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薔薇に棘はあれど、茨邸の魔女に棘はあらず  作者: 卯野瑛理佳
EP0-1 アリソン
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08.父子

飛竜王ひりゅうおうとの謁見を終えたわたし=陽野下ひのもと耀ひかりは、エイデンと共にエレノアの馬車に乗車してエイデン宅に戻った。謁見後に飛竜城内でライリーに再会した際に「よかったら泊っていかないか」と誘われたけれど、エイデンは即行で断っていた。――義理のお兄さんになる人なのに、そんな態度取ることないじゃない。どうせエレノアの心が奪われて嫉妬してるんでしょ。本当、シスコンなんだから。


その翌日の今日。いつも通り朝食を終えた頃にエレノアがエイデン宅にやって来たけれど、いつもと違い騒々しかった。それは何故かと言うと、ライリーも一緒だったからだ。エイデンが少しムッとした様子で迎え入れると、ライリーは仕事が休みだから遊びに来たのだと快活に話す。獣や魚の狩りで競争しようと提案するライリーに対し、エイデンは「私はそんな野蛮な遊びはしない」と返答。――まあ、そうだよね。エイデンって色白で虚弱な感じがするもの。趣味は読書だし。それに対してライリーは黒光りしていてガタイがいい。対極にいる感じ。


「ふむ。勝てない勝負はしないってか」


ライリーはまるで挑発するように言うものの、エイデンは意に介していない感じで答える。


「いえ。くだらないことはしないというだけです。――そもそも、私にはすることが色々あるんです」


エレノアが「たとえば?」と問いかける。


「朝食の片付けとか……掃除とか買い出しとか」


「買い出しって、相変わらず人間の国の市場に行ってるのか? そこそこ距離があるのだろう。だったら、狩りをした方が良くないか? 体も鍛えられるし!」


エイデンは黙々とテーブルに並んだ食器を下げ始めた。わたしも自分の分を下げ始める。エレノアがエイデンに「私が代わりにするから行ってくれば?」と声をかけるものの、エイデンは首を縦には振らない。


「そうか。それは残念だなー。いやな、書庫の整理をしていたら大昔の禁書が見つかってな。非常に珍しいものなんだよ。エイデンが勝ったらこっそり持ち出そうかと思ったんだが」


ライリーのその言葉にエイデンが反応する。知的好奇心がくすぐられたのかどういった内容のものかとライリーに詰め寄るものの、ライリーは「人間の歴史に関するものってことしか俺にはわからん」とあやふやな答えをする。――エイデンは少し考え込んだ後、渋々勝負することを承諾した。


「その代わり。俺が勝ったら、7日後の宴にエイデンも出席すること」


ライリーのその発言にエイデンは躊躇いを見せたものの、その躊躇いの理由より知的好奇心の方が勝ったのか2人の対戦は開催されることとなった。




エイデン宅に残ったわたしとエレノアは、朝食の食器を片付けている。雑談の流れでわたしは7日後の宴とは何なのかエレノアに尋ねた。


「その日はね、父様の誕生日なのよ」


父様。その言葉を耳にして、先日謁見した飛竜王の姿が浮かぶ。年の頃は初老ながら筋骨隆々の勇ましい王は、線の細いエレノア・エイデンの姉弟とは似ていない。唯一、陽だまりのようなオレンジ色の瞳がエレノアと似ていた。


「そうなのね。お父様の……」


ライリーが誘うということは、エイデンは宴に参加する予定はなかったということ。父親の誕生日を祝う宴に参加しないなんて、エイデンは飛竜王と仲が良くないのだろうか。――あ、それよりも廊下で突っかかってきたあの嫌味なお兄さんに会いたくない? そんな言葉が口から出そうになったけれど、人の家庭の事情に立ち入ってはいけない気がして口を噤む。聞いたら聞いたで教えてくれそうな気もするけれど、何となく聞きにくい。別の話題がいいわよね。


「そう言えば、エレノアとエイデンはお母様似なのね。優しい雰囲気や線の細い感じがとてもよく似てる。――というか、お母様の血が強い? お父様にはあまり似てないわよね」


わたしがそう言うと、エレノアの手が止まった。しかしそれは一瞬で、ハッとした後に笑顔を作る。


「そうね。私は母様に瓜二つだと言われるわ。エイデンも母様の方に似て……いや、どうなのかしら」


エレノアは考え込むものの、すぐに答えを出す。


「でも、私もエイデンも両親に愛されているわ。似ているかどうかなんて、関係ないわよ」


いつもと同じように柔和に笑う。――だけど、瞳に陰りがあるのはわたしの気のせいだろうか。




朝食の後片付けを済ませたわたしとエレノアは、エイデン宅の玄関先で作業を開始する。小さな庭園を造る作業だ。狩りに行ったからには、エイデンは夕方まで帰ってこない。彼の居ぬ間に殺風景なこの場所を華やかに変えて驚かせてやろうと、エレノアが提案してきたのだ。わたしはその作戦に乗った形になる。玄関先でエレノアの警護をしているフォボスとディモスにも手を貸してもらいながら、日暮れ頃には3メートル四方程度の小さな庭園が完成した。今はまだ花は咲いていないけれど、数か月後には薔薇とひまわりが咲くはずだ。


日本では、薔薇は春の終わり頃に花開きひまわりは真夏に咲く。だから同時期に咲くものなのかと不思議に思ったけれど、エイネブルーム国内ではどんな花であっても種を植えてから一定の月日が経てば咲くらしい。他の国では難しいらしいけれど、エイネブルームはそういう土地なのだとか。


魔法があったり人間が竜になったり……つくづくここは不思議な世界だ。


「なんなんだ、これは……」


狩りから戻って来たエイデンが開口一番そう言ったのは、わたし達が庭園を造る際に使用した農具を片付けている頃だった。エイデンは狩りの戦利品らしきイノシシ1頭とバケツに入った数匹の魚を持ったまま、あんぐりとして庭園を見ている。エイデンと同じくイノシシ1頭とバケツに入った数匹の魚を持っているライリーは、「数時間しかなかったのに、立派なもんだな」と豪快に笑う。どうやら、ライリーはエレノアの計画を知っていたらしい。


エレノアは唖然と庭園を見ている弟に語り掛ける。


「晴れの日は毎日お水をあげてね。数か月後には、薔薇とひまわりが咲くから」


「なんで薔薇とひまわり?」


「ヒカリと私の一番好きな花にしたのよ。ヒカリが薔薇で私はひまわり」


理解に苦しむ、というようにエイデンは頭を抱える。エレノアが結婚すれば今までのように遊びに来ることはできないしわたしもフレアヴァルムへと旅立ってしまう。エイデンが寂しくないように、というエレノアの配慮なのだ。エレノアがその説明をすると、エイデンは「そうか」と軽く受け流す。親切心への返しはありがとうであるべきでしょ! と言いたくなったけれど、エレノアは相変わらず笑顔で居るので言葉を飲み込んだ。


どうやらエイデンとライリーの対決は引き分けに終わったらしい。引き分けなので痛み分けということで、ライリーは禁書をエイデンに渡しエイデンは飛竜王の誕生日を祝う宴に参加することになったそうだ。引き分けという結果に、エイデンは不服そうでライリーは満足そうだ。


わたしはエレノアとエイデンと一緒にキッチンで夕食作りを始め、その間ライリーは外で狩ってきたイノシシの解体をしている。イノシシは塩漬けにして保存食にするらしいので、夕食には取れ立ての魚を使う。わたしは魚を捌いた経験のないので、サラダやスープに使う野菜のカットに勤しむ。


小一時間程で夕食が完成した。彩り野菜のサラダ・魚と野菜の具だくさんスープ・鮮魚の香草焼き・パンと、今日はなかなかに豪華なメニューだ。これをエイデン・エレノア・ライリー・フォボスとディモス・わたしの6人で食する。食事中はライリーが話を盛り上げてくれて、とても賑やかで明るい一時を過ごした。わたしはもうすぐフレアヴァルムに旅立つことになるけれど、この人達とこうやってずっと過ごせれば良いのにと思ってしまった。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




それから4日後の朝。エレノアが嬉しい知らせを持ってきてくれた。わたしのフレアヴァルムへの入国申請が受理され、通行手形が完成したのだ。通行手形はエレノアが持ってきてくれたので、いよいよフレアヴァルムへの入国が叶うことになる。――のは嬉しいけれど、お別れはやっぱり寂しいな。


とりあえず、明日は下見を兼ねてフレアヴァルムの国境の街を散策することになった。エイデンやエレノアも付き添ってくれるらしい。そんな約束をしつつ、今日はエイデンにフレアヴァルムがどういった国であるか教えてもらう。エイデンは「書物で得た知識なのでどの程度正確かわかりませんが……」と前置きしつつも話してくれた。


フレアヴァルムは常夏の国らしい。飛竜国の暑さに辟易していたわたしは、やや不安になって来た。飛竜国はジメっとした暑さでフレアヴァルムはカラッとした暑さで種類が違うらしいけれど……。どうも日本の沖縄に近いイメージで、その国独自の植物が生えていたりマリンスポーツや観光に特化していて……わたしが仕事を探すのならその辺りがいいのでは、とアドバイスを貰った。わたし、日本に居た頃から接客苦手なのよね……。そして何より、観光客が多いならエイネブルームからもお客さんが来るんじゃないの? わたし、この髪と瞳で生活していけるのかしら……。その辺りも要調査、という話にはなったけれど、話を聞くほどに不安が膨れ上がっていく。




夜の帳が降りる。フレアヴァルムへと足を踏み入れることへの不安の為か眠れないわたしは、気分転換をしようと窓を開き、外を眺めた。真っ暗で怖いくらい静かな世界に、満天の星空が広がっている。――やっぱり、この世界の星は光が強くて綺麗。


数分程眺めていると、視界の端に何か動くものを感じる。初め動物か何かかと思ったけれど、目を凝らしてみるとそれはエイデンだった。庭園の傍らで、彼もまた星を眺めている。その背中がどことなく寂し気で……放っておいたらふらっとどこかへ行ってしまいそうで……気になったわたしも外に出る。


「眠れないの?」


わたしが話しかけると、エイデンは「ええ」と答える。こんな夜中に急に話しかけても驚かないなんて、肝が据わっているのか……。


「貴女も窓から見ていたでしょう」


いや、気づかれていたらしい……。わたしは星を眺める横顔に向かい、ふとわいた疑問を投げかける。


「ねぇ。この世界にも星座ってあるの?」


正直、何月の東の方角に浮かぶのが何座とか言われてもよくわからない。星と星を結んでみても、わたしにはさっぱりその形に見えないんだもの。でも、占いとか星座の中にある物語はロマンチックで素敵だとは思う。


「星座、ですか……。ああ、エレノアに聞いたことがありますね。恋愛小説に載っていた人間の文化とかどうとか」


一応、この世界にも星座はあるのね。ただ、飛竜族の中では浸透していないみたい。


「でも、飛竜族にも星を眺める文化はあるのね。――うん。綺麗なものは魔獣族も人間も……わたしが居た世界も共通!」


きれいなものは一緒なら、嬉しいことも一緒なんだろうか。たとえば、誕生日を祝うのならプレゼントを渡すとか……。あっ! エイデンって、飛竜王にプレゼント渡すのかしら?


「プレゼントの文化って、飛竜族にもあるのよね」


わたしの問いかけにエイデンは頷く。


「お父様……飛竜王に、渡さないの?」


エイデンは苦笑し、「あの人は私からもらっても喜びませんよ」と答える。


「いや、そんなことないでしょ! わたしは誰からだってプレゼントを貰ったら嬉しいわ。あ、いや、さすがに知らない人からは怖いけど……。それに、子どもからもらって喜ばない親はいないと思うの!」


わたしがそう説得してみてもエイデンの心には響かないのか、視線を下げる。


「嫌いな奴からもらうのはイヤでしょう。あの人は、私が……特に、この目が嫌いなんだ」


目。そう言えば、飛竜城でお兄さんに生意気そうな目だとか色々言われていたっけなぁ。


「それって、あの人間嫌いのお兄さんじゃなく? お父さんにも言われたの?」


「いや、父……飛竜王には言われていません。でも、ある時から私の目を見てくれなくなった」


「ある時? 何があったの?」


わたしの問いかけにエイデンは答えない。聞いちゃいけないことだったのかな……。彼のシーエメラルドの瞳はもう星を映しておらず、暗く翳っている。翳りは美しさを半減させる……でも。


「エイデンの目、わたしは好きだよ。エメラルドみたいできれい」


まるで、エイデンも自分の目が嫌いなのだと言いたげな表情だ。だけど、そのシーエメラルドの瞳はいつ見てもきれいな光彩を放っていると思う。そして何より。


「わたしの世界にね、目は口ほどに物を言うって言葉があるの。目を見れば気持ちとかその人の人となりがわかるって意味なんだけど……。わたしね、男の人に襲われて怖くて……エイデンのことも最初は怖かったんだよ。でも、エイデンの目が優しかったから……この人は大丈夫だって思ったの」


エイデンのシーエメラルドの瞳にわたしが映り込む。その瞳をわたしはまっすぐに見つめ返す。


「わたしはね、エイデンの目に救われたの。――だから、そんな寂しそうな顔、しないで」


エイデンは柔和に笑う。その目の端に涙が滲んでいるように見えて思わず手を伸ばしかけたけれど、その手はエイデンの手に包まれる。


「ありがとう。――プレゼント、渡してもいいかな。喜ばれないかもしれないけど、もしかしたら……」


「うんうん。その意気よ! 早速、明日!」


「あ、いや……。明日は、やめませんか。その……エレノアには内緒で買いたいんです。エレノアは喜んでライリーに話すし……ライリーは口が軽いから城中に広まる。好奇の目に晒されたくなくて……」


エイデンは何事かを想像しているようで、頭を抱えている。「どうしようかなー」と冗談交じりに返したら、エイデンはムッとする。


「冗談よ。二人で探しましょうね」


わたしはそう言って小指を差し出す。すると、エイデンは不思議そうに首を傾げる。どうやらエイデンの生きた環境にはゆびきりの文化がないらしい。わたしはエイデンに同じように小指を出すように促し、出された小指を絡め合う。


「約束ね!」


エイデンがいつもの柔和な笑みを称える。瞳の奥には光が灯り、もう寂しさが感じられない。エイデンの話では飛竜王はイモを原料とした蒸留酒が好きらしく、それはフレヴァルムの名産の一つらしい。買い物をするのもフレアヴァルムの国境の街にしようと決める。


「冷えてきましたね。そろそろ戻りましょうか」


エイデンの言葉を受けて、震えを抑えるように両腕を抱えるポーズをしていたことに気づいた。わたしは彼のさり気ない気遣いに感謝しながら、エイデン宅へと移動する。エイデンはさすがは紳士で、エイデン宅の玄関扉を開いて先に入るようエスコートしてくれる。


「ありがとう。手慣れてるわね。それとも、教育がいいのかしら。さすが飛竜の王子様」


からかうようにわたしがそう言っても、反応が返ってこない。――やばっ。まずいこと言っちゃったかな。


視線をエイデンへと移すと、彼は外のとある一点をジッと見ていた。その表情には何故か険があり、心がざわつく。しばらく四方に視線をさ迷わせた後、彼は「気のせいか」と呟く。


「どうかしたの?」


そう問いかけるとようやくエイデンの耳にもわたしの声が届いたらしく、彼はこちらを見て微笑む。


「いや、なんでも。早く寝ましょう」


室内に戻ったわたし達はそれぞれの寝床につき、今宵の夢の世界へと旅立った。




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