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薔薇に棘はあれど、茨邸の魔女に棘はあらず  作者: 卯野瑛理佳
EP1.茨邸の魔女と失踪の王女
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02.紅茶庭園の少女

「ねぇアリソン。茨邸が裏にあるなんて怖くないの?」

ある日、こっちに来てからできた友人にそう尋ねられた。


「魔女が紅茶煎れてると思って誰も近づかなかったんじゃない?」

別の友人にはそう尋ねられた。


「でも面白そうって私は思ったよ」

そのまた別の友人にはそう言ってもらえた。


ここは、エイネブルーム王国の首都・フラワーリングのはずれにあるティーガーデン「ローズクラウン」。

店主はわたし=アリソン・ヒューズ。看板ウエイターはエイデン・ヒューズ。


今日も若い女の子達を中心に、店内は賑わっている。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



わたしは茶葉の入ったティーポットにお湯を注ぐ。透明な蒸気がふわっと上がり、ベルガモットの香りが鼻腔をくすぐる。役得感に心を満たされながら、わたしは紅茶を煎れたばかりのポットとカップを乗せたティーセットをエイデンに渡す。


エイデンはいつもの柔和な笑みを浮かべながら、ティーセットを持って客席へと出て行く。

エイデンはアプリコットブラウンの髪が優し気な印象を与える美青年で、多くの女性を魅了している。そのシーエメラルドの瞳で見つめられる為に足繁く通ってくれる女性は何十人いるだろうか。

あ。今、エイデンが通りかかった席の女の子がわざとらしくティースプーンを落した。そうやって優しく拾ってあげるから、裏で女の子が揉め事を起こすのだ。自身が罪深い男であることを彼は自覚しているのだろうか。


接客中のエイデンを目で追っていると、カウンター席で紅茶を啜るオスカー王子と目が合った。プラチナアッシュの髪と瞳が涼し気な彼はどこか冷たい印象があり、視線が交わる度にひやりとする。

「茨邸の魔女」の姿であった時に剣を向けられた過去があるからかもしれないけれど……。


わたしはオスカー王子を無視して、ポットにローズヒップの茶葉を投入する。

ローズヒップティーの準備が整うと、私はカウンター席に座る30歳くらいの女性の席に置く。その女性は半年程前から来てくれる常連客だ。肌が荒れやすいことと日に焼けやすいことに悩んでいたのでローズヒップティーを勧めたところ、気に入ってくれたのか2日に1度のペースで飲みに来てくれるようになったのだ。心なしか彼女の肌はキレイになってきた気がする。


女性はカップに注いだローズヒップティーにとろりと蜂蜜を垂らす。蜂蜜にはローズヒップティー独特の酸味を和らげてくれる効果がある。酸味を苦手そうにしている彼女に教えたところ、毎回蜂蜜も一緒に頼んでくれるようになったのだ。


ティーガーデンでの仕事はとてもやりがいがある。わたしの煎れた紅茶を飲んで生まれる笑顔を見ていると、ぽっと心が温かくなるのだ。


そして、このゆめかわいい店内。わたしの最大の癒し。

壁紙やテーブル・イスといった家具はシンプルな木目調だけど、所々に薔薇の花を飾っているので華やかだ。

また、各テーブル席には大きなくまのぬいぐるみを配置してお客様をもてなしてもらっている。やって来る女の子達はそのくまを抱きかかえたり隣に座らせたりして、まるで友人のように接してくれている。


開店から半年程が経過した今では黒字で安定しているけれど、客層の偏りが課題だ。子どもや女性客は常連になってくれるけれど、何故か男性客は居ついてくれない。何度も通ってくれているのは、このオスカー王子くらいだろうか。

わたしはどこか肩身狭そうにお茶を啜るオスカー王子に視線を向けた。

彼は本日5杯目のお茶を飲み干したところだった。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



街並みが夕暮れに染まっていく。

その光景を横目に見ながら、わたしは「ローズクラウン」の庭園の入口に「close」と書かれた小さな看板を出す。

「ローズクラウン」は首都のはずれにある門前町の一角にあり、港町へと続く街道に面している。その為、夕刻になると港町へ帰っていく漁師や港町からこのフラワーリングに戻ってきた貴族達の往来が増える。わたしは常連客である漁師の女性に挨拶をし終えると、店内に戻る為庭園に入った。


店の前に広がる庭園はテニスコート一面程の大きさがある。門から店へは白石で出来た小道が続いており、その左右には花壇がある。花壇にはピンクや赤の薔薇が咲いており、見ているだけで気持ちが華やぐ。開業の際に雇った庭師に「グッジョブ」の言葉を贈りたい。


木製の店の扉には、わたしの顔の位置に小窓がついている。その小窓にはわたし=アリソン・ヒューズの顔が映る。

顔立ちはエヴァジェンナ・レヴィと同じであるものの、髪の毛はふわふわしていて色味はエイデンと同じアプリコットブラウン。それだけでエヴァジェンナ・レヴィよりずっと愛らしく見える。この小窓に映っている姿ではよくわからないけれど、シーエメラルドの瞳に桃色の肌にさくらんぼ色の唇。アリソンの姿はやっぱり、わたしの理想の姿が詰まっている。

わたしは少し乱れていた前髪を直し、店へと戻った。


営業時よりやや薄暗くなった店内では、エイデンが食器洗いをしている。わたしがテーブルを拭き始めると、お手洗いからオスカー王子が出てきた。お手洗い用の清掃グッズを手にしたオスカー王子は、「どうして俺がこんなこと」と言いたげな不満気な顔をしている。

お手洗い用の清掃グッズを仕舞うオスカー王子に、わたしは掃き掃除をお願いした。オスカー王子は渋々請け負ってくれた。


わたしの勝手なイメージかもしれないけれど、宮殿で暮らす王子様は掃除や整理整頓なんてできないものだと思っていた。だけど、このオスカー王子は「できる男」なのだ。


オスカー王子が掃除を手伝ってくれるようになったのは、彼が茨邸に侵入してきた翌日からだった。エイデン評では、「アリソンは雑だけどオスカーは繊細。オスカーに掛かるとトイレも床も光輝いて見える」とのこと。だから、その日からずっと……この3日間程、わたしはオスカーに掃除をお願いしている。

まあ、オリビア王女を連れ帰れる日まで茨邸に泊めることになったので、掃除は家賃代わりだ。誘拐犯だと決めつけてきた失礼な人を、王子様だからって特別扱いするつもりはない。


それにどうも、オスカーはまだエヴァジェンナ・レヴィがオリビア王女をどこかに隠しているのではと疑っているらしい。オリビア王女の行方を捜すのなら街中で情報収集すればいいのにずっと「ローズクラウン」の店内にいるし、どうもわたしの就寝中に茨邸を散策しているようなのだ。

わたし達の傍にいても何も変わらないのではとエイデンが尋ねたところ、オスカー王子は「若い娘は噂好きなので来客の話に聞き耳を立てている」と返してきた。

まあ、あながちその考えは間違ってはいないけれど……。


片付けや掃除を終えたわたし達は裏口から「ローズクラウン」を出ると、地下道を通って茨邸に帰宅した。



◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



翌日の昼下がり。ランチタイムの賑わいも落ち着き、店内には空席が見え始めた。

わたしはカウンター席に座る30歳くらいの女性客にティーセットを提供した。女性はいつものようにティーポットからカップにローズヒップティーを注ぎ始める。よくて2日に1度またはもう少し緩やかなペースでやって来る彼女が連日やって来るのは珍しいし、どこか元気のない様子だ。わたしはそれが気になり、思わず彼女に話しかけていた。


「近頃調子はいかがですか」


「おかげさまでお肌の調子は絶好調よ。ただ、最近はストレスが……」


女性はふぅーっとため息をつく。

そんな彼女にはリラックス効果のあるハーブティーを勧めてみようか。ラベンダーにカモミールにレモングラス……色々あるけれど、彼女の口に合うのはどれだろうか。


「まさか、家族が帰ってこないとか?」


わたしが考え込んでいると、一席空けて隣に座る中年男性が女性にそう尋ねた。最近体重の増加に悩んでいるというぽっちゃり体型のその男性は、先程わたしが勧めたサラダプレートをぼりぼり食べながら女性を見ている。

驚いた様子の女性は、一拍置いてから静かに頷いた。


「近頃若い娘の失踪が増えてるみたいだからなぁ。気を付けんと」


「ま、まさか。妹は少し前からヤンチャで、無断外泊なんて何度もしてるんです。今回もそうに決まってます」


一人だけ年が離れてるから甘やかされてそうなってるんです、女性がそう早口でまくし立てるのでわたしはその件については何も言えなかった。中年男性もそのようで、サラダプレートを秒で食べ終えるとルイボスティーを一気に飲み干して退店した。


その後も女性客は何事もなかったかのようにゆっくりとティータイムを楽しみ、入店から1時間経過した頃に退店した。


その頃、わたしはカウンター席の端に座るオスカー王子に本日6杯目のアールグレイティーを提供した。無理して飲まなくてもいいのにとわたしは言うのだが、彼は「飲食もせずに客席にいるのは不自然だろう」と言いカップが空になる度にお茶を注文するのだった。


来客用の扉が開くと、一人の少女が入店してきた。テーブル席を片付けていたエイデンが少女に気づき出迎えの為に移動しようとすると、少女は今にも泣きそうな顔になりながらエイデンに駆け寄っていく。


「エイデン、ごめんなさい」


深々と頭を下げる少女に、エイデンは優しい口調で頭を上げるように言う。少女が顔を上げると、エイデンは罪作りな笑顔を浮かべながら少女に事情を尋ねている。店内にいる数名の客が何事だろうとその様子を見ている。


昨晩街を歩いていたところ、少女はバッグを盗まれたらしい。その中にエイデンに借りている小説が入っていたそうだ。だからもう返せないと涙ながらに訴えている。


小説ならまた買えばいいじゃないかとわたしは思ったけれど、どうやらそうもいかないらしい。その小説には今は亡き作者のサインは記されており、希少価値の高いものだとか。少女は何度も謝罪の言葉を繰り返し、ついに泣き出してしまった。


エイデンは少女を宥めると、店の奥にあるテーブル席へと座らせた。そしてわたしに少女のお気に入りであるというスコーンとミルクティーを用意するように言った。


わたしは小鍋にミルクを入れると、火のついたコンロへと移動させる。その間にポットに茶葉を入れる等ミルクティー提供の準備を進める。そんな中、店内のどこかから「茨邸の魔女」の話題が漏れ聞こえてくる。


「茨邸の魔女が盗んだのかしら」


「最近失踪事件が増えてるそうじゃない。それにも茨邸の魔女が絡んでたりして」


違う! わたしは犯人じゃない!

そう叫び出したい気持ちを押し殺しながらスコーンを盛り付けていると、両肩をぽんっと叩かれた。振り返って見ると、すぐ後ろにエイデンの美しい顔があった。エイデンは耳元でそっと語り掛ける。


「疲れが溜まっているようです。ここは私に任せて、裏で休憩してください」


とても優しくてありがたい提案だけど、それは何だか逃げるみたいで嫌だ。わたしは左右に首を振る。すると、エイデンはぽんぽんっと頭を撫でる。


「だーめ。あなたに倒れられたら私が困るんです」


こんなことじゃ倒れないわよ。こっちの世界での外見は17歳だけど、本当はもう30年も生きたいい大人なんですからね。


「本当に強情な人だ。私に逆らうのなら、しばらくアリソンの姿にしてあげませんからね」


嗚呼。それは困る。

そんなことをされては、わたしはずっと茨邸に引きこもらねばならない。インドアなのでそれはそれで楽かもしれないが、どんどんダメ人間になっていく気がする。それだけは困る。


わたしはしてやったりと微笑むエイデンに見送られながら、裏にある休憩スペースへと移動した。




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