逃がすもんか!!
息抜きに書き貯め放出。
前も紗央莉さんの話です。
「おい...」
目の前で固まる政志。
まあ分かるよ。
そりゃいきなり自分のベッドに幼馴染みが下着姿で迫って来たらね。
「話を聞いてくれる?」
「は?」
とにかく訳を説明しよう。
これにはちゃんと理由があるのだから。
「1ヶ月前に思い出したの、前世の記憶を」
「前世の?」
「そうよ」
それは突然だった。
余りの衝撃に頭がおかしくなったのかと思った。
しばらくお婆ちゃん言葉が抜けなかったし。
「前世私の人生は不幸だった」
「何の話だ?」
「良いから聞いて」
「はい」
黙って聞いてね。
仰向けの政志に伸し掛かる姿勢で、自分の両手を置いて顔を近づける。
この真剣な目を見て欲しい、決して冗談なんか言わないんだから。
「私は大正15年、町一番の商家に長女として生まれた」
「大正15年?」
「そうよ、96年前ね」
懐かしくも悲しい記憶。
大きく息を吸い込み、私は自分の前世に起きた出来事を話始めた。
「私には優しい両親と八歳下の可愛い妹が居た。
店はいつも賑わい、沢山の奉公人が居て何不自由なく暮らしていたの」
「へえ~」
それがどうしたって顔ね、まあ良いわ。
「長女の私は両親から特に可愛がられて、欲しい物はなんでも買い与えてくれた。
昭和になって15歳の私に縁談の話が来る様になった。
我が家には跡取りとなる男の子が居なかったので、婿養子を取る必要があったから」
「婿養子か、大変だな商家ってのは」
「まあね、結構な大店だったから」
「で?」
よし、食いついて来たわね。
「そんな訳で決まった縁談。
両親が選んだ相手は、同じ町内に住む山内家の次男、政さんよ」
「政志?」
「そうよ、山内政、政の一文字でまさし」
「同姓同名か、偶然だな」
「うん」
名前だけが偶然じゃない、これからが本題だ。
「続けるね」
「はいよ」
「政さんとは同い年で幼馴染みだった。
でも政の家は普通の勤め人だったから、家柄を煩く言う周りの親戚も居たわ。
だけど成績優秀で人柄も素晴らしい政さんとの縁談に両親は反対の声を封じ込めたの」
「そんな素晴らしい人だったんだ」
「ええ、容姿もね」
「完璧人間だな」
全く政志の言う通り。
近所の若い娘達はみんな政に夢中で、いつ取られるか、気が気じゃ無かった。
「私が両親に頼み込んだの」
「それって?」
「昔から政が大好きだったからね。
彼以外の人とは結婚したくなかったから」
「ほう...」
「縁談は無事に纏まって、結婚はお互いが18歳になってからと決まった」
「三年後か」
「仕方ないわ、まだ15歳だったから」
「確かにな」
本当は早く結ばれたかったが、さすがに出来なかった。
いや、政と来たら手さえ殆ど握ってくれなかったんだ。
いつも私の方からで、接吻なんか夢のまた夢、思い返しても無念だ。
「私は全てを手に出来ると思っていた、でも戦争が全てを狂わせたの...」
「戦争?」
「そうよ、太平洋戦争」
「ああ、確かにな」
1941年に始まった太平洋戦争。
それでなくても日本は既に大陸で戦争をしていたのに。
でも私は戦争の趨勢より、政さんとの結婚の方が気がかりだった。
「で、どうなった?」
「私は政さんと結婚出来なかった...」
「どうして?」
「貴方が徴兵されたからよ」
「俺じゃないだろ」
戦争が泥沼の一途を辿っていた昭和19年、遂に恐れていた事が起きた。
学徒動員だ。
当時帝国大学に通っていた政志さんも遂に徴兵されてしまったのだ。
「更に不幸は続いた」
「それは?」
「昭和20年に家が空襲で焼けてしまったの」
「空襲?」
「うん」
あの恐怖は脳裏に焼き付いている。
燃え盛る炎から逃げ回った。
幸いにも家族は全員無事だったが、店や自宅は全て灰と化してしまった。
家や財産だけじゃない、政との思い出の詰まった写真や手紙、プレゼントも全部...
「泣くなよ」
「うん...」
そっと政志は私の頭を撫でてくれた。
「政はどうなった?」
「無事に帰って来たわ」
「そっか」
ホッとする政志だけど。
「昭和23年にね」
「どうして、終戦は昭和20年だろ?」
「抑留されてたの」
「抑留?」
「そうよ」
政の消息は掴め無い。
何しろ戦後の混乱期、戦死通知が来ていたのに、実は生きていたなんて話も 珍しく無かった。
その逆もだが...
「でも無事に帰って来たんなら、なんで結婚しなかったんだ?」
そうよね、当然それは聞くだろう。
いよいよ話は佳境に入るんだ。
「...その時、私は結婚していた」
「え?」
「昭和21年にね、知り合いからの薦めで」
「...待てなかったんだ」
「待っていたかった!
絶対に政さんは帰って来る、そう信じてたんだけど...」
「...紗央莉」
私の涙が政志の顔を濡らす。
政志は黙って私を見詰めていた。
「店を再建するためよ...
相手は金持ちでね、私より20歳も年上だった」
「41歳か...」
「そう、親子ほども年が離れていたわ」
「そりゃ辛いな」
「...うん」
本当に辛かった。
男は闇市で財を成した戦後成金、いつも酷薄な笑みを浮かべ、妾を数人囲っている好色な奴だった。
「そいつの持参金で店を再建して、妹も無事に上の学校へ進む事が出来た」
「そっか...」
愛の無い打算に満ちた結婚生活だった。
奴の目当ては私の実家、名家の娘を嫁にして自分の名声を高めたかっただけ。
家の為と、どれだけ諦めようとしても、諦めきれなかった。
でも私の貞操は無理やり奪われ、夫婦生活は苦痛でしか無かった。
「そいつとの結婚生活は5年続いたの」
「五年?随分短いな」
「殺されちゃったのよ」
「殺された?」
「うん、経営していた闇金の客にね」
「ありゃま」
呆気ない最後だった。
急を聞いて駆けつけたら、奴は頭をピストルで撃ち抜かれて死んでいた。
そういえば涙も出なかったっけ。
「てな訳よ、その後私は70歳まで生きたの。
子供も居なかったから、再婚をしたらと周りから言われたけど、そんな気持ちになれず結局一人寂しい人生だった。
だから今回は譲れないの」
「何が?」
「あなたと結婚する事に決まってるでしょ」
「...あのな」
「もう後悔したくないの、だから」
「いや、ちょっと待てよ」
「どうして?政志は私と結婚したくないの?」
「そりゃいつかは、な?」
「いつかって、いつよ?」
「それは...成人してからとか」
「なら問題無いわ、私達18歳だし」
「なんで焦るんだ?
その、前世の政さんにも悪いだろ?」
「ああ、そう言う事か」
それなら大丈夫。
「政は貴方なの」
「はい?」
「だから、政さんも転生してるのよ、山内政志として」
「いや待て!」
政志ったら、そんなに感動しちゃってて...
「俺にはそんな記憶無いぞ!!」
「まあ当然よね。
普通生まれたら、前世の記憶は消えちゃうし」
「俺と別人かもしれないだろ!!」
「それは無いわ、政志の魂は間違いなく政の物だから」
「なぜ分かる!?」
「見えるからよ」
「見える?」
「うん、私には見えるの。
貴方が政の生まれ変わりだって」
これは本当なんだ。
私が前世の記憶を思い出した時、政志の顔に政さんの顔が浮かんで来た。
これは説明の仕様が無い真実。
「信じられないよ...」
「まあ当然か」
さすがに信じろとは無理がある。
でも信じて貰わないと。
「だから早くね?」
「だから、なんでそんなに焦るんだ?」
「聞きたい?」
「そりゃそうだろ」
「仕方ない」
これは言いたく無かったが。
「復員した政は私が結婚したと聞いて悲しんだ」
「へ?」
「前世の話よ」
「おお、ややこしいな」
私もややこしいが続けよう。
「そんな政を励まし、支えた女が居た。
二人は結婚して、子宝にも恵まれたわ」
「そりゃ良かった」
「良くない!!」
ちっとも良くない!
その辺の女に取られた方がまだ諦めもついたのに!!
「落ちつけよ、政は救われたんだろ?」
「まあね、政はその女と力を合わせて家を再興したわ...私の実家をね」
「なぜ政が結婚した相手とお前の実家を...まさか?」
気づいたか、そのまさかなのよ。
「相手は私の妹...美愛よ。
美愛はずっと政が好きだったんですって、結婚するって時は驚いたわ」
「おい、美愛ちゃんはまだ10歳だぞ」
「それは現世の、前世の美愛よ」
「...そんな嘘だろ?」
「だから、美愛も転生したのよ!
また私の妹として!」
「んな馬鹿な!」
「本当なの!!」
あいつったら、私のお陰で学校も出たのに、ちゃっかり政と結婚決めたんだ。
あの時は一応祝福したけど、本当はハラワタが煮え繰り返る気持ちだったわ。
「その...美愛ちゃんにその記憶は?」
「無いわ」
「そっか...」
なんで複雑な顔をするの?
「まさか今回も美愛と結婚したいとか?」
「そんな訳あるか、俺はロリコンじゃねえ!!
美愛ちゃんもその気も無いだろ!」
「あるわ」
「な...」
「美愛、いつも言ってるの。
政志兄ちゃんが好きって」
「それは子供の感情だろ」
「甘い!!」
それは甘いわ。
だって私は小一から政志が好きなんだから。
「だからもう猶予は無いの」
「お...おい」
「覚悟なさい政志」
ゆっくりと政志を抱きしめ、後は...
「ちょっと待った!!」
突然部屋の扉が開く。
そこに居たのは...
「み...美愛」
「人の旦那に何してるんじゃ!!」
「は?」
「まさか...」
「いくら姉でも許さん!
今回も政は私のもんじゃ!!」
「間違いない、美愛も前世の記憶が」
「だったらどうしたと言うんじゃ?
政はワシ以外と結婚したらいかんの?」
「冗談じゃないわ!今回はワシのもんじゃ!」
こうして姉妹の戦いは始まったのだった。
「どこに行くのじゃ政志?」
「アンタはここに居なさい!」
「...はい」
逃げようとした政志を呼び止めると、小さな声で項垂れていた。
絶対に逃がさないんだから。