06.理(ことわり)
わたし=陽野下耀は、飛竜族の姉弟であるエレノアとエイデンにこの世界の理について説明を受けている。
この世界には、人間と魔獣族という種族が存在している。人間は、地球の人間と同じで魔法のような特殊な術を使うことはできない。魔獣族は人間の姿と獣の姿を有しており、魔法を使うことができる。魔獣族は飛竜族の他に美魚族・天馬族・勇獅族という種族がおり、それぞれが獣の姿と司る魔法の種類が異なっている。たとえば、飛竜族なら名の如く竜の姿を有しており、炎の魔法を使うことができる。
わたしがこの世界に来てから散々呼ばれていた「魔女」とは、この魔獣族と契約をして魔法を使えるようになった人間の女性のことなのだそうだ。これの男性バージョンのことを「魔男」と呼ぶ。
魔法の力は強大だ。その為、人間は魔獣族や魔女・魔男に虐げられていた過去があった。しかし、人間は化学の力に秀でており魔法への対抗策を生み出した。その対抗策とは、魔法を封じたり魔力を吸い取ったりするアイテムの開発だ。わたしが村で被らされた布や縛られていた金色の縄もそのアイテムの1つだそうだ。
人間は虐げられた過去があるので魔獣族とは相容れないのは勿論のこと、魔獣族同士であっても種族が異なれば相容れない。その為、他種族間での争いが絶えなかった。しかし、いつの日からかそれぞれで国を築いて住むようになり、交流はほぼなくなったそうだ。
「エレノアもエイデンも飛竜族なのよね。じゃあ、ここは飛竜族の国なの?」
日本と他国を行き来するにはパスポートが必要だ。この世界にはそういったものはないのだろうか。いや、それ以前に交流がほぼなくかつては争い合っていたのなら国境の警備は手厚くなるはずだろう。わたしはそういった場所を通った記憶がないので、素朴な疑問として投げかけてみた。
すると、何故かエレノアは困ったような顔をしている。先程ドラゴン姿を見せてくれたものの人間の姿に戻っているエイデンは表情を変えておらず、わたしの質問に答える。
「ここは人間の国ですよ。フローレス王家が統治するエイネブルーム王国と言います。でも、飛竜族の住む火山が近いですから、この辺りに人間は寄り付きません。だから私はここに住めているんですよ」
エイデンはテーブルの端に置いていたA3サイズくらいの大きな本を紐解く。そこには、一つの大陸が描かれていた。その大陸は横長のひし形のような形をしており、複数箇所に文字が書かれている。その文字はどう見ても異国の字なのに、わたしの脳内には日本語で入ってくる。エイデンの教えてくれた「エイネブルーム王国」は大陸の東側に位置している。
「私達がいるのはこの辺り」
エイデンが指差したのは、大陸の東南に位置する場所だ。そのすぐ近くに火山が描かれており、「飛竜国」と記されている。そしてその火山のすぐ南には、「フレアヴァルム王国」と記されている。――フレアヴァルム、か。マチルダはこの国なら黒髪・赤い瞳でも受け入れてもらえるかもと言っていたけれど、本当だろうか。
「どうかしたの?」
わたしが一点を見て固まっているのに気づいたのか、エレノアがそう問いかけてきた。顔を上げると、エレノアと目が合う。彼女の陽だまりのようなオレンジのその瞳は温かくて、聞いてみる価値があるのかな、と思わせてくれる。――ただ、外に出るよりもここに居続けた方が安全だし気楽だ。
しかし、ここに居続けるということは永久にエイデンと共にあるということ。エイデンのシーエメラルドの瞳は冷ややかな印象もある色味ながら、柔和な表情と物腰が共に居て心地よい。しかし、恋愛感情があるかというと別だ。そもそも、彼からはわたしに対する好意は感じられないし……。ずっと、ここに居たら迷惑だよね。――うん。やっぱり、フレアヴァルムのことを聞いてみよう。
「もしかしたら、フレアヴァルムに行けばこの姿でも魔女と言われないかもしれなくて……」
そこまで話して、わたしは2人に「名前」と「異世界から来たこと(異世界の記憶があること)」しか話していないことを思い出した。エイデンには男に襲われていたことは見られているけれど、そもそもそうなった理由は話していない。
「イバラテイの魔女って知ってる?」
そう尋ねると、エイデンとエレノアは目を見合わせた。――やっぱり、知らないよね。2人の話を聞く限り、魔女は魔獣族側の人間だ。だから、わたしのことを「イバラテイの魔女」と思っていたとしても敵視してくることはないだろう。もしかしたら知っている可能性もあるかなって思ってけれど……どうやら、エイネブルーム王国だけに伝わる噂らしい。
わたしは2人にこれまでのことをすべて話した。気づいたらこの世界に居て、以前の世界とは全く違う姿になっていたこと。その姿――鴉のような黒髪と血のような赤の瞳を見たエイネブルームの人々はわたしを恐れ、「イバラテイの魔女」と呼んできたこと。そして、魔法も使えないのに魔女と疑われて投獄されていたこと。そんな話をしていると、対面に座っていたエレノアはわたしの隣に移動してきて手をぎゅっと握ってくれた。
同じく投獄されていた人達にそそのかされて脱獄し、襲われかけたことを話そうとしたら……エレノアはぎゅっと抱きしめて「うん。わかったわ」と囁いてきた。
わたしが話を終えると、しーんと静まり返る。そんな数十秒の沈黙を破ったのは、エレノアの「フレアヴァルムに行きたいのね」という再確認の言葉だった。
わたしが頷くと、エレノアは体を離していたずらっぽく笑う。
「ヒカリなら、ずっとエイデンと居てくれても良いんだけどなー」
「おいおい。当事者の意思を無視して決めるなよ」
エイデンはすかさず突っ込んだ後で、視線をエレノアからわたしに移す。
「――で、本当にフレアヴァルムに行くのでいいんですか? 元の世界に戻りたいって言われるかと」
戻れるの、かな。わたし、多分自殺したんだよね。その理由が思い出せないんだけど……。泥酔して自宅マンションのベランダから落下したのだけ覚えてる。もし地球での陽野下耀が死んでいるのなら、戻ったところで……よね。あ、もしかして、地球で死んだ人間がこの世界に転生してるとか? 自殺した人間だけ前世の記憶が残ってるとか、そういうこと?
「この世界に居たいみたいね。気に入ってくれたのかしら」
ぐるぐる考え込むわたしの様子を察してか、エレノアが明るくそう言った。
「ねぇ、エイデン。父様に頼むのが安全かつ迅速だと思うんだけど」
「ああ。私もそう考えていた。――今から行くか」
「え! 行くって、ヒカリや――エイデンも?」
驚くエレノアに対し、エイデンは頷く。
「私が言えば聞いてくれるわよ」
「甘いな。エレノアは嘘が付けないからな。俺が絡んでることもバレるだろう。そうしたら、どっちにしろ俺も彼女もあの人に会うことになる」
エイデンの反論を受けたエレノアは押し黙り、心配そうにエイデンを見ている。――ええっと、エレノアのお父さんってことはエイデンのお父さんでもあるのよね? お父さんに会いに行くってだけなのに、どうして心配してるの? あ、一人離れて暮らしてるくらいだから……勘当でもされてるのかしら。
「善は急げだ。行くぞ」
エイデンはそう言うと立ち上がり、出立の準備を始めた。エレノアはそんな弟の様子を不安げに見ている。




