その32 文弱 本の中の人生
文弱
生活の資を得る仕事のほかに
文学という仕事を抱えて
限られた時間を
やりくり算段
休むこともできず
文事に旋回する
プロペラ頭
神経は細くなり
針が落ちても
大振動
地面から浮き上がった足
腰が据わらぬ態勢のまま
憂き世の憂さとご対面
情けないほどオタツイテ
気持を一気に切迫させ
パクパクと
呼吸困難の口を開け閉め
〈落ち着け、慌てるな〉
座右の銘を担ぎ出す段にいたれば
文弱とはこのことと
いまいましく舌打ちする
本の中の人生
乗り継ぎの列車を待つ
苦痛な時間も
本を開けば
消し飛んでしまう
まこと
本の中の人生を
生きたのか
本は「理想」と「現実」を告げた
「理想」は本の中にあった
その目映さに目を奪われ
周囲の人の顔なども
よくは見なかった
その光芒を
ひたすら追いかけ
周囲の出来事は
窓外を流れる風景
に異ならなかった
青春は
本の中でこそ持続したのだ
本が指し示す
夢の眺望のなかでは
一生は世界への
束の間の関与でしかない
このショートステイで
何を為す?
夢の
ほんの一齧り