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3.裏切りの街(2)


「ん?」

 俺は高多が調べて来た情報に目を通すのを中止して、周一郎の方を振り向いた。

 俺の部屋のソファに、細身の体を気持ち良さそうに納めた周一郎は、既にその資料を読み終えたところで、何かをじっと考え込んでいたのだ。

「何て言った?」

「気に入らない、と言ったんです」

 周一郎はむっつりとした表情で繰り返した。

「何が」

「今度の事件に首を突っ込むことが」

 指先で軽くサングラスを押し上げる。相変わらず、気障な仕草が全然気障に見えない。

「今更何だよ」

「河本さんていう人、あんまりまともな人ではなかったようですね」

 俺のことばに取り合わず、周一郎は淡々と続ける。

「まあ、そうみたいだな、これを読んだ限りじゃ」

 数枚のレポート用紙をピタピタ叩いてみせる。

 高多は、弱小とは言え社長の息子、興信所のツテもあったらしく、ここ2、3週間の河本の行動を調べ上げていた。

 それによれば、河本という人間は『軽い男』の代名詞を任せてもいいような男だったようだ。女の出入りは多い、金遣いは荒い、行動も派手だ。何回かるりにアプローチしていたようだが、いずれも一蹴されている。それでも、河本のるりに対する拘りは根深いものがあったらしく、学内でもちょっと事情に通じているものなら、1回や2回は河本がるりを誘っている場面を知っていた。

 河本がるりに拘るのは、るりの美貌もあっただろうが、底には高多への嫉妬があったかも知れない、と事情通の一人が苦笑いしながら教えてくれた。

『同い年の幼馴染、1人の女を取り合ったライバル同士、おまけに2人とも社長令息で掛けられている期待も同じぐらい、これでお互い意識しないほうがおかしいんじゃない? けどさ、まずかったのは、同じような「軽さ」でも高多の方が数段受けが良かったってことだろうな。似たような事をやってるのに、なぜか高多の方は拍手で迎えられてさ、河本はいつも何となく二番煎じ的に見られちゃうし?』

「…るりを盗ることでしか、高多に勝てないと思ってたのかもな」

「そのせいはどうかは知らないけれど、とにかく河本は薬に手を染めた」

 周一郎が物憂げに呟き、俺はレポートに目を落とした。

 河本が薬を扱い出したのは2年ほど前らしい。もちろん、本人も使っていたようだが、そこは彼なりのしたたかさで常用はしなかった。売人仲間にも河本はよく言って聞かせていた、ミイラ取りがミイラになるなよ、と。

 その頃、河本は松岡美砂と薬を通じて知り合った。美砂の方は遊ぶ金欲しさで売人を引き受け、たまたま河本と知り合い、後に同じ大学にいると知って、お互いに牽制し合うような形で付き合っていたが、いつとはなしに別れている。

 そして、その松岡美砂が11月の20日に睡眠薬自殺し、河本も12月2日にるりに刺殺される。

「この睡眠薬自殺ってのも、?マーク付きだっていうし…」

 だからこそ、厚木警部はいまだに引っ掛かって事件を追っている。いや、今回の河本の死で?マークがとびきりでかく拡大されたと言っても良かった。

「突けば突くほど。ややこしくなってくるんだもんなあ」

 溜息混じりにぼやいた。

 本当に一度、神様に尋ねてやりたい。これほど面倒ごとを引っ張り出すっていうのは、やっぱりお宅の『優しい配慮』なのか、と。

「だから…」

 周一郎がふっと口を開き、相手に意識を戻した。

「気に入らないんです」

「気に入らないって、お前…」

「学生間の揉め事ならいざ知らず…」

 まるで自分がとうの昔に学生生活を終えたような、実際に確かにそれはそうなのだが、突き放した口ぶりで続ける。

「麻薬が関わってくるようならば、僕達の管轄外ですよ」

「だからつって、どーしろってんだ」

 周一郎の口調の冷たさに、いささか腹が立った。

「今更、知ィらないって、ほっとくわけにはいかんだろうが」

「だからと言って、滝さんがいて、どうなるということでもないでしょう」

「うぐ」

 思わずじっとりと相手を睨んだ。

 よくもまあ、言いたいことをはっきり言ってくれるじゃないか。お前がそこまで冷たい奴だとは思わなかった。

「わかった」

「え?」

「お前、それほどこれに関わるのが嫌なら降りろよ。何もお前がいなけりゃ、進まないってことじゃないんだから」

「滝さん…」

「それとも何か、お前だったら、知ィらないってほっとかれてもいいってのか?」

「僕は…」

 周一郎は言い澱んで俯いたが、やがてきっぱり答えた。

「僕なら、関わって欲しくない。他人にはわからない事情がある時だってあるんです」

「ああ、そーか、わかったよ」

 立ち上がる。

「滝さん、どこへ…?」

「聞き込み。ルトなんか付けてくるなよ」

「そんなことはしません」

 薄く赤くなって怒ったような声で周一郎が答えるのを背中に、俺は部屋を出てきたのだった。

 

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