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坂本梧朗詩集  作者: 坂本梧朗
Ⅰ 第一詩集『帰郷』  1979年刊
20/133

その20 成育

その人は髪が長く色白だった

面長だったけどふっくらとしていた

大柄で寡黙だった

しかし話す時は生き生きと話した

きりっとしていた

詩を書く娘だった


知り合って半年が過ぎていた

僕がその人の美しさに

気づいた時には


息も凍りつく朝

僕はその人の街へ発った


たどり着いたバス停で

見あたらぬ姿に戸惑う僕に

背後から静かに寄り添ったのは

北風に頬染めたその人


何を話したろう

唇は忙しく動き

二人は街を歩いた

あのちぐはぐな家並

なつかしいU市を


北風に追われて入った

素人絵を飾った喫茶店

向き合って座れば

オーバーの裾を気にするその人

白いリンゴ形のブローチ一つ付けた

紺色のオーバーが

どんなに(すが)しく見えたろう


時折逸れる

切れ長の目に

その人の照れを

僕は知った

それは僕のときめきだった


浮かんでくる

その優しい語り口

今も僕の耳許で

囁き続ける


スーパー前のレストラン

窓際がいい

人の往来を見るのが好き

ふとその人が言った言葉に

窓際に座った僕ら


おしぼりを広げてはたたみ

また広げてはたたみ

それでテーブルの上を拭き

そしてまた拭きながら

その人は話した

おしぼりを包んだビニールを

細かく裂き

さらに裂き

灰皿の上に並べながら

その人は話した

僕はそれを結え

長い紐を作った


別れの時

何か重いものを押しやるように

その人は下を向いて手を振った

さよなら

僕は詰りながら

ん、また

二、三歩歩いて

素早く振り返り

去っていくその人の

ふっくらした後ろ姿の

ふくらはぎの隆起を

僕は盗み見た


帰りのバスの

窓の外には

待ちわびた春が

流れていた


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