その20 成育
その人は髪が長く色白だった
面長だったけどふっくらとしていた
大柄で寡黙だった
しかし話す時は生き生きと話した
きりっとしていた
詩を書く娘だった
知り合って半年が過ぎていた
僕がその人の美しさに
気づいた時には
息も凍りつく朝
僕はその人の街へ発った
たどり着いたバス停で
見あたらぬ姿に戸惑う僕に
背後から静かに寄り添ったのは
北風に頬染めたその人
何を話したろう
唇は忙しく動き
二人は街を歩いた
あのちぐはぐな家並
なつかしいU市を
北風に追われて入った
素人絵を飾った喫茶店
向き合って座れば
オーバーの裾を気にするその人
白いリンゴ形のブローチ一つ付けた
紺色のオーバーが
どんなに清しく見えたろう
時折逸れる
切れ長の目に
その人の照れを
僕は知った
それは僕のときめきだった
浮かんでくる
その優しい語り口
今も僕の耳許で
囁き続ける
スーパー前のレストラン
窓際がいい
人の往来を見るのが好き
ふとその人が言った言葉に
窓際に座った僕ら
おしぼりを広げてはたたみ
また広げてはたたみ
それでテーブルの上を拭き
そしてまた拭きながら
その人は話した
おしぼりを包んだビニールを
細かく裂き
さらに裂き
灰皿の上に並べながら
その人は話した
僕はそれを結え
長い紐を作った
別れの時
何か重いものを押しやるように
その人は下を向いて手を振った
さよなら
僕は詰りながら
ん、また
二、三歩歩いて
素早く振り返り
去っていくその人の
ふっくらした後ろ姿の
ふくらはぎの隆起を
僕は盗み見た
帰りのバスの
窓の外には
待ちわびた春が
流れていた




