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その8 網の目
定期を落とした
半年の定期で
半分しか使ってなかった
女房には秘密にした
自分が嫌悪された
風呂に入って考えた
明日になれば
拾った人から連絡が入るかも
人間は信ずべき存在では
〈そんなことあるはずがない〉
という囁きを聞きながら
翌朝出勤すると
落とした定期が
机の上に置いてあった
不思議なものを見るように
何度もそれを眺めた
得をしたような
充実した気分になった
その日は一日幸福だった
それから九日して
今度は財布を落とした
同じ駅のホームに
現金の入っているものだから
今度こそは観念した
が
腹立ちまぎれに
駅に問合わせると
財布は届けられていた
人間の善意の網の目に
定期と財布は落ち
すくい上げられてきた
私の迂闊さについては
何をか言わんやだが




