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薔薇に棘はあれど、茨邸の魔女に棘はあらず  作者: 卯野瑛理佳
EP0-1 アリソン
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03.魔女と呼ばれて

馬車は想像以上に快適だった。この地域の気候が穏やかだからか締め切られていても温度はちょうどいいし、何より汚水臭くも黴臭くもない。武装した男が同乗しているので気が休まらないしお尻や腰が痛むけれど、清潔であることと視界が明瞭であることがわたしを落ち着かせてくれる。


しかし、この体は不便だ。わたし=陽野下ひのもと耀ひかりは日本ではディスクワークをしていたので、長時間座り続けることに苦は感じなかった。けれど、この体は小一時間程座っているだけでお尻や腰が悲鳴を上げ始める。アラサーだった日本にいた頃の方が10代と思しき今より衰えていそうなのに、一体どうゆうこと?


わたしがお尻の位置を変えると、対面席に座る男はそっと耳打ちしてきた。


「日暮れまでには到着する。もう少しの辛抱だ」


「むごっ……んん」


あ、そうだった。口には縄を猿轡のように付けられているから、喋れないんだった。わたしは目元を細めて軽く会釈する。だけど対面に座る彼はそれ以上言葉を続けず、視線を外した。後ろ手に縛られてる腕が縄とこすれているのか痛む。だから外してもらいたかったけれど、この様子じゃ無理そうよね……。


馬車に搭乗したのは4日前の朝だった。昼夜問わず馬車で揺られ続けてはいるものの、朝・昼・晩には食事とトイレ休憩があり馬車の外に出ることができたので、時の流れを知ることができている。


基本的に腕は縛られ口も塞がれているものの、休憩中は解放してもらえたので男達に話しかけることもあった。けれど、男達は「魔女との会話は禁じられている」としか返さなかった。それ以外と言えば、「食事だ」「用を足してこい」「出発だ」等の義務的な言葉を一方的に投げかけられるだけ。だから、対面にいる彼に感情が宿っているような言葉を掛けられて嬉しかったんだけど……。


村のリーダーらしき男といい対面にいる彼といい、優しさを感じることはある。けれど、優しさを垣間見せてくれる二人もわたしを「魔女」として忌避しているようで……なんだか切ない。


わたしは「魔女」と呼ばれているけれど、一体どうなるのだろう。二次元の作品では悪しき魔王を倒す正義の味方だったりもするけれど、地球の歴史では悪として火炙りにされたりもしている。これまでの扱い的に、良い方向には転ばなそうなのよね……。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




馬車に同乗していた男の言葉通り、夕暮れ時に馬車から降ろされた。草原の中に石造りの大きな建物が一軒と木造の小屋一軒が建っており、わたしは石造りの大きな建物へと連行された。長い廊下を進み通された一室で待機していると、入室してきたのとは別の扉から武装した数名の男と貴族っぽい格好をした老人が入ってきた。老人だけが豪奢な椅子へと腰を下ろす。それと同時に、わたしの口を塞いでいた縄は外される。


「そなた、名前は何という?」


わたしの左右に立つ武装した男達が、わたしの首元に剣先を向けてくる。下手な真似をしたら首を落とす。そういうことなのね……。あ、いや? 何もしなくても回答次第では打ち首になるの? ――あ、やば。足に力が入らない……。膝を付いたことにより低くなったわたしの首の位置に合わせ、男達の剣先も動く。


「口が聞けぬのか?」


どうしよう。本名を名乗って平気なもの? どこかの湯屋のお話みたく、名前を奪われて元の世界に戻れなくなったりしない? それに、この西洋っぽい世界観にヒノモトヒカリっていうザ・日本人な名前は合わないわよね?


「道中はペラペラと話していただろう」


右側の男はそう言うと、剣先をよりわたしに近づけてくる。――ひぃぃ。と、とりあえず、下の名前だけなら平気かな?


「ヒカリ」


わたしが答えると、場内がざわつく。そ、そうよね。やっぱり珍しいわよね。老人は立派に蓄えた白髭に触れながら、「ヒカリ、というのが名前か?」と確認してくる。わたしは「そうです」と答える。


「イバラテイの魔女か?」


はい。でーた。謎の言葉「イバラテイ」。


「違います! そもそも、イバラテイってなんですか?」


どこからか、「とぼける気か!」との怒号が飛んでくる。それに続いて様々な怒号が飛んでくる。心当たりのない嫌疑を掛けられてイライラするわ悲しいわで泣きたくなるけれど、泣いたらきっと負けだ! わたしはぐっと握りこぶしを作る。


「否定をされてもな。クロウブラックの髪にブラッディレッドの瞳。その姿では説得力がないんじゃ」


老人は静かにそう言うと、わたしから視線を外す。


「このまま話していても真実はわからぬだろう。明日からじゃ。今日のところは牢へ」


老人はそう告げると、部屋を後にした。




わたしは尋問を受けた部屋から出されると、地下へと連行された。そこには鉄格子で区切られた部屋が数か所あり、その中に複数人の人間が捕らえられていた。捕虜達は座ったり寝転んだりしたまま視線だけをわたしや武装した男達に向けてくる。


わたしはその最奥にある部屋に閉じ込められた。簡易的なベッドが2台とトイレが置かれているので、食事さえ持ってきてもらえれば生活はできそうだ。だけど地下だからかトイレがあるからか妙にじめっとしているし、何となく臭い気がする。こんなところで過ごさないといけないなんて……悲しすぎる。


「辛気臭い顔しなさんなって」


声のした方を見ると、室内にあるベッドの上に半身を起こした女性がいた。さっきまで姿が見えなかったけど……横になっていたのだろうか。


「随分若いようだけど……あんた、いったいどんな悪さしたんだい?」


悪さ? 一体どういうこと? わたしは何もしてない! そう伝えようと口を開いた時、男の大きな笑い声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、鉄格子で遮られた隣室にいる太った男が、嘗めるような視線でわたしを見ていた。ゾクッと鳥肌が立ったので、さっと視線を逸らす。


「イバラテイの魔女ってよ、お花の国じゃかなりの有名人なんだよ。ライオンの姐ちゃん、そんなことも知らんのか?」


「あたしゃエイネブルームにゃ来たばかりでね。なに。この子、こんなあどけない顔して相当なワルなわけ?」


「処女の生き血を啜り色男の心臓を食らう」


隣室から先程とは別の声が聞こえてきた。話しているのは筋肉質な体躯の男だ。むき出しになっている両腕に大きなタトゥーがある。


「だから人間ながら2000年以上も生きており、若さと美しさを保っている――んだってよ。小娘に見えるけど、すげえババアなんだぜ」


なにそれ。心当たりの欠片もない。――あ、でもこの姿なら生まれたばっかりってことはないだろうし……記憶がないだけで実はそういうことしてたの? うっ。血や心臓を口にしてたかもなんて、急に吐き気が……。


「あっちゃー。じゃあ、あたしも血を啜られちゃうか」


同室の女性が冗談っぽく言うと、太った男がガハハーと笑って続ける。


「姐ちゃんは処女じゃないから吸われんだろ」


「ちょっとぉ。あたしの何を知ってるってんだい! っていうか、同室にするってことは看守達もあたしをそういう目で見てるってことかい。失礼しちゃうね」


「姐ちゃんの年齢で処女扱いした方が失礼だろ」


同室の女性がひと睨みをすると、太った男とタトゥー男は「おーこわいこわい」と言いながら隔てている鉄格子から離れた。女性の年齢は20代半ばから30前後くらいだろうか。令和の日本だったらそのくらいの年齢で未経験の人もいるけれど、この世界では珍しいのかしら。


ふと視線を壁にやると、グレーだった岩壁が淡い金色に光りすぐグレーに戻る。この世界には不思議なものばかりがある。壁に手のひらを乗せると、ひやりとした冷たさを感じる。




◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆




夜が明けると朝食の後に牢から出され、昨日の尋問室とは別の部屋に連れて行かれた。水の入った水槽に入れられて色々聞かれたけれど、変わらず何も答えることはできなかった。だって、イバラテイの魔女なのかとかどんな悪さをしてきたのかとか仲間はいるのかとか……わたしにはさっぱりわからないもの。水槽に入れられたまま何時間か放置されて牢に戻される直前にも同じことを聞かれたけれど、だから何も答えられないんだって! と思うことしかできなかった。


牢に戻されたのは夜になってからだった。地下牢の天井付近に窓のような穴があり、そこから外の様子をうかがい知ることができおおよその時刻を把握できるのだ。朝から夜まで……少なく見積もっても8時間くらい? も尋問されるなんて……なんだ。わたしってやっぱり大悪党なの?


同室の女性はもう食事を済ませたらしく、わたしにだけパンと具の入っていないスープが配られた。完食しても10代の成長期の体には足りないらしく、お腹がぐーっと鳴る。その音は女性にも聞こえていたらしく、「お嬢ちゃん元気だねぇ」と笑われてしまった。




翌日は暖炉の効いた部屋で尋問を受け、翌々日は扇風機のような機械で発生させた風が吹きすさぶ部屋で尋問を受けた。それでも何も答えることはできなかったし、日を追うごとに武装した男達は不思議そうな顔をする回数が増えていった。


どうも不思議に感じているのは捕らえる側だけではなく、わたしと同じように囚われの身側もらしい。風が吹きすさぶ部屋から牢に戻って来た時、同室の女性にどういった拷問を受けているのか聞かれた。わたしは拷問という程ではないけれど……とその内容を話すと、女性は目を白黒とさせる。


「あんた、ここに来た時と変わらず元気なようだけど……苦しくないのかい?」


はて。薄暗く清潔とは言えない牢に囚われて質素な食事をして数時間尋問されて……苦しくないと言えば嘘になるけれど、弱ってもいないしなぁ。


女性はベッドに横たえていた体をゆっくりと起こし、わたしがしゃがみ込んでいる場所へとこれまたゆっくりと歩いてやって来た。そして、耳打ちする。


「この建物はね、魔封じの石でできてるんだよ。魔力を吸い取る力がある」


岩が煉瓦のように積み上げられた壁に視線を向ける。ここの壁はグレーだけど、定期的に淡い金色に光る。変わった壁だと思っていたけれど、そういった特殊な効果があったのね。


「だからね、魔力のある人間はみんな苦しむんだ」


あ、そういうことなんだ。だからこの女性は四六時中横になっているんだ。鉄格子を挟んで隣にいる男達も座り込んでいることが多いし、尋問室に移動する時に覗いた他の部屋の人達もいつもぐったりしていた。


「あたしもここに来た当初は尋問に掛けられてね。魔封じの石を回転させて生み出した風に当てられて……もう死ぬんじゃないかってくらい苦しかった。――で、やったこと吐いちゃったんだけど。あんたはケロッとしてるよね」


女性は体を離すと、まじまじとわたしを見る。そして、再度耳打ちする。


「ここはね、魔女や魔男まなんだけの牢獄なんだよ。捕虜に普通の人間はいない。もしかしてあんた、悪さしてないのかい。それどころか、魔女でも何でもないのにその見た目ってだけで……冤罪でここに居るんじゃないのかい?」


そう、その通り! ようやく理解してくれる人が現れた!


「そうなんです!」


わたしが声を張ると、女性は人差し指をわたしの口元に押し当てる。先程発したわたしの声がこだまする。


「安心をし。あたしゃあんたの味方だよ」


女性は優しく微笑む。わたしを「魔女」とは呼ばない人の存在が嬉しくて、なんだか泣きそうになる。




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