王国宰相たる吾輩、冒険者への課税について真剣に検討する
「吾輩は王国宰相である。名前はもちろんあるが、この際どうでもよかろう。宰相閣下と呼ぶがいい。
さて、吾輩が目下のところ頭を悩ませているのは、王国の税収入をいかにして増やすか、ということだ。何せ、諸般の理由により王国の財政は火の車だからな。
しかし、中々良い考えも浮かんで来ぬ。ここは相談相手を呼ぶことにしよう。
というわけで、秘書ちゃんカモン!」
「異世界でも『カモン』て言うのか問題……はまあ置いといて。ご紹介に預かりました秘書ちゃんです。自分でちゃん付けするのがちょっぴり恥ずかしい二十五歳。
本名は、『天井 千糸 』と申します」
「そしてあたしはぁ、この世界の管理者たる叡智の女神『ソフィア』の分身にしてチイトの守護者。その名も『フィアちゃん』フィア」
「出たよ……。どうでもいいけど、その語尾に“フィア”って付けるのあざとくない?」
「しょうがないフィア。話者が三人になると誰がしゃべってるのかわかりにくくなるんで、苦肉の策フィア」
「誰に向かって話してるんだか。あと、あんたは他の人間には見えないし声も聞こえないから、端から見ると危ない人みたいなんだよね……」
「自己紹介は済んだか? では早速だが、王国の税収増加についての案を出してもらいたい。異世界からの来訪者であるそなたなら、何か奇想天外な知恵もあろう」
「奇想天外言うな。ええまあ、大学卒業して二年ほど会社勤めした程度の経験しかない私ですが、こっちの世界に来てみて、色々思うところはあります。
でもねぇ、一朝一夕に変えてしまえるものでもないでしょう?」
「それはそうなのだがな。とにかく案を出すだけでも出してみてはくれまいか」
「はあ、わかりました。それで、具体的にどんな層の人たちに税を課そうといったお考えはお有りなんですか?」
「うむ。今考えておるのは、冒険者どもから税を取ることはできないだろうか、ということだ」
「それはまたピンポイントな……。何でまた?」
「あやつら、底辺の連中はともかく、ある程度以上の実力者は結構稼いでおるからな。一人いくらの人頭税しか取らぬのはもったいなかろう。
そなた自身、こちらに来てしばらくの間は冒険者稼業で食いつないでいたと聞くし、何か良い考えはないか?」
「なるほど。そう言えば払わされましたね、人頭税。当時はまだまだ収入も少なかったんで、厳しかったですけど。まあそれはそれとして。冒険者がどれだけ稼いでいるか把握して、それに応じて課税するとか、実際は不可能でしょう?」
「うむ。以前聞いたが、そなたが元居た世界でいうところの“ショトクゼイ”なるものは、まだまだこちらで導入するのは無理であろう」
「そりゃそうフィア。所得税の導入なんて、チイトがいた世界でもだいたい十九世紀に入ってからフィア」
「ですよね~。てか、さすがは叡智の女神の分身。他の世界のことまで知ってるんだ。
まあ、元の世界で読んだファンタジー系ラノベとかだと、IDカード兼万能端末的なギルドカード――ギルドでどんな仕事を請け負って魔物を何匹狩って報酬はいくらで、とか全部管理できるようなのがあったりしたんだけど、ここにはそんなのないしね」
「チイト、それファンタジーやない、ゲームフィア」
「フィア、それは言わないお約束。でも、ああいうのがあれば、冒険者がいくら稼いだかも把握できるわけで、所得に応じた課税もできそうだよね」
「実際、数ある並列世界の中にはそういう税制が存在する世界もあるフィア」
「マジで!? やな世界だなぁ。
まあそれはそれとして、じゃあどうするかですが……。ああ、そう言えば、冒険者と依頼者の間の契約って、基本的に口約束でしたよね?」
「うむ。そのあたりはむしろ経験者であるそなたの方が詳しいかと思うがな」
「ま、そもそも冒険者で読み書きができる人自体、多くはなかったようだし、契約書なんて交わすはずもないか」
「そういうことフィア。まあでも、魔法の修得が口伝えだけでは難しい関係上、チイトの世界が中世だった頃よりは識字率は高いはずフィア」
「そういう事情もあるのか。でもいずれにせよ、基本は口約束で、後になって報酬の額で揉めたりはしょっちゅうだったみたいなんだよねぇ。ギルドも、あまり揉め事を起こすようなら冒険者資格を剥奪するぞ、と脅すだけで、揉め事自体には介入しないし……。
ねえ、宰相閣下。冒険者ギルドでの依頼者と冒険者との争いを、役所で仲裁することって可能ですか?」
「そうだな。現状ではわざわざ訴えて出るような者自体多くはないが、可能ではあろう。……何か思いついたのか?」
「ええ、まあ。冒険者ギルドに働きかけて、依頼ごとに紙の契約書を交わすようにしてもらい、揉め事が生じたら役所に訴え出ることができるようにする、というのはどうでしょう?」
「話が見えぬな。そもそも、これは税収を増やす話ではなかったか? 役所の仕事を増やしてどうする」
「その契約書に収入印紙を……いや、この世界じゃそもそも紙自体が貴重品でしたか」
「そうフィアね。聖暦751年、“絹の国”と“一千一夜の国”が争ったタコス河畔の戦いで、敗れて捕虜となった“絹の国”の兵士の中に紙職人がいて、それをきっかけに製紙技術が大陸の西の方へも伝わり始めたフィア。この辺りに伝わって来たのは百年ほど前になるフィア。この国でも官営の製紙工場が建てられてるし、貴重品ではあるけどそれなりの供給は可能フィア」
「そ、そんな歴史があったんだ。
それじゃあ、冒険者ギルドでの契約は王国政府が販売する専用の紙を使って契約書を作成する、契約内容の金額に応じて、使用する紙にランク付けをする。でもって、その契約を巡って揉めた場合は、王国の名において仲裁する、というのはどうでしょうか。
ああ、何なら、冒険者ギルドだけじゃなく商人同士の取引にも応用できるかも」
「なるほど。面白い考えだ。しかしそうなると、揉め事を持ち込まれる件数が増えて役所が大忙しになりそうな……」
「そりゃあ、何もせずに税収だけ増やそうってのは甘いでしょ。働け」
「いや、それで仕事が増えた役人たちから恨みを買うのは吾輩なんだが……。まあよいわ。他には何かないか?」
「他に、ですか……。ああそうそう、冒険者ギルドと言えば、冒険者が狩った魔物の素材を買い取ってるわけですが、あれの取引ってもちろん税金はかかってませんよね?」
「そうだな。冒険者ギルドが買い取って各種職人ギルドや魔道士ギルドに卸している素材から上がる莫大な利益、どうにかしたいのは山々なのだが、そう簡単に手を突っ込めるものではないのだよ」
「そりゃまあ、利権ガチガチなんでしょうけど……。あ、根本的なこと聞いていいですか? そもそも、何で魔物の駆除は民間任せなの? 騎士団とかがやればいいのに……、って、何言ってんだこいつみたいな顔しないで!」
「仕方ないフィア。中世以前の社会は基本的に自力救済。犯罪者を裁くのだって、被害者やその一族が自分たちでとっ捕まえて来てはじめて、コミュニティの長とか領主様とかが裁いてくれる、なんてのも当たり前フィア。領主や王が民の安全に責任を負うなんてのは、近世以降、下手すりゃ近代に入ってからの考え方フィア」
「うう、もうやだ中世。早く元の世界に帰りたい……」
「もう少しの我慢フィア。あたしの本体が目下そっちの世界の管理者と交渉中だから、そのうち帰れるはずフィア」
「と言われて早一年なんですけど? そもそも、次元の割れ目が生じて私が落っこちちゃったのってソフィア様の責任ですよね!? 早くなんとかしてもらえません!?」
「あ~、秘書ちゃん。何やらソフィア女神の分身とやらと口論しているっぽいが、端から見てると危ない人だぞ」
「うぐっ! そうだった。フィアの姿も声も、他人は感知できないんだった。
えー、気を取り直しまして。魔物の素材はギルドが買い取る、と言っても、絶対にギルドに売らないといけないわけじゃあないんでしたよね?」
「ああ。それについては、一時期冒険者ギルドが独占していたのだが、買い手である各種ギルドから強い反発があってな。時の国王陛下自ら裁定され、冒険者ギルド以外への直接販売が認められた。とは言え、一々買い手と交渉するのは面倒だからと、多少安く買い叩かれてもギルドに売る冒険者がほとんどだがな」
「なるほどね。それじゃあ、まずは騎士団がちょっとずつでも魔物を狩るようにして、得られた素材を売却するという名目で公設市場を作ってみては?」
「ほう、その市場で、一般の冒険者からも素材を買い上げるようにして、少しずつギルドの独占状態を解消していく、ということか。しかし……冒険者ギルドの猛反発は避けられまい」
「ま、既得権益に手を突っ込むとなれば、反発は不可避でしょうからね。
じゃあ、まずは有力な冒険者を何人か、騎士団が魔物狩りをするにあたっての指南役とかいう名目で王国が優遇して、何なら一代きりの爵位とかでも与えてやって、囲い込むというのはどうでしょうね。あと、冒険者ギルドに対しても、別の面で何か優遇策を講じて懐柔する、とか」
「中々悪知恵の働く奴よな。嫌いじゃないぞ」
「悪知恵言うな」
「後は、騎士団側からも反発が来そうだが……」
「何言ってるんですか。そこを何とかするのが宰相閣下の腕の見せどころじゃないですか」
「うぬぅ……まあ良いわ。案の方向性としては悪くない。検討するとしよう」
「じゃあ、私の出した案が採用されたら、金一封とか出ます?」
「ああ、考えておこう」
「やったー!」
「でその後どうなったかって言うと……」
「何事も前例遵守の中世社会がそんなに簡単に変わるはずないフィア。お疲れ様フィア」
「え~? じゃあ金一封は?」
「一応、宰相閣下から労いの品は届いたフィア」
「いやいやいや、子豚一頭もらってどうしろと!?」
「そりゃあ、育てて美味しくいただくフィア。この世界じゃ大御馳走フィア」
「もうやだ中世社会」
おあとがよろしいようで。ちゃんちゃん♪