3話 うつろ
長かったはずのホームルームが終わって、休憩時間になった。
チャイムが鳴って号令が済むと、待ってましたと言わんばかりに女子たちが平本の席へ集りだす。平本が周囲に助けを求めるような視線を送るが、誰も手を差し伸べようとしない。
「ねえいつから回復してたの?」
「久しぶり!私のこと覚えてる?」
「それよりなんで連絡くれなかったのよ!」
「ラインも既読スルーだし、ひどいよ!」
「今まで何してたの?勉強大丈夫?」
平本も気の毒だ。復活明けなんだからもっとそっとしといてやれよ、と内心で呟く。
当の本人も「えっと」とか「あの」とか連呼していて、対応に困っている様子だ。
しかし、そういえばなぜ、中田先生は平本のことを「転校生」などと呼んだのだろう。平本が不登校になっていた期間中も、ずっとクラスの名簿に平本の名前は記載されていたし、誰も転校したとかやめたとか、そんなことは言っていなかった。それなら、普通に平本が再登校してくる、と言えばいいのではないか。
「あの、すみません」
平本が弱々しく呟く。怯えているようなひるんでいるような、透き通って消えてしまいそうな、美しい声色。
それは、間違いなく、俺がかつて惚れた相手の───
「あなたたちは、一体どなたなのでしょうか……?」
衝撃的な告白だった。
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クラスが凍った休憩時間、気まずい空気を終わらせたのは、次の始業のチャイムだった。やがてやってきた中田先生は、空気を察して平本を別室に連れて行った。それでひとまずは落ち着きを取り戻しはしたが、衝撃の余韻が今も教室を支配していて、苦しい空気が漂っている。
「簡潔に言って、平本は記憶喪失だ」
中田先生が静かに告げると、クラスからは小さなどよめきが起こった。
「親御さんにも許可を取ってるからクラスのお前らにだけは言うが、精密検査などをしてもなぜ平本が記憶喪失になったのか、原因がてんで分からないらしい。逆行性だとか一過性だとか、正直俺にはよくわからないし、なによりもまず驚いた。まさかそんなことになってるなんて、夢にも思いやしなかったからな」
中田先生が言い、はあ、とため息をつく。
「自分の名前と家族以外のことは、本当に何も覚えていないらしい。勉強とかにはあまり支障がないらしいが、色んなところで障害はあるだろう。あいつがかつてのように過ごせるその時まで、どうかサポートしてやってほしい。お願いだ」
教室は依然として沈黙が続く。張りつめた空気がクラス中を支配している。
恐らくこの空気の中心にいるのは紛れもなく浅田だろう。心なしか目に涙を浮かべているようにも見える。
「俺も精一杯のことはするつもりだ。みんなも、よろしく頼む」
中田先生は一瞬俺の方を見て、困ったような顔をした。俺は咄嗟に顔をそらして、何事もないような顔を作った。