プロローグ
ここは薄暗い都会の中。立ち尽くす無数のビルが、淡い星光を反射する。街灯は街を照らすこと無く、道路は車を拒絶している。
実に空虚な街だ。
その中を、一人颯爽と駆ける青年がいた。
直されていない寝癖が、茶髪と相まってガサツな印象を与える。髪色よりも少し濃いコートを羽織り、青いジーンズを履く足先には、ボロボロのスニーカー。
「岸辺 刑」という、17歳の高校2年生だ。
「あーなんで走ってんだよー」
俺は独り言か心の声か判断することも無く、心中を吐露する。
ここはゲームの中、正確に言うとF/FPSゲーム、《セレヌス=フィリング》の中だ。
フルダイブ技術が進化した現在、その矛先はゲームへと向いている。ほのぼのとしたパーティーゲームから、コアなゲーマー向けのPK推奨ゲームまで・・・多種多様なフルダイブゲームが、多数のメーカーによって開発された。
そもそも、フルダイブとは何なのか。
正式名称は、《大脳リンク式バーチャルリアリティ》という。脳はによく似た《P波》を、フルダイブ用インターフェース《ガレリア》によって脳に送ることで、「ゲームと同様の体験」ができる仕組みだ。ちなみに、科学者の一握りのみが知っているらしい《ガレリア》の構造は、簡易的ではあるが人体実験の装置そのものだと言われている。都市伝説レベルの噂でしかないが。
フルダイブ技術に革新的な変化が齎されたのは21世紀中ごろだといわれている。科学者《 》の手により、脳と機械とを繋ぐ架け橋、《ガレリア》が繋がれたからである。この名称は固有名詞にも・・・そして機器名も使われることとなった―――
これが、世間一般に伝わっているフルダイブの講話だ。
現代の日本人が戦争について知っているのに、戦争は永遠に経験しない。そういったように、彼らは本当の《フルダイブ》を経験していないのだ。
さて、その本当とは・・・《ペインリンク》と称される機能だ。
《ペインリンク》。簡単に言えば、痛む機能である。
フルダイブのデメリットとして挙げられるのは、「従来のVRやARと違い、未覚醒状態での使用になる点」や、「脳に直接リンクするため、痛覚情報等を受け取り、実際に痛いと感じてしまう点」などであろう。
前者については、「もうVRをやってくれ」とでも言うしかない。
後者が問題で、これはシステム側で落とす必要がある。
フルダイブのゲームが世に出た当時はこれ―――銃や剣の痛みがあったため、苦情や訴訟、賠償が相次いでいたという。聞くだけでゾクゾ・・・んいや何でもない。
そこで取り入れられたのが、《ペインアブソーブ》。痛みを防ぐという、痛む《ペインリンク》とは対となる機能である。これは《ガレリア》側で痛みをカットし、現実の体には何の影響もなく、ゲームをプレイできるものだ。この機能が登場した21世紀後半には、フルダイブ機器、そして《ガレリア》のシェアが一般的な家電を上回るまでに増えることとなった。
しかし大事なのはそこではない。
《ペインアブソーブ》は全フルダイブ機器への設定が義務付けられているのだが、穴があるのだ。
その穴とは、任意で切ることができる、というものだ。
ただ設定で切るだけ。
音量を下げることを《ボリュームオフ》と言うような―――正式名称のあるような機能ではないから、《ペインリンク》は仮称・・・というワケだ。
年齢確認をクリアし、公式サイトにて購入した特殊なUSBメモリ(合法)をセットする。そこから《ガレリア》のポータルハブにて設定を開き、《ペインアブソーブ》を切る―――《ペインリンク》をオンにすることでチェックだ。
何故こんな機能を付けたのか―――《ガレリア》の構造が人体実験の装置である説がある、と言ったが、半分正解で半分不正解だ。
《ペインリンク》の合法的な使用条件は、痛覚情報のデータ採取なのだ。
《ガレリア》の製造会社、《パレート》にはどうやらその情報が少ないらしく、「合法」という謳い文句にしてでも欲しいらしい。実に悪質な商法だ。略して悪質商法。
《ペインリンク》を使用するのは、俺のような痛みを追求する勇者達に限られるのだが、その数は少なくないらしく、《パレート》側はかなりの収穫を得ているようだ。
さらっと言ったが、俺は痛みを味わう―――というより死を味わうことを快感に感じる、特殊な《死フェチ》なのだ。
現実で死ねばもう死ぬ快感を味わえなくなるためもちろん死なないのだが、ゲームの中では万を超える程に死んでいる。剣と魔法のMMORPGや、銃と荒野のFPS、更には恋愛ゲーまで・・・様々なゲームで死に続けた。ちなみに、恋愛ゲームではハーレムライフを恨んだ幼馴染によってぐちゃぼろになるまで刺されたのだが、それは道行く女性に告りまくってその状況を作り出し、幼馴染が焼き餅を焼くように演出したためである。
《セレヌス=フィリング》の中でもその性癖は変わらない。銃で撃たれる感覚というのは、(痛みはあるが)弾で空いた穴を空気が通うためまぁまぁの爽快感がある。
そんなワケで俺は《ペインリンク》、そして《フルダイブ》にハマっているのだが・・・
「どうして、どう、して、ど・・・(ぜぇぜぇ)」
―――どうしてだよぉー!?
今起きている事。
ゲーム内の警察から逃げている。
ロボットみたいな見た目の警察から逃げている。
拷問するが死なせない警察から逃げているぅーーー!
あっさり捕まりました。
「ちょちょ見逃してぇー!?」
俺は必死に命乞い(必要?)をするが、そのロボット警察はサビの入った鉄塊の手を止めない。
「ウーン(ガシャ)。、グウィーン・・・」
機械音とメカ的な音声が混じり、直で頭に響く感覚は何とも言えない不快感を味わわせる。
ここはあくまでゲームの中だが、体感は《ガレリア》のグラフィック技術や、肌を擦る風の冷感・・・そして痛む機能である、《ペインリンク》によってかなり現実味を帯びている。
ロボット警察に捕まった俺は、拷問を受けるため―――殺さない拷問を受けるため、独房のような場所へと連行された。
―――くそ!くそ!
いっそ舌でも噛み切って死んでやろォかなぁ!?
独房(のような場所)は、簡素な白壁の部屋だ。手術台のようなテーブルが中央に1つと、罪人を繋ぐ鎖か壁に2つ・・・そして物騒なペンチが1つ、トマトソース付きで置いてある。もちろん床もトマトソース塗りで、あの年季の入ったロボット警察のサビ臭さも相まって部屋には鉄のニオイが充満している。
拷問器具や助手を用意するのだろう。ヤツらは部屋を出ていき、俺には時間ができた。
だが、「もしトマトが好きなら収穫に誘ってみようかな・・・」なんて考える程に退屈で、退屈で、退屈で・・・
怯えていた。
俺は死ぬことが趣味であって、別に痛みは欲さない。それは死ぬための代償として受け取るだけだ。
なのにこのザマだ。
死んでも足は速くならない。
死んでも痛みは怖い。
死んでも死にたくない。
だが現実は待たず・・・
その時が来てしまった。
だが、「覚悟」とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開く事だッ!
金属が軋むような足音が止まり、ドアノブが動き出した。それは重く遅いようにも、時が過ぎ去るスピードに比例して速くも見えた。
ドアから部屋に入るのは、さっきのロボット警察と助手―――だと思ってばかりいた。
―――これは・・・人間か?
そう思わずにはいられない程に見とれていた。
美少女型ロボットだった。
髪色はジジイと同じで茶っぽい色なのだが、何といっても特出しているのは顔だ。
幼さの残る童顔だが、黄金比で考えれば美少女と形容できる・・・いや、もう美少女といっていい程の顔立ちだ。だがしかし、血が染みたシャツであることが悔やまれ・・・
ガシャン―――ぐわぁああぁー・・・
ウィーン―――いだぁあああああー・・・・・・
既に意識は遠のいていた。
だが―――心がイエスに救われたかのようだ・・・
(合成音声:ログアウト致しました)
どもども
今回も謎すぎる題とテーマで書いてみました。
技術や説明に重きを置いて執筆したので、目の穴かっぽじって(無理)お読みください!
誤字脱字等ありましたらお寄せください。
白州ダイチ
P.S.まだ「ようだ」の使い方分かんない