天然幼なじみと真面目幼なじみが俺の部屋で突然喧嘩を始めました
タイトル通りです
突然だが、俺には二人の幼なじみがいる。
一人は底抜けの天然である谷汲加奈。交通系ICカードを切符と間違えて改札に差そうとしたり、エレベーターで『閉』のボタンを押しながら降りようとして扉に挟まったりする……、まあアホである。
もう一人は天井知らずの真面目である美江寺葵。俺たちの通う高校の風紀委員長を務め、成績は常にトップ、小学校から一度も学校を欠席したことがないらしく、皆勤賞に目がくらんだか、最近祝日登校をしてしまった、やはりこちらもアホである。
そして俺の名前は糸貫宇多。卵を片手で割ることができる。
さて……、なぜ冒頭から二人の幼なじみの紹介をしているのか。それはもちろん今現在、俺の目の前に二人の幼なじみがいるからだ。
物心つく前から常に一緒に居る俺たち三人。俺の家の両脇がそれぞれ加奈と葵の家になっていることもあって、昔から決まって三人で遊ぶときは俺の家だった。
どこかへ遊びに出かけるときも、家でのんびりゲームするときも、勉強会をするときももちろん、ずっと俺の部屋が集合場所として使われてきた。
それは高校生になった今でも変わることは無い――
「ねえ、だからってお前らの喧嘩場所もここになるのはおかしくない?」
夜も更けた午後十時。
普段なら風呂に入り終わってベッドに寝転がり、スマホを一人でのんびり弄っている頃合いだ。適当にネットサーフィンをして動画を見たりツイッターを確認したり……まあそんなところだろう。
だが今日は違う。
まず、俺が未だ風呂に入れていない点。それから俺の部屋にいるのが俺一人じゃないという点だ。
「宇多は黙ってて。いま私はこいつと話があるんだから」
「なんでそんなに葵は怒ってるのさー。私が何したっていうの」
――目の前にいる二人の美少女。学校では『二強』なんて呼ばれているくらい、二人とも可愛いらしい顔立ちだ。
いや、可愛らしい顔つきだが、葵の方はと言うと眉間に皺を寄せて怒りの表情を露わにしている。
「あんた今日宇多と昼休みに学校の外でご飯食べたでしょ!」
「え? ああ、うん……。食べたけど?」
「食べたけど? じゃないわよ!」
葵がなかなかの剣幕で加奈に詰め寄っていた。だが加奈は一歩も引くことなく、相変わらずやる気の無さそうな表情で対峙している。確かに今日、俺は加奈に誘われて昼休みに近くの店へ行ったが……。
「葵はマジメ過ぎなんだよー。いいじゃん? 私が宇多とどこでお昼食べようがー」
その言葉に葵の口角がひっくと吊り上がる。葵は風紀委員長だ。……なるほど。昼に学校を抜け出すことは校則違反なので、どうしてもそれが許せないらしい。
「私は別に真面目過ぎるなんてことは無いわ」
「マジメちゃんだよー。さっきだって、わざわざ私の家に『夜分遅くにすみません』って挨拶しに来てまで私をここへ呼んだでしょ? 普通にLINEしてくれればいいのに」
「……別にそれとこれとでは話が違うでしょ」
ていうか、真面目のくせに、夜遅く集合場所を俺の部屋にしたことはスルーですかそうですか。
――だいたい、こいつらはなんでいきなり喧嘩みたいなことを始めてるんだ?
葵が加奈に対して怒っていること、その理由が昼に学校を抜け出して外食するという違反行為だということは理解できる。
だが、それを咎めるのは別に今でなくたっていいし、なんなら加奈の言うようにLINEで注意すればそれで済む。
葵が真面目だからこうやって対面で口頭注意している……という可能性もあるが、わざわざ夜遅くに俺の部屋に集まってまで注意する動機が分からない。
……どういうことだ。
「とにかく、そういうことはこれから控えてよね!」
「もう、めんどくさいなぁ……」
加奈が言葉通りめんどくさそうな表情でため息をつく。と、加奈が突然俺の方に視線を預けた。何かを確かめるように俺の姿を見て小さく頷くと、ベッドに座っている俺の横にちょこんと座った。
「お、おい……。加奈お前な……」
加奈は頭を俺の肩に預けると、それから小さくあくびして見せた。
「別にいいじゃん。昔はこうやって隣によく座ってた」
いいじゃん、じゃねえよ……。俺のことじゃなくて、葵を見ろ葵を。すげえ怒ってるよあいつ? 話ぶった切られてめちゃくちゃ血相変えてるよ……?
「お前の今の話相手は俺じゃねえだろ。いいから早く離れろって」
「やだよー、今日寒いし」
「……っ!?」
やべ。これはもう完全に葵さんご立腹ですよ。このままぶん殴られる展開。たぶん加奈だけじゃなくて俺も。それって完全にとばっちりなんだよな……。
……昔からこうだ。いつも加奈がアホみたいな天然行動を取っては、真面目な葵がそれを注意して怒っていた。そしてなぜか俺も怒られる。ほんとになんで?
「宇多、ちょっと横にずれて」
「はいはい、なるべく痛くないようお願い――今なんて?」
聞き間違いだろうか。思わず質問を投げかける。
だが俺の質問は受け入れられることなく、葵は加奈がいる方とは逆側、俺の隣に無言で座り込むと、こちらも頭を俺の肩に預けてきたのだ。
「…………え」
「なに? その驚いた顔」
「いや……、驚いてるんですけど……」
「私がここに座っちゃダメな法律でもあるの?」
「いや、ないです」
怒りながらも体をくっつけるようにして俺に迫る葵。顔が近い、近いって……。
「なーんだ。葵もそういうことか。今ので全部分かっちゃったなぁ……」
加奈が珍しくニヤニヤした様子で俺たち二人のことを見ていた。え、なに? 全部分かった? どういうことだよ。
「あら? 加奈って天然だと思ってたけど、意外とすぐに分かっちゃうのね」
「そりゃ分かるよー。それに私、一人で学校抜け出してお昼行ったこと、何回もあるし」
「……え。そうなん」
それは初めて知った。加奈さんもしかして常習的に校則違反してたんですか? なるほどそうか。……そりゃ葵にも怒られるよ。
「そういうことだから、アンタとの喧嘩は今日からスタートってことで」
「……はいはい。しょうがないなぁ……。分かりましたよー」
「お前らさっきから何言ってんの?」
こいつらが何を言っているのかまるで分からん……。喧嘩はもうしてるじゃないですか……。ていうかお前らいつまで俺の部屋いるんだよ。早く帰れよ。
「お前ら時計見てみろ。もう遅いぞ……。早く帰らないと親も心配するって」
「大丈夫だよー、宇多の家に行くって言ってあるし」
「宇多の家なら問題はないからな」
「――俺には問題あるんだよ……!」
両脇に美少女なんていう構図、こいつらが昔から知っている幼なじみじゃなければ俺の理性はどうなっていただろうか。さっきから色んな体の部位が当たるし温かいし柔らかいし可愛いし…………って、やばい。やばいよ。頑張れっ……。頑張れ俺の理性……っ!
「でもまあ、宇多の言う通り今日は帰ろうかな……」
「そうだな……。明日も早いし」
せめぎ合う理性と欲望の葛藤の合間に聞こえた天の声。良かった……。何とか耐えきったみたいだ。
いくら幼なじみとはいえ、可愛い女の子である以上こちらとしてもいろいろ思うことがあるわけで――
「あ、そうだ。最後に、宇多に一個確認しなきゃね?」
「それはそうだな。聞いておいた方が良いだろうし」
二人が部屋を出ていく間際。加奈と葵が互いの顔を見合わせて小さく笑う。……あれ? お前らいつの間に仲直りしたんだ。
「確認って……?」
気になったので聞いてみる。
俺の問いに二人は気が緩んだような表情をして見せると、やがて俺に迫って言うのだ。
このとき、俺は思い知ることになった。
そもそもなぜ葵は怒っていたのか。
なぜ二人はもう仲直りしたかのようになっているのか。
全部、二人の言葉によって、思い知った。
思い知らされたのだ。
「「宇多はどっちの幼なじみが好きなの?」」
気分転換に書いてみました。
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