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薔薇に棘はあれど、茨邸の魔女に棘はあらず  作者: 卯野瑛理佳
EP1.茨邸の魔女と失踪の王女
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03.窃盗犯

夕焼けがフラワーリングの街並みを包む頃、平素の「ローズクラウン」店内では閉店作業が行われる。

しかし今日は閉店作業は行わず、わたし=アリソン・ヒューズもエイデンもテーブル席に座って少女の話に耳を傾けていた。

テーブル席の隣に腕組しながら立っているオスカー王子に威圧されていたのか、少女は初めおろおろしていた。しかしわたしが煎れたカモミールティーのリラックス効果のおかげか、今は落ち着いた様子で窃盗に遭った時のことを話してくれている。


少女が窃盗に遭ったのは、昨日の日が完全に沈みきった頃。

フラワーリングの中心部にある繁華街の裏通りを歩いていたところ、突風に煽られて転んでしまった。その時に貴重品やエイデンから借りている小説の入ったバッグも紛失していたのだという。

少女はその際に腕に出来たという傷を見せてきた。細かな切り傷が無数にできていた。


「まるでかまいたちに遭ったみたいね」


わたしがそう言うと、三人は不思議そうな顔をした。

そりゃそうだ。かまいたちは日本の妖怪だ。外国どころか異世界であるこの場所で、かまいたちの話なんて通じるわけがない。


そのあたりの事情を知っているエイデンは少女の怪我を労わる言葉を紡ぎ、話の流れを変えた。少女はぽっと頬を朱に染めて、「このくらい平気です」と答える。エイデンに労わってもらえたのが余程嬉しかったのか、少女の口元には笑みが張り付いている。

本当、エイデンは罪作りな男だ。


少女はカモミールティーを一口含んで表情を元に戻すと、窃盗に遭った後の話も聞かせてくれた。

まずは繁華街を警備している兵士に事情を話してあたりを捜索してもらったそうだが、少女のバッグを持っている人物や不審者は見当たらなかったそうだ。

もし見つかったら少女の家に届けてもらうことになったそうだが、あまり期待しないように言われたらしい。


なるほど。それで泣いてエイデンに謝りにきたわけか。

一通り話し終えると、少女の目は潤み始めた。


女の武器を使うなんて卑怯だよな、とわたしはさめざめした気持ちで少女を見ていた。

泣いていても何も解決しない。いや、この場合は泣いた方が彼女的には解決するのだろう。エイデンが許してくれるかもしれないもんね。

わたしは少女特有の純粋さで流しているのか女子特有の腹黒さで流しているのか考えながら、少女の目から溢れる雫を眺めていた。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「ローズクラウン」では開店時間の2時間程前からその日の仕込みを始める。

わたしがスコーンの生地を捏ねたり在庫次第でジャムを煮詰めたりしている頃、エイデンは朝市に出向いて青果や卵等の生鮮食品の買い出しに出てくれる。

数日前から茨邸に居ついているオスカー王子は、ジョギングや剣の素振りといった鍛錬の為に近くの公園に行っているらしい。


わたしとエイデンが仕込みを終えて開店作業に移った頃、いつもなら鍛錬から戻ってくるオスカー王子が戻ってこなかった。

初めはあまり気にしていなかったけれど、昼下がりになっても戻って来ない。妙だなと思い始めたわたしがエイデンにどうしたのだろうかと尋ねると、エイデンは「そんなにあの男が気になりますか?」と尋ね返してきた。

質問に質問で返すなんて失礼だぞーと思ったが、この国ではそうでもないのかもしれない。わたしは何故か寒気のするエイデンの笑顔に「別に」と答えた。


オスカー王子が「ローズクラウン」に戻ってきたのは、わたしが庭園の前に「close」の看板を出している時だった。一緒に店内に戻ってから事情を尋ねると、どうやら少女が遭遇した窃盗事件について街で聞き込みをしていたらしい。


オリビア王女の誘拐について調べている時、情報収集ならこの店内で事足りる風だったじゃない。そう突っ込みを入れたくなったが、それは野暮な気がして何も言わずにいた。

そしていつも通りの閉店作業を始める。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



「エイデンの小説とあの子のお財布の為にそこまではできないわよ」


茨邸のダイニングにわたし=エヴァジェンナ・レヴィの声が響いた。

表情を曇らせるオスカー王子を見て声が大きすぎたかと思ったが、そんなことはどうでもいい。このままではせっかくの夕食がまずくなってしまう。

わたしはローストチキンを食べていたフォークとナイフを置き、口元をテーブルナプキンで拭った。柔らかな表情でわたしの回答を受け止めたエイデンに向かい、わたしは続ける。


「そりゃあ被害者達は可哀想よ。できれば盗られた物取り返してあげたいと思う。けど、他に方法はないのかしら」


オスカー王子が街で情報を集めた結果、フラワーリング界隈で起きている窃盗事件には共通点があることがわかった。

被害者はすべて若い女性であり、裏通りを一人で歩いている時に突風に遭遇しているのである。

だからアリソン姿のわたしが囮となって犯人が現れたところで退治しよう、という作戦になったのだ。


証拠がないわけだし、別件で現行犯逮捕しなければどうにもできないのはわかる。

だけど、囮になるのは怖い。近くでエイデンとオスカー王子が見張っていると言うけれど、突風と共に物が盗まれてしまうのなら捕まえようがない気がする。

今のところ軽症者しかいないらしいけど、わたしも無事でいられるとは限らないし。


「他の方法ですか。現状ではそれがベストだと思うのですがね」


「それはわかるんだけど。ちょっと怖くて」


オスカー王子が怪訝な表情をした。言いたいことはわかる。悪名高き「茨邸の魔女」から予想外の言葉が出て納得がいかないのだろう。こっちからしてみたら、勝手に抱かれている「茨邸の魔女」のイメージこそ納得がいかない。


「それなら無理強いはできませんね。残念です」


よかった。エイデンはどうやら諦めてくれたようだ。わたしはホッと胸を撫でおろす。


「一緒にエヴァの宝物も盗まれてしまったようなんですがね」


持ち上げたフォークを落しそうになった。わたしの宝物? 何の話だ。


「ほら、たまに腕に付けていたでしょう。星の飾りの付いた」


腕に付けると言えばブレスレット。星の飾りの付いたブレスレットと言えば……。

わたしはフォークをポロリと床に落してしまう。


「それって、ジュリアン様モデルの限定ブレスじゃない! え。えー。何でそれが盗まれるの!?」


「しおりが見当たらなかったもので、代わりに本の間に挟んでいましてね。どうやらそのまま彼女に貸してしまったようなのです」


は!? どうしてしおりの代わりに人のブレスレットを使うの?

しかもそのまま貸すって……渡す時に普通気づくだろう!

わたしは昭和の親父のちゃぶ台返しのごとく、テーブルをひっくり返しそうになった。いや、妄想の中では盛大にひっくり返して三人分の夕食を床にぶちまけている。


「ジュリアン? ブレス? なんだそれ」


オスカー王子はわけがわからん、という様子で尋ねてくる。


「ジュリアン・ベル様を知らないの!?」


「劇団ルシフェル所属の俳優ですね」


エイデンの補足に頷き、わたしは続ける。


「ええ。劇団ルシフェルの人気No.1の大スターよ。彼の愛用しているブレスレットのレプリカ! 限定品でもう手に入らないのに! 盗まれたとか!!」


わたしは唇を噛みしめながら天井を仰ぐ。そこには、ジュリアン様の端正で華やかな顔が浮かんでいる。彼はわたしに微笑みかけていたのに、「君の僕への想いはその程度だったんだね」と呟いて悲し気な表情になる。


「わかったわ! わたしが囮になってやろうじゃない」


だから見ていてね。ジュリアン様!

わたしは微笑みを取り戻したジュリアン様に向かい、ブレスレットを取り戻すことを誓った。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



わたし=アリソンが囮になると決意した翌日、作戦は決行されることとなった。


いつもより手短に閉店作業を終えたわたし達は手早く夕食を済ませ、フラワーリングの繁華街へと向かう。繁華街には娼婦らしき女性がおりエイデンやオスカー王子に声をかけていたが、スルーして裏通り近くへと移動する。


「じゃあこの辺で」


エイデンとオスカー王子は酒場に入ったふりをし、わたしと別れる。

わたしは一人で裏通りへと足を運んでゆく。


繁華街は街灯のおかげで明るかったが、裏通りには近くの店から漏れ出てくる明かりしかなく薄暗い。表通りに比べて物静かだし薄気味悪いな、と思いながらわたしは歩みを進める。


一筋の風が頬を撫でるのを感じた。そのタイミングでわたしは合言葉を口にする。


「あらやだ。雨の気配かしら」


するとどこからともなくパチンという指を弾く音が聞こえてくる。

その刹那、わたしの体は炎に包まれる。

その数秒後、炎が止む。

今、わたしの姿はクロウブラックの髪に赤い瞳のエヴァジェンナ・レヴィになっていることだろう。


突風がわたしの体を吹き付けるが、わたしは炎の盾を作りそれをガードする。凪いだ瞬間を見計らい、わたしは炎で矢を作り突風が吹いてきた方へと投げつける。

小さな悲鳴が上がったのでわたしがそこへ駆けていくと、そこには腕に火傷を負った10歳くらいの女の子と小さなユニコーンの姿があった。女の子は怯えた表情でわたしを見ており、ユニコーンは未発達だからか丸みのある角をわたしに向けて威嚇してくる。


そこに小型のドラゴンとオスカー王子がやって来る。


「ふむ。やはり、天馬族てんまぞくと契約した魔女でしたか」


小型のドラゴン=エイデンがそう言うと、ユニコーンは角をエイデンの方に向ける。


飛龍族ひりゅうぞく茨邸の魔女だな! 何故邪魔だてする!」


ユニコーンかた発せられるのは声変わり前の少年のようなハイトーンボイスだ。


「先に邪魔をしたのはそちらでしょう。茨邸の魔女が窃盗していると濡れ衣を着せられましてね、困っていたのですよ」


エイデンは口から火を噴き、火球を作る。


「さあ。盗んだ物を返してもらいましょうか。あと、土下座してエヴァに謝罪しなさい」


エイデンが冷たい口調でそう言う。

女の子は怯えきっており、ユニコーンは前脚を蹴って風の渦を巻き起こす。どうやらユニコーンは女の子を守る為にわたし達と闘うつもりらしい。


こんな小さな女の子が窃盗をするなんて、何か事情があるのだろう。

そう思ったわたしはエイデンを制した。

そしてしゃがみ込んで女の子と目線を合わせる。


「怪我をさせてしまってごめんなさい。手当てをさせて欲しいわ」


女の子もユニコーンも警戒を解かない。

そりゃあそうだ。国中で知らぬ人のいない程の悪女「茨邸の魔女」に話しかけられて、そう易々と信用なんてできない。


女の子は近くでよく見ていると、骨と皮しかないのではという程ガリガリに痩せている。わたしは持っていたバッグからランチクロスと水筒を取り出す。ランチクロスにはスコーンを入れており、水筒にはミルクティーを入れる。わたしはそれを女の子に差し出す。


「ねぇ。よかったら食べて」


ユニコーンは角をわたしの喉元に突きつける。


「施しなど受けぬ!」


わたしの後ろでエイデンやオスカー王子の動く気配が感じられたけど、わたしは手を後方に向けることで二人を止めた。


女の子は初めこそユニコーンの顔色を伺っていたが、何度かスコーンを見ているとぐぅっとお腹を鳴らした。そしてわたしの手からスコーンとミルクティーを受け取り、勢いよく食べ始めた。


3つあった拳大のスコーンと500ml程あったミルクティーは瞬く間に女の子の胃に収まり、女の子は実に満足気な顔でわたしを見る。


「とっても美味しかった! あのパン、お姉さんが作ったの?」


キラキラした眼差しで尋ねる女の子にわたしは笑顔を返した。




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