われるがままに共有スペースの奥の暗がりにある管理室に招かれる。中には掃除用具や監視カメラの映像を中継するモニター、ちょっとしたキッチンがあり、4畳半くらいしかないのにもっと狭く感じる。

「そこに座っていてくれ。」

大家さんは小さなキッチンで丁寧にお茶を入れる。狭い部屋で、二人で小さな椅子に座り、眉間と眉間がくっつきそうな距離感で向かい合う。

「中田さん、君の事情は聞いているよ。児童ポルノ禁止法の児童ポルノ所持で捕まったって。おおかたそれで実家を追い出され、ここに来たのだということも。」

「えっ・・・・。どうしてそれを・・・。」

「このアパートはどんな人でも入居できるものではないんだよ。僕は僕なりに入居者を選んでいるんだよ。そして僕は君にはその資格があるのだと思った。」

「資格・・・ですか?」

「そう、それは今の世の中から溢れてしまったアウトサイダーだということだ。今日、君の他にそういうアウトサイダーが5人入居してくる。僕は君を含めたその6人がこの世の中を変えていく起爆剤になってくれることを願っているんだ。」

「それってどういう・・・。」

「誰もが仲間はずれにならない、誰も置いてきぼりにしない世の中を目指すのさ。」

「誰か敵がいるんですか?」

「君も名前くらいは知っているだろう。サイバーステラ社。」

中田はその名前を聞いて、自分の心の奥の闇から湧き水のように自然に込み上げてくる怒りを感じた。

「彼らは今度この石神町にも大きなショッピングモールを作るみたいだ。何とか地元の人で成り立っている石神町商店街もそれによって潰されることだろう。だから当然僕らもサイバーステラ社に命を握られることになる。あらゆる商品、食料品や電化製品や衣料品を購入することによってその購買者がどんな性格なのか、どんな趣味を持っていて、どんな家族構成で、どこに住んでいて・・・。それらが全てネットに繋がり、サイバーステラ社に筒抜けになるわけだ。僕はそんな気持ちの悪い世の中はごめんなのでね。それでサイバーステラ社に抵抗する為に君らの力を借りたいんだ。」

「力を借りるって、・・・・。どういう・・。」

「君らの力を使って町おこしをするのさ。」

二人が共有スペースに戻ると、パーティ会場がだんだんと出来上がっていた。天井からはいつの間にか用意されていた、ようこそ有隣荘へというお手製の垂れ幕がかかり、テーブルにはどこから持ってきたのか大量のお酒やおつまみが並べられ、さっきは居なかったメンバーが工場のレーンに流れてくる既製品のように横並びに5人、椅子に座っていた。ただ皆とても個性的だった。

椅子からはち切れんばかりに贅肉が垂れている坊主頭の男。手には巨大なポテトチップスの袋があり、バリバリとそれを草食動物のように食べている。彼と話す、ガリガリで牛乳瓶の底のような厚い眼鏡をかけた男。

「あのね、コロナウイルスっていうのは、シナの武漢研究所から意図的に散布されたものなんだよ!その陰謀には朝鮮人の工作員も絡んでいてね、実は日本はスパイ天国なんだ!だから日本社会から朝鮮人の生活保護受給者を締め出さないといけないんだ!」

「むー・・・。」

その横には少し離れて、長いツインテールでピンクのメッシュの入った、黒とピンクのロリータ服を着た暗い顔をした美人の少女が、彼らに対してゴミムシを見ているかのような嫌悪感を顔に浮かべて、誰かに小声で電話をかけている。

「まぢ最悪〜、何ここのアパート、変態しかいないんですけど・・・。ねー今度はアフターいいでしょ。アタシももっと頑張るから!アタシのこと嫌いにならないでね♡」

「こいつらと一緒には住めないね!人間の屑しかいないじゃないか!怠け者しかいない。ところで君はどこの大学を出ているんだい?」

七三分けで、ぱっと見小綺麗でまともそうな20代くらいの青年が急に立ち上がって、地雷女子に話しかける。

「え?国分寺大学ですけど・・・。」

「はは、国分寺大学?偏差値40くらいじゃないか!やっぱりここには怠け者しかいない!僕は京都大学の工学部出てるんだぜ。お前らより圧倒的に努力してきたんだ!これから僕には丁寧語を使ってくれ!当然の努力の対価だ!」

「は、はあ・・・・。」

「偏差値、偏差値うるさい!そんなものワシの創造性の前には無力なのだよ!」

「なんだジジイ!」

禿げ上がっていて、みょうに頭の大きい、白衣を着た老人がテーブルの上に複雑な金管楽器のような謎の機械を置いてガチャガチャいじっている。

「この機械によって、我々人類は宇宙人からの頭脳に対する電波干渉からやっと解放されるのだ!やっと地球人が平和のもと、愛と平和によって連帯できるようになるのだ!偏差値など広大な宇宙の前では何の意味も持たんのだ!1000年後の地球で誰が偏差値など気にするものか!」

七三分けの青年が変人の老人に侮蔑の視線を送る。

中田はあれよあれよという間に大変なところに来てしまったと感じていた。もっと事前に色々考えておけばよかったと反省した。

「みんなお待たせ〜!大きな鰤ですよ〜!」

共用スペースに前澤が入ってきた。片方の手には巨大な魚を持ち、もう片方の手には日本酒の一升瓶が握られている。前澤と中田は運命の糸に導かれたように目線が合う。中田は「引き子の神隠し」のファンだった。

「前澤友平・・・。先生・・・。」

「もう遅いよ〜。前澤くん。新しい住人さんもう揃ってるわよ。」田中さんが何もなかったかのように前澤に話しかける。

「前澤くん、僕は今日の深夜から遠野に行くからお酒は飲めないよ。でも飲みたいな〜。いいな〜。」

「おう少年!鰤にはやっぱり日本酒だ!少年が捌いてくれるのかい?」

「僕も手伝いましょうか。」宇宙人くんが前澤に手を貸す。

「ありがとう。」

「さあ、パーティを始めましょう!」七星ひかりの号令で、共有スペースがさらに光を放ち始める。

中田はとんでもないところに来てしまったと感じていた。

 パーティーはカラオケや、ビンゴ大会、前澤の鰤の解体ショーなどを経て盛り上がっていたが、新しくアパートに住む面々はお互いに距離をとって、不機嫌な犬のように押し黙っていた。

「そうだ新しくアパートに入居する人達に、とりあえず自己紹介してもらおうか。」酔っ払った前澤がけしかける。

「いいわね。そうしてもらいましょ。ささ、皆並んで、並んで。」

中田を含めて面々がテーブルの前に並ぶ。なんとなくサーカスの見せ物小屋のような感じだ。

さっきの地雷女子がまず自己紹介する。

「田井中さとこです。よろぴ。」

「ムー。」肥満男は何か事情があって、喋れないのだろうか?

「狩下真面目だ!この中にチョンは居ないだろうな。チョンはお断りだ。」

ガリガリのこの男は多分ネトウヨなのだろう。

「七福甚太だ。みんな俺には敬語を使うように。」

七三分けでパリッとしたシャツを着たこの青年は品が良いんだか悪いんだか。

「初目楽太郎だ。わしの発明の邪魔だけはしないでくれ。以上!」

発明をする?こと以外よく分からない老人である。

中田は自分の番が回ってきたので自分の正体を知られないように挨拶する。

「中田です。アニメ作ってます。よろしく。」

さっきまで騒がしかった会場がシーンと静まり返ってしまった。部屋の隅で大家さんが必死に笑いを堪えている。

「ささっ中田くんも飲んで飲んで!」前澤が中田のコップに日本酒を並々と注ぐ。

「あ、ありがとうございます。」

なんだか不可解な夜は更けていく。


久々に前澤を含めた有隣荘のメンバーに出てきてもらって、また新しい住人さんにも出てきてもらいました。物語はまた彼らの住む有隣荘にて起こります。

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