09.常夏の国
小鳥のさえずりで朝の訪れを察するけれど、わたし=陽野下耀は、布団の心地よさから抜け出ることができない。それはきっと、昨晩夜更かしをしてしまったせいだ。朝食ができたとエイデンが起こしに来てくれてたけれど、体が動いてくれない。エイデンはいつでも出掛けられるような恰好をしているし、しゃっきりとしている。昨晩星空を眺めていたのは彼も一緒だったのに、元気なものだ。
彼は「これでは出掛けられませんよ」と呆れたように言う。――あれ、今日って……あ、そっか。フレアヴァルムに行くんだった。わたしが独り立ちできる環境にあるのか下見をする為に。そう、わたしの為に。そう気づいたらこうしているのが申し訳なくって、眠りを求める体を叩き起こす。そして、朝の準備を始める。
エレノアがやって来たのは、軽めの朝食と後片付けを終えた頃だった。自分では出来なかったので、エレノアに髪をまとめてもらいその上にボンネットという帽子を乗せてもらう。そして、色付きの眼鏡を装着する。鏡の中に映るわたしを確認すると、髪は見えないし瞳の色もよくわからない。これならたとえエイネブルームの人に会っても、「イバラテイの魔女」と言われることはないだろう。
準備を終えたわたしは、エレノア・エイデン・フォボスとディモスと共にエイデン宅を出立する。フォボスが操縦する馬車に揺られること数十分。エイネブルームとフレアヴァルムの国境にある検問所に降り立った。検問所の門扉の前には武装した男性が2人立っており、わたし達を出迎える。彼らは検問所を管理する役人、といったところだろうか。
エレノアが門扉前の役人に3人分の通行手形を見せる。すると、役人2人は姿勢を正して敬礼をする。――妙に畏まったこの感じ……飛竜王ないし上司から飛竜の姫と王子が来るとか聞いていたのだろうか。
門扉前の役人が合図をすると、門扉がゆっくりと開く。内側にいる武装した男性役人が4人掛かりで開門をしている。その間、門扉前の男性役人からの視線が刺さる。わたしは思わず自身の目元と頭部に手を伸ばす。――大丈夫。眼鏡もボンネットもちゃんと装着されている。今のわたしは、「イバラテイの魔女」と騒がれる条件は満たしていないもの。
エイネブルーム側の門を潜ると、フレアヴァルム側となる対面の門が見えてくる。距離は100メートルくらいだろうか。そこに辿り着くまで、数十人の武装した役人の前を通らないといけない。わたしは反射的にボンネットのツバに触れる。もし誰かに外せと言われたらどうしよう……そんな気持ちのせいでいやに緊張する。
「きゃっ」
おでこが柔らかい何かにぶつかって、わたしは小さく悲鳴を上げていた。ずれる眼鏡を直しながら前方を確認すると、それはやはりエレノアの背中だった。エレノアはやや驚いた顔をした後で、苦笑する。どうやら身体検査をするらしく、立ち止まることになったのだ。そこは門と門の中間くらいの位置で、左右に受付のようなカウンターがある。
カウンターから武装した女性役人が2名出てくると、エレノアとわたしの所にやって来て服の上から体に触れ始めた。エイデンは武装した男性からわたし達と同じように身体検査を受けているみたい。
身体検査が終わると、ゴルフボール大のガラス球を渡される。わたしが触れても透明なままだけど、エレノアとエイデンが触れるとガラス球の中で真っ赤な炎が燃え上がるようになった。それを確認した役人がわたしだけ先に行くように言ってきたので、フレアヴァルム側の門へと移動する。門から一歩足を踏み出すと、ムッとした暑さを感じ始める。まるで、冷房の効いた室内から真夏の炎天下に移動した時の感覚に似ている。
それにしても、国境を跨ぐだけでこんなにも変わるものなの。門扉脇に生える植物は、ヤシの木やハイビスカスのような花。いかにも南国の植物ですといった感じ。エイネブルームに息づく植物は日本本土に生えている植物と似たものが多かったので、まるで違う。春の日本の本土から、沖縄やハワイに旅行しに来たかのような感覚になる。
目前には南国の植物が生えた庭園のような道が広がっており、武装している役人以外の人影はない。額から流れる汗を拭いたくても、ボンネットや眼鏡があるから拭えない。そんな状況下で待つこと数分。エレノアとエイデンがわたしに合流する。
街に向かっている道中、二人が両腕に見覚えのないブレスレットを付けているのに気づいた。どうやら魔法の発動を抑制するブレスレットのようで、魔獣族が人間の国に入国する時は必ず装着しないといけないものらしい。警戒しすぎな気もするけれど、海外から日本に入国する時も銃は携帯できないようにするだろうし……治安を守る為には、しょうがないか……。
あー! それにしても、暑いっ! なんで、エレノアもエイデンも涼し気な顔をしているんだろう。半袖のワンピースを着ているわたしですら暑くて汗流してるのに、2人は長袖の服でも平気そうだ。思い切って尋ねてみると、暑さに強く寒さに弱いのが飛竜族の特性なのだそうだ。どうやら、わたしにとって適温のエイネブルームの気候は2人にとっては寒いらしい。むしろ、フレアヴァルムの気候の方が合っているのだとか。
飛竜族の2人は、竜の姿の時は別としても今の容姿は人間と一緒だ。一緒に過ごしてきたからわかるけれど、生活様式も人間とあまり変わらない。だけど、やっぱり人間と飛竜族はどこかが違うみたい。人は、自分と違うものはおかしいとか怖いとか感じたりする。だから、人間と魔獣族の共生は難しいのだ。でも、それってなんだか勿体ないよね。エレノアもエイデンも親切だし素敵な人物なのに、それを知る機会がなくなっちゃうじゃない。
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国境を越えてから歩くこと数十分。街へと辿り着いた。エイデンの話ではフレアヴァルムの玄関口の一つであるこの街の規模はわりと大きく、商業や観光施設が発展しているのだそうだ。その説明の通り、昼前の比較的早い時間であるにも関わらず、露店が立ち並ぶ通りはそれなりの賑わいを見せていた。行き交う人々はエイネブルームの住人達と同じく西洋人風ではあるものの、日に焼けているせいか肌の色が褐色に近い人達が多い。服装はわたしと同じように夏仕様の薄着な人が多いからか、長袖で春のような装いのエレノアとエイデンはじろじろと見られている。
「お兄ちゃん、飛竜だろう。これ、食ってかんかい?」
エイデンに向かってそう言ったのは、露天商である初老の男性だ。ヤモリの串焼きを差し出している。男性の目の前にある火の付いた網には、カエルやサソリといったゲテモノの串焼きが並んでいる。――って、ひどくない!? ヤモリって、見た目ドラゴンに似ているわよね。共食いみたいなものじゃない。さっき飛竜って言ってたから、正体わかってるみたいだし……って、なんでわかるの? 人間の時の見た目は、エイデンもエレノアも人間と変わらないのに。
エイデンはやんわりと男性の誘いを断り、再び通りを歩きだす。わたしも共に歩き出しながら、エレノアにでもエイデンにでもなく尋ねる。先程の男性はどうして飛竜族と気づいたのだろう、と。するとエイデンが口を開き、この炎天下に長袖を着ていることや魔法封じのブレスレットを付けているから推測で話しかけてきたのだろうと答える。
なんだろう。わたしが想像していたより、人間と魔獣族は不仲というわけではない気がする。男性がエイデンに投げかけた言葉は少し意地悪ではあるけれど、剣呑な雰囲気ではなかった。エイネブルームでの経験上、魔獣族や魔女はもっと嫌われていると思っていたけれど……あ、それはわたしが「イバラテイの魔女」とやらと疑われていたからか。
あーあ。ダメ。そんなこと思い出したら、暗くなっちゃう。せっかく新天地に来れたのだから、満喫しなくっちゃ。わたしはふと、露店の後ろに並ぶ建造物に視線を送る。建造物はエイネブルーム国内と同じくロココ様式ではあるものの、窓や玄関口が大きいような気がする。熱帯気候なので、少しでも多く風を取り入れる為だろうか。この国は確かに暑いけれど時折吹く風のおかげで汗がさっと引いていくし、何より日本の夏と違ってジメっとしていない。なんとなく、暮らしていけそうな気がする。
その後、早めのランチをする為に飲食店に入った。フレアヴァルムの名物だという激辛料理は火を噴くような辛さで、わたしは完食するのが難しかった。――おかしいな。日本にいた頃はハバネロを使った料理とかも食べられたのに……。味覚が変わっちゃったのかしら。
ランチの後は観光地の一つだという、フルーツのテーマパーク的なところに足を運んだ。南国のフルーツが実る園内を人力車のような乗り物で回る、といったスポットだ。――高校の修学旅行で沖縄に行ったけど、既視感があるなぁ……。
そんなこんなでフレアヴァルムの観光を楽しんだわたし達は、再び露店を見て回ることにした。通りを歩きながら四方を眺めていると、エレノアが「半日過ごしてみたけれど、どう?」と話しかけてきた。
――どう、かー。ロココ様式の建物が可愛いし人々の雰囲気は明るいし空気は美味しいし、なかなかにいい街だと思う。それは、エイネブルームでも感じたことではあるけれど。それをそのまま伝えると、エレノアはそれならこの後ギルドに行って仕事がありそうか聞きに行こうと提案してくる。――うん。この瞳や髪の色がフレアヴァルムでは大丈夫か確認もしたいし、それがいいと思う。
ギルドを目指し、露店の並ぶ通りを進んでいく。太陽が西寄りになり夕刻へと向かっていく頃合いの今は、昼前とは比べ物にならないくらい人通りが増えている。前を行く人を抜かすには、タイミングを見て動かないといけない程だ。そんな中、進行方向から子どもの集団が走り抜けてくる。人並みの間をすり抜けるのが楽しいらしく、けらけらと笑っている。大人達の中には迷惑そうな顔をしている人もいるけれど、誰も注意しない。なんか、こういうところは令和の日本と似てるなぁ。
どんっと、お腹のあたりに軽い衝撃が走る。後方によろけたわたしが前方を見ると、5歳くらいの男の子がしりもちを付いて倒れている。どうやら、この子とわたしがぶつかったらしい。
「ごめんね。痛かったかな?」
わたしがそう言って手を差し出すと、男の子は何も言わずに自ら立ち上がる。そして、わたしのすぐ横を走り抜けていく。――え、なによ。今の態度は! 赤の他人だから手を取らないのはしょうがないにしても、一言「ごめん」くらい言えるでしょうが! いら立ちのあまり男の子を目で追っていたわたしが視線を戻すと、男の子がいたあたりに布袋が落ちている。布袋の中身は金貨だ。
「え。これって、あの子の財布?」
いくら感じの悪い子であっても、財布を失くすのは可哀想。わたしは踵を返して走るものの、さっきぶつかった男の子の姿は見当たらない。後ろから来る子どもが次々とわたしの横をすり抜けていくから呼びかけるものの、誰も止まってくれない。――ああ。どうしよう。警察的な人に渡せばいいのかな。そうだ! エレノアかエイデンに聞けばいいんだ。あれ。でも、二人ともどこに行ったの?
わたしは再び踵を返し、さっきまでの進行方向へと進む。本当なら全速力で進みたいけれど、行き交う人の多さにそれもままならない。――ど、どうしよう。あ、ギルド! そうだ、ギルドに行こうとしてたんだもの。誰かにギルドへの道を聞けばいいんだ!
どんっと、今度は肩へと衝撃が走る。さっきよりもはるかに大きな衝撃で、後方に倒れそうになるものの踏ん張ってこらえる。
「おいおいお嬢ちゃん。どうしてくれんの!」
いかつい声が前方からするので見ると、そこにはギャングのような見た目の男が2人。どちらもわたしに睨みをきかせてくる。どうやら、彼らが「兄貴」と呼ぶモヒカンの男とぶつかってしまったらしい。地面へと倒れ込むそのモヒカンの男を、睨んでくる2人の男とは別の男が支え起こしている。
いやいやいやいや。わたしにぶつかったくらいじゃ大の男が倒れないでしょ。ツバをまき散らしながら男達が恫喝してくるけれど、恐怖よりもわけがわからないという気持ちの方が大きい。道行く人達は遠巻きにわたし達を見ている。
「おい! 黙ってちゃわからんだろ!」
チンピラの1人がわたしの腕を掴んでくる。――やばっ。結構痛い! え。なになに。お金を払いますとか言えばいいの? それとも、体で支払えとか言われちゃう!? か、体で払え? うっ。
急に視界が真っ白になり、共に脱獄してきた男達の顔が浮かぶ。押し倒された末に服を引き裂かれ……その時の、太った男の脂ぎった視線。急な眩暈と吐き気に襲われてしゃがみ込みたくなるのに、腕が引っ張られているからしゃがみ込めない。へなへなと足が震える。
「ねぇ。あんた達、俺のハニーに何の用なの?」
その声に呼び覚まされるように、視界が鮮明になる。――そうそう。ここは、フレアヴァルムの雑踏の中。いくら何でも誰かに急に襲われることなんてない、はず。落ち着けヒカリ!
シャキンと、金属の擦れ合う音が響く。見ると、下っ端のチンピラ2人が、抜き身の剣を手にしている。うち1人は、わたしのすぐ横に立つ14歳くらいの少年に切っ先を向けている。――いや、少年なのかな。腰まで伸びた金髪は絹のように滑らかで、白い肌は陶器のように美しい。碧眼を縁取るまつ毛は長くて……少女のようにも見える。声の低さから察するに少年なんだろうけど……どっちにしろ、とんでもなく美しい人。
「剣術は俺も得意だよ。遊んじゃう?」
少年は、けらけらと笑いながらそう言う。煽られたチンピラが「このガキー!」と叫びながら剣を振り下ろすものの、少年はそれをひらりと交わす。その身のこなしはとても優雅で、ゆるく結わえた金髪が揺れる様も美しい。
「いいじゃん。おいで」
わたしは腕を掴み続けるチンピラに引っ張られて、少し離れた場所で少年とチンピラの剣戟を見守る。いつの間にかモヒカンの男も剣を抜いていて、1対3の構図になっていた。少年は俊敏な動きで3人の攻撃を交わしながら、腰に提げた鞘から細身の剣を抜く。そして、しなやかな動きで瞬く間に3人の男を伸していく。周囲からは、少年への喝采が巻き起こる。
少年の視線がわたし――いや、わたしを掴んでいるチンピラへと向かう。そして、彼はニコッと笑う。
「見てたと思うけど、みねうちだから死んでないよ。打ちどころ悪けりゃ知らないけど……あんたもこうなりたい?」
少年の声が止んだ刹那、耳元で金属の擦れ合う音がする。チンピラの持つ剣の刃がわたしの首元へと向けられ……ひぃええええええ!
「こいつ、おまえの女なんだよな。どうなってもいいのか?」
ちっちちちち、違いまーす! だから、放してください! そう叫びたいのに、声が出ない。こんな状況なのに、何故か少年は余裕の表情。
「どうなってもいいの? って、こっちのセリフ。今のあんた、めちゃめちゃピンチだよ」
「はあっ!? ざけんな!!」
チンピラが叫ぶと同時に、首に向けられた剣先の動く気配がする。――やばっ、これは刺され……ん? 痛く、ない? それどころか、ドサッと何かが地面へと崩れ落ちる音がする。そして、わたしの体もバランスを崩して倒れそうになる――けれど、肩のあたりを何かに支えられる。
足元には、地面へと倒れ込むチンピラ。わたしの体を優しく支えているのは――背の高い銀髪の少年だ。年齢は金髪の少年より少し年上くらい、かな? 涼やかな目元が怖い気もするけれど、触れられている部分は痛くないし、きっと悪い人じゃない……よね。事態を飲み込めないもののどうやら銀髪くんにも助けられたのだから、お礼を言わないと! そう思って口を開くけれど、銀髪くんの声に阻まれる。
「おいパット。俺が失敗してたらどうする気だったんだ」
「相棒のこと信頼しなくてどうするんだってよ」
パットと呼ばれた金髪くんはそう答えながらわたし達へと近寄って来る。そしてすぐ目の前までたどり着くと、金髪くんはニコッとわたしに笑いかけてくる。
「怖かったよね。気づくの遅くなってごめんね」
気遣いの言葉を受けたわたしはどうしてか申し訳なくなって、左右に首を振る。ありがとうとかご迷惑をおかけしましたとか色々言いたいことはあるのに、まるで絵画に描かれた美少年のような彼を前にすると、言葉が出てこなくなる。
「強がらなくていいんだよ。顔、真っ青だった。今にも気絶しちゃいそうなくらいで……心配したんだよ」
金髪くんは眉を八の字にして、本当に心配そうな顔をしてくれる。そして、わたしの手をぎゅっと握る。手はごわごわとした感触で、外見の美しさとギャップがある。
「でた。いつもの悪癖」
後方から銀髪くんの声が降って来る。その声音には呆れたような響きがある。
「ん? アクヘキ? なんだそれ。フレアヴァルムの名物か?」
「悪い癖ってことだよ。――本当、色々学んでるはずなのに言葉を知らないよな」
金髪くんは不満げな顔をして銀髪くんに何か言い返そうしていたけれど、視線を雑踏の中に移す。そしてその直後、「やばっ」と声を漏らす。
「ルイス、行くぞ!」
金髪くんは銀髪くんにそう呼びかけ、駆け出す。銀髪くんもそれに続く。遠巻きに見ていた人込みに入り込む直前に金髪くんは振り返ると、こちらに向かって手を振る。
「ハニー! またね!」
ハ、ハニーって、わたしの、こと? またねって言ってたけど、また会える、のかなぁ?
金髪と銀髪コンビの姿が完全に人込みに吞まれると、人々の視線はわたしへと集中する。――えっと、これはどうすればいいんだろう。わたしも逃げればいいのかな……。
でも、悩んでいるのもつかの間。金髪くん達が消えていった方向とは反対の方向から武装した男性が数人やって来る。どうやら街の治安を警護する騎士で、騒動を聞きつけてやって来たらしい。地面で伸びているチンピラ達を抱え、どこかへと連行していく。
野次馬の話からわたしがチンピラに絡まれていたのを知ったらしく、騎士は事の経緯が聞きたいので、まずは身分証を見せるように言ってくる。――身分証って、この世界にもあるの? 通行手形が代わりになるのかなぁ……でも、エレノアが持ったままだ。
わたしが何も答えられずにいるとおかしいと思ったのか、騎士の駐屯所に付いてくるように言われる。それを拒むこともできなくて、わたしは大人しく彼らの言われるがままになる。
騎士の駐屯所の一室に連れてこられたわたしは、身の上について尋ねられた。異世界からやって来たことや飛竜族の支援を受けて入国したことを正直に話すと、挙動不審だったり身分証を携帯していなかったりしたことを納得してくれた。また、チンピラに襲われた理由がいちゃもんであることは「よくあること」らしく、疑わずに聞いてくれた。――ただ、通りがかりの人に助けられたのは珍しいことらしく、どういった人物なのか根掘り葉掘り聞かれた。
エレノアとエイデンが迎えに来てくれたのは、日が完全に落ちた頃だった。騎士達の対応は至って紳士で、待ってる間は苦痛ではなかった。――けれど、寂しかった。だから、2人の顔を見た瞬間とても安堵した。
そんなこんなで今日はギルドに行くことは叶わず、わたし達はエイデン宅や飛竜族の街へとそれぞれ帰路へ着くこととなった。人込みでぶつかった男の子の財布は騎士に渡したけれど、男の子の元に無事帰るのだろうか。それがほんの少し心配。




