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その26 ばあさん
ばあさんは石段を上る
十三年
職場に続く
百段を越す石段を
職場の料理屋まで
毎日
歩いて通う
丈夫やねー
“うちは歩くのが体にいいんよ”
若い頃
行商をしていた
担ぐ荷の重みで
足が曲がってしまった
ばあさんは食器を洗う
汚れた食器が
際限もなく流れてくる
狭い固い肩
その向こうに首を落して
ばあさんは食器を洗う
時々つまみ食いに
口を動かしながら
七時間余り
座ることがない
“七十までは働かせてもらう”
ばあちゃんビールがあるよ
栓を開けただけで
下がってきたビール
仲居がばあさんに渡す
“仕事が済んだ後の一杯
ちょっと飲むのがおいしいんよ”
下がってきた食器に
手つかずに残った料理
ばあさんは取りのけておき
仲居にすすめる
仲居の動きがとまる
経営者は小言を言う
ばあさんは神妙に聞いている
二、三日経つと
また同じことをする
深夜
ばあさんの仕事は終わる
食器はすべて
棚に静まる
ばあさんは腰を伸ばし
うまそうに煙草を吸う
電灯の光の下で
灰白の眉が伸びる
持ち帰る料理を
ビニール袋に詰め
何度か頭を下げ
左右にきしみながら
送りの車に乗りこむ




