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4.卒業写真のその先で(1)

 店で流れていたのは昔懐かしい歌だった。革表紙の卒業写真なんて、今も渡されているんだろうか。

「で?」

 しばらく黙ったまま聴いていた俺は、業を煮やして目の前でアイスティを吸い上げる典代を促した。

 周一郎から、高多と河本が会っていて、それも一度や二度ではなく親密に話し込んでいたと言うあまり嬉しくない話を聞いた次の日、この間の三人娘の1人、典代から呼び出しを受けた。話し忘れてたことがあるんだけど、と典代は誘うようにことばを区切り、俺はまんまと乗せられて、彼女に真冬のアイスティを奢る羽目になっていた。

「うふ」

 典代は茶縁のまん丸眼鏡の奥で、意味ありげに瞬きし、眼を細めて笑った。

「聞きたい? 滝さん」

「話したいと言ったのはそっちだろ」

「有名なことばがあんの、ギブ・アンド・テイク」

「…」

 俺はむすっとしてメニューを取り上げた。典代の前に安そうなページを広げる。が、相手はパタパタと捲って、一品が700円はするパフェのページに辿り着いた。うんざりする俺を楽しそうに見つめ、ごそごそと布鞄を探る。

「はい」

「?」

 差し出されたのは1冊の卒業写真集だった。

「ここ、見てて」

 器用に反対側から目当てのページを探し出し、示す。後はご自由に、と言いたげに明るく声を張り上げた。

「すいませーん! 『バナナのときめき』と『メロンの予感』、それに『ミルキー・ウェイ』追加お願いしまーすV」

「うぐ…」

 バナナの奴が700円、メロンの奴が810円、ミルキー・ウェイが750円…で2260円。よし、まだ大丈夫だ。

 それだけを確かめると、写真に目を転じる。3-Bと書かれたページの中央に全員写真、周囲にスナップが配置してある。

「…?」

「その真ン中………うん、もう少し左。そう、そこにある顔、知らない?」

「あ」

 きちんと詰襟を着た男に高多の顔を見て取った。軽くパーマをかけているのだろう、すっきりまとめた頭の下には、今より僅かに幼い顔がある。何より違うのは、瞳の聡明そうな明るさで、まっすぐカメラを見つめた視線には自信が満ちていた。

「それから、その斜め右上」

 典代がパフェのバナナをもぐもぐやりながら指示する。

「河本…か」

 言われなくともすぐわかった。斜に構えてカメラを見返すポーズは、今の河本のイメージにぴったりだったし、なんとなく斜め左下にいる高多を意識したポーズと取れないこともない。

「そういや、同じ学校だって言ってたっけ」

 呟いて、夢中になってパフェを片付ける典代に目をやった。

「だけど、それがどうしたんだ?」

「この間はね」

 こくん、と口の中の物を飲み込んで、典代は頷いた。

「由美がいたから言わなかったけど、高3の時、美砂も高多君と同じクラスだったのよ」

「え?」

 俺は慌てて、昨日お由宇に見せてもらった松岡美砂の写真を思い浮かべながら、全員写真の中を覗き込んだ。

「だってね、由美も、今じゃ冷めたふりしてるけど、今まですっごく、高多君に熱上げてたんだから」

「ふうん」

 二つのことは同時に出来ない。俺は典代の話を上の空で聞きながら、女生徒の端の方に写っていた美砂を見つけ出した。パーマもかけていない、愛くるしいボブ、見ようによってはるりに似ていると言えなくもない。

「ね、気づいた?」

「へ?」

「美砂の髪型。それね、るりちゃんの真似なのよ」

 ペロリと唇についたクリームを舐める。

「高多君がるりちゃんみたいな子が好みだと知ってやったの。いじらしいでしょ、女の子って」

「うん」

「だけど、高多君は振り向かない。そりゃそうよね、いくら美砂がるりちゃんの身代わりをしたがっても、あの子とるりちゃんじゃ、違うじゃない。るりちゃんって、ほんとにいい子だもの、いじらしくって、一所懸命でね。高多君が出て来るのを、じっと校門の所で待ってたりしてね。それこそ、真冬でも1時間も2時間もよぉ」

 典代はスプーンを振り回した。

「それを知った高多君が、校門のとこまで駆けてくでしょ。で、叱るわけ。『帰れっ』って。ああいうところは子どもっぽいのよね、優しくすればいいのに。それでも、るりちゃんは一つ頷いて、1人で帰ってくわけ。うん……いいいっ」

 ベチャ。

「あら…」

「………」

「ごめええん」

「いいけど」

 俺は溜息をつきながら、典代が感極まって振り回したスプーンでつけたクリームを、頬から拭き取った。典代は舌を出して謝り、かそのままじっとスプーンを眺めていたが、唐突に背後を振り返って声を上げた。

「すいませーん! スプーン、汚いので換えて下さーい!」

 お、俺はバイ菌か!

「でね、」

 ふてくされる俺に構わず、典代は新しいスプーンで次のパフェに取り掛かりながら、話を続けた。

「そういう仲の2人でしょ。やめときなさいって……あ、私もクラスは違ったけど同じ高校だったし、よく知ってたのよ。で、見込みないから、告白なんかするの、やめときなさいって言ったんだけど、美砂も思い込んだら止まらないタチだったし。本気で高多君に打ち明けたわけ。まあ、結果は見事に撃沈だったけど」

 典代のような娘が撃沈なんてことばを使うのは妙な感じだ。

「綺麗さっぱり振られてね、それから、あの子も少し荒れたみたいよ。河本なんかに引っかかったりしてさ、バカよねえ、1人の男にそこまでかけることないのに」

 スプーンを咥えて小首を傾げる。ほんの一瞬の沈黙は、バカだと言いながらも、そこまでかけられる相手を見つけた美砂への羨みとも取れた。が、典代はすぐに眼鏡の後ろで、いたずらっぽい光を湛えた眼で俺を見つめた。

「でも、女の執念よね。この間っから、高多君とるりちゃんが何となくよそよそしいのをいいことに、美砂、何とか高多君に近づいたみたいよ。だって何度か一緒に歩いてるのを見たもん。美砂のはしゃぎようったら…」

 ちょいと肩を竦める典代の仕草も、もう俺の目には映っていなかった。

 高多が一時的にせよ、美砂と付き合っていた。そして美砂も、高多に関わっていた河本同様、不自然な死を遂げている。

 これは単に偶然なのだろうか?

「どうしたの、滝さん」

「いや…」

 俺は卒業写真のスナップの1枚に目を吸いつけられていた。校内の花壇の前、幾人かの女子高生が楽しそうに談笑しているスナップで、屈託のない笑顔と陽気そうな仕草が人生の一番いい時期をくっきり鮮明に浮かび上がらせている。

 その中に、俺は、お由宇に見せてもらったもう1人の顔を見つけていた。

 ストレートの肩までの髪、両脇の房を一つにまとめて黄色のリボンで括っている。控えめな微笑は、面立ちのどことない寂しさに淡い影を加えている。美砂の自殺(?)より10日少し前に事故死したとされている、野間和枝の姿だった。

 その横に肩を並べ、いかにも親しげに笑みを投げる美砂の顔。

「ああ、和枝ね」

 典代は俺が見ているものをすぐに察した。

「美砂さんと仲が良かったのか?」

「ま、ね。美砂は親友だと言ってたけど、大人しい目立たない子だったわよ。美砂の斜め後ろぐらいでひっそり笑ってるような。悪い人じゃなかったのに、あんな死に方をするなんてね」

「事故死だったって言うけど…」

「最終的には、そう落ち着いたみたいだけどね。あれ、疑問だと思うわ」

 典代はパフェの底に沈みこんだチェリーを掬い出そうと苦労しながら続けた。

「屋上から真っ逆さまに落ちたんだけど、その時、屋上に人影があったって言う噂もあるしね。第一、和枝ってすごく気の弱い子だったから、自殺しようなんて考えるような子じゃない」

「でも、事故死だろ?」

「そうよ」

 それがどうしたと言いたげに、典代はスプーンをクリームに突き立てた。幸いにチェリーが引っ掛かって浮かび上がってくる。

「だけど、和枝がどうして屋上まで上がんなきゃなんないわけ? そりゃ、夕方遅く学校にいたのは、美砂と一緒に学園祭の実行委員だったからおかしくないけど。美砂が和枝を引きずり込んだのよ、確か」

 典代はぱくりとチェリーを含み、しばらくもごもご口を動かしながら、意味ありげに俺を見た。

「滝さん、チェリーの枝、口の中で結べる?」

「まさか」

「残念。結べればキスが上手いのに」

「………」

 何を答えればいいのかわからないで戸惑っている間に、典代は唐突に話を戻した。

「由美辺りに聞けば、何か知ってるかも知れないけどね。あの子が第一発見者だったから。由美も実行委員で居残ってたのよ。高多君が実行委員やってるから、由美も実行委員になったらしいのよね。ちょっと笑うじゃない?」

 俺は改めてスナップの中の美砂と和枝を見つめた。

 2人もまさか、この写真に写っている頃に、未来にこんな事が待ち受けているとは思わなかったに違いない。

「あら…」

 不意に典代は頓狂な声を上げて、『ミルキー・ウェイ』から目を離した。

「高多君…」

「よう……滝さん」

 俺の背後から姿を現した高多は、軽く俺に頷いてみせた。何か収穫があったらしい。ここ何日かで急速に面やつれした顔に、強いて硬い笑みを浮かべて典代に話しかける。

「悪いけど、ちょっと2人で話したいんだ」

「そう……じゃ…いいわ」

 典代は名残惜しそうに1/3ほど残った『ミルキー・ウェイ』を見たが、腹の方もそろそろいっぱいだったのだろう、少し溜め息をついて立ち上がり、布鞄を肩にかけた。

「じゃ、レシートよろしくV、滝さん」

「ああ」

「さよなら、高多君」

「うん」

 浮き浮きとした調子で典代が店を出ていくのを見送りながら、高多は呆れた。

「また、奢らされてたのか」

「まあな」

「人が良いな。こんなことをやって、どうなるものでもない…」

「あーっ!!」

「な、なんだ?」

 俺の叫び声に、高多が慌てて振り返る。


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