08.カエルの食事会
わたし=アリソン・ヒューズは、侯爵家での夕食に備えてメイク直しをしていた。「ローズクラウン」で仕事をしていたのでシャワーを浴びてから出席したかったけれど、何分時間がない。着替えてメイク直しをするだけでいっぱいいっぱいだ。
まあ、意中の男性がいるわけではないから、それで十分なんだけどね。ジュリアン様に会うため、劇場に行くときの方が何万倍も気合が入るわ!
わたしは付けていこうか迷っていたルビーのイヤリングをアクセサリーケースに戻した。代わりにトパーズがあしらわれた蝶々の髪飾りを頭に付けてみる。
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「ローズクラウン」から東に10分くらい行くと、大きな十字路がある。その十字路沿いにある豪邸にモーリー婦人とダグラス卿は母子で住んでいるらしい。何度も通りかかったことはあったけど、こうやってまじまじと見たのは初めてだ。あまり古い感じはしないなぁ。築20年弱といったところかな。……まあそうよね。ダグラス卿が生まれてからこの母子の為に建てられたそうだし。
わたしと一緒にこのダグラス邸の門扉をくぐったロッテことシャルロッテ・パーカーは、豪邸の大きさに感動していた。
茨邸はもっと古くてやや質素な造りだけど、大きさだけは負けていない。だからわたしは特に感動はしていないけれど、「ローズクラウン」に比べたら何倍も立派だから驚いたふりしないと変かしら。わたしはロッテに合わせて感動したふりをした。
本日のロッテの服装は膝丈のワンピースだ。ショートパンツにニーッソクスではTPOをわきまえていないと思ったのだろう。アクセサリーを忘れたそうなので、蝶々の髪飾りを貸してあげた。その髪飾りに付いているトパーズの黄色とワンピースの黄色が合っており、とってもかわいい。
ダグラス邸の正面玄関に着くと、壮年の執事に出迎えられた。その執事に食堂へと案内される。ダグラス邸に入ってからも食堂で待たされている今もロッテは一つ一つに感激していた。わたしも彼女を真似てみる。
数分待っていると、モーリー婦人とダグラス卿がやって来た。わたしは起立し、スカートの裾をたくし上げて礼をした。やや遅れてロッテも同じようにする。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
深窓の令嬢を気取っていつもより高い声音で言ってみる。続けてロッテも礼を述べる。
挨拶が一通り済むと、わたし達は着席した。それと同時にスープと前菜が運ばれてきて、会食はスタートする。
ダグラス卿はその体格の良さからガツガツと食事をするのかと思っていたけれど、意外と上品だ。スプーンやフォークが皿をこする音もしない。むしろわたしの方がなっていない気がする。
きっと、モーリー婦人が厳しく育てたんだろうなぁ。
エイデンの話では、どうやらモーリー婦人はダグラス侯爵の夫人ではなく愛人らしい。だから宮廷近くの本家ではなく、そこから馬車で2時間程の距離がある首都の外れに住んでいるのだ。地方ではなくギリギリ首都であるこの地に住ませているのは、外聞が悪くないようにだろうか。
モーリー婦人に促されながら話すダグラス卿の話によると、彼はどうも男爵の爵位を持ち邸宅から東の数キロの土地の管理をしているらしい。ダグラス卿が一通り話を終えると、モーリー婦人はロッテやわたしに仕事の話題を振ってきたので答えていった。
モーリー婦人は目元や口元に年輪を刻んではいるけれど、若いころは綺麗だったのだろうなと思わせる顔立ちをしている。そりゃあ侯爵の愛人だったと言われても納得がいく。
だけど、ダグラス卿はモーリー婦人の血を感じさせない容姿をしている。母親に似ていたら、もっと自信満々に会話を回すことだってできただろうにな。わたしは、あまり目を合わせてくれないダグラス卿を不憫に思った。
順々に運ばれてきたコース料理は終盤を迎え、デザートのトライフルを堪能している。日本で拗らせアラサーをしていた頃はあまり甘いものを食べなかったけれど、こっちに来てからは逆に甘いものをよく食べるようになった。エヴァやアリソンの体はアルコールを受け付けないので自然と断酒になり、その代わりに糖分を取るようになった感じだ。だからエイネブルーム王国の甘味は色々味わってきたけれど、このトライフルは10本の指に入るくらい美味しい。
食事の途中から気づいたのだが、どうもモーリー婦人もダグラス卿もわたしよりロッテに興味があるらしい。どちらかというとロッテに多く話を振っている。それもあって、わたしはトライフルの味に集中できている。濃厚なカスタード層とあっさりとしたジェリー層の奏でる甘味のハーモニー。
ああ、幸せ。
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あたしは物心ついた頃から爬虫類が苦手だった。特にカエルは大の苦手。お腹はぽってりと出てるのに手足は細いっていうアンバランスなシルエットが苦手で堪らない。
失礼だと思うけど、ディラン・ダグラス氏についても同じように感じている。人間なんだけど、どこかカエルっぽいんだよねぇ。
そんな心境を話したら、アリソンはきゃははっと笑った。「もう、ロッテったら」と言って、わたしの肩を軽く叩く。あたしはどちらかと言うと暗いから、その太陽のような明るさがまぶしい。
アリソンは自宅へ帰りあたしは宿場へ向かう道すがら、カルロスの結婚の話になった。アリソンはあたしが落ち込んでるんじゃって心配してたそうだけど、それは彼女の杞憂に過ぎない。
だって、カルロスは光の中で生きる有名人であたしは庶民。運命の糸が交じり合うはずないもの。
そう。交じり合うはずがないんだ。だけどアリソンは、もしジュリアンが他の女の子と結婚したら無理だと真っ青な顔をして言う。いつもジュリアンの話をする時は恋する乙女のような表情をしているのに、真逆な顔をしている。――きっとアリソンは、いつか自分とジュリアンの運命の糸が交じり合うのを信じているのだ。
非現実的で滑稽。
だけど、夢見ることを忘れないシーエメラルドの瞳を羨ましくも思う。
アリソンとあたしの後ろでは、迎えに来てくれたエイデンとエイデンのお友達だという男の人が歩いている。あたしは一人っ子だから、エイデンみたいな素敵なお兄さんがいるのも羨ましいな。
ただ、どんなに羨んでもあたしはアリソンにはなれない。
彼女のように強くはないから。
ある日、あたしはアリソンに聞いたことがある。
「茨邸が裏にあるなんて怖くないの?」
そうしたらアリソンは答えた。
「別に。借り手がいないから安く借りれたし、逆に茨邸があってくれて助かったわ」
誰もが恐れる茨邸の魔女を恐れない。同い年の女子っぽくない頼もしさを前にして、あたしは何も言えなかった。
「それに……。茨邸の魔女って、本当に悪い人なのかな? わたしはこの目で見るまでは決めつけたくないな」
ついさっきまで頼もしく見えていたその横顔が、どこか悲しげに見えた。
強そうなのに繊細で。繊細なのに強くって。
アリソンは不思議な女の子だ。
だから、隣でその姿をいつまでも見ていたいと思う。
アリソンの家と宿場の分かれ道に差し掛かった。アリソンはエイデンと帰路を進み、エイデンのお友達はあたしを宿場まで送ってくれるらしい。夜道は怖いから助かるけど、エイデンが良かったなぁ。
あたしはそんなこと言えないけれど、アリソンはきっと素直に口にするんだろうな。
きっと、男の人から見てもそういう女の子の方が可愛い。
ふわふわと腰まで伸びた髪も甘ったるい服装が似合う華やかな顔立ちも……あたしとは正反対なものすべてが、愛される要素に見える。
「いいなぁ」
あたしの小さな声が夜の闇に消えていった。
少し遠くで手を振るアリソンにもエイデンにも届いていない。でも、それでいいんだ。
「エイデンが良かったよな。すまない。あの兄妹は気が利かないんだ。……というか、やや天然で鈍感なんだよな。妹の方」
「ルイス! 送り狼になったらわたしが許さないんだからね!」
アリソンはそう叫ぶと、くるりと背中を向けて行ってしまった。エイデンはとても愛おしそうな目でアリソンを見ている……ように、あたしには見える。
「普通大声でああいうこと言うか? 本当、変な女だよな」
残ってくれた彼は呆れたように言うけれど、それにもどこか愛があるように感じる。
「そうだね。変わってる。でも、その分凄い人だと思う」
とても綺麗な女の子が売り子をしているお花屋さん。
ディラン・ダグラス氏はそこで濡れ衣を着せられそうになった。あたしは彼は悪くないと知っていたけれど、何もできなかった。ただ、アリソンに真実を伝えるだけでいっぱいだった。
きっと、アリソンに甘えていたんだと思う。期待通り、彼女はあたしの甘えに応えて行動に移してくれた。
「茨邸の魔女にすら勝てる気がする」
あたしがそう言ったら、エイデンのお友達が一瞬驚いたように見えた。
宿場について荷解きを始めたところで、髪飾りを返すのを忘れていたことに気づく。今度会った時にとも思ったけれど、忘れてしまいそうだ。今ならエイデンのお友達も近くにいそうだし、追いかけよう。
宿場を出て数メートル歩くとすっかり人気がなくなっていた。小走りでアリソンの家の方へ走るけれど、プラチナアッシュの髪は見当たらない。……うん。今度にしよう。
あたしは宿場に戻ろうと振り返る。――すると、目の前にフードで顔を隠した人が立っていた。細身で身長もあたしとそう変わらないから、女の人だろうか。
その人の方から、綺麗な……だけどどこか悲しげな歌声が聞こえてくる。あたしは立ち止まって、その歌声に聞き入ってしまった。
なんとなく聞いていてはいけないと気づいたと同時、どこからか水が出現してあたしの体を包む。気づくと、視界も水に覆われていた。しまった! と思って、息を止める。
一体何をされるのだろう。誰が? フードに隠れた顔がほんの少しだけ見えた。とても綺麗なお顔。……あれ、どこかで会ったことあるような……。




